約束
「――さて、そろそろ戻りましょうか先生」
「うん、そうだね蒔野さん。それじゃ、いつも通りに」
「はい、それでは後ほど」
楽しい昼休みも終わりに近づいてきた辺りで、徐に立ち上がりそう口にする蒔野さん。ちなみにいつも通りとは、僕らが屋上を出ていく手順――万が一にも……本当に万が一にも、屋上を出た際誰かに見つかる場合を想定し、念のため時間差で出ていくようにしているわけで。
そういうわけで、いつもの通り蒔野さんが先に――そして、十分に時間が経った後ゆっくりと歩を進め扉を開く。そして、屋上へと繋がる階段を降り――
「――あの、ちょっと良いかな? 由良先生」
「…………へっ?」
卒然、思い掛けず声が届く。その方向――右斜め前へ視線を向けると、そこには、
「……久谷、さん」
そう、呆然と呟く。そこには僕ら一年二組の中心的存在たる女子生徒、久谷さんの姿が。……えっと、どうしてここに……いや、それよりも――
「あっ、蒔野さんならさっき見たよ。蒔野さんの方は私に気付いてたかどうか分からないけど」
「……そっか」
すると、僕の懸念に答えるようにニコッと微笑み話す久谷さん。……まあ、そうだろうね。さっきからここにいたのなら。だけど、結局のところどうして――
「――ねえ、由良先生。やっぱり、こういうのは良くないと思うな」
そう、僕の瞳を真っ直ぐに見つめ告げる久谷さん。そんな彼女の言葉に、僕は真一文字に口を結ぶ。
「……もちろん、事情は分かるよ? こう言うと悪いのかもしれないけど……蒔野さん、ちょっと孤立しちゃってるし。でも、由良先生は一年二組皆の先生だから、こういうのは……蒔野さんだけを特別扱いみたいにするのは、やっぱり良くないかなって……」
「……久谷さん」
続けて、少し躊躇うように話す久谷さん。……うん、全く以てその通り。反論の余地など何処にもない。なので――
「……うん、そうだよね。ごめんね、久谷さん。これからは、蒔野さんだけでなく皆も同じように気に掛けるようにするよ」
「……っ!! うん、それが良いよ!」
そんな僕の言葉に、ぱっと表情を輝かせ答える久谷さん。……全く、どうしようもないな、僕は。もちろん、まだまだ未熟なのは分かってるけど……それでも、教え子にこんなに気を遣わせてしまうなんて。
すると、僕の返答に満足してくれたのか、輝く笑顔のまま「またね」と言って去って行く久谷さん。そんな彼女をこちらも笑顔で見送りつつ、先ほどの自身の言葉を振り返る。
……本当に、出来るのか? 皆を平等に気に掛けるということは、即ち――
……いや、出来るかどうかじゃない。久谷さんの言ったことは、紛れもなく正論――可能かどうか以前に、これは僕の義務なんだ。だから、明日きちんと蒔野さんと話して――
――結論から言うと、久谷さんとの約束は一方的かつ身勝手に破ってしまうこととなる。と言うのも――この日を最後に、蒔野さんが姿を見せなくなってしまったから。




