……うん、分かっている。
「……あの、蒔野、さん……?」
そう、呆然と呟く僕。……いったい、どうしたのだろう。彼女のこんな表情、僕は知らな……いや、知っている。この表情は、あの時の――
「――――っ!?」
刹那、思考が――呼吸が止まる。何故なら……不意に僕の右手を取った彼女が、そのまま自身の左胸へと誘って――
「……あの、蒔野さ――」
「……届いていますか? 由良先生」
「……へっ?」
「……私の鼓動、届いていますか? 今、私はこんなにもドキドキしています。こんなにも……吐息さえ絡まるほど近くに、貴方がいる……もう、どうにかなってしまいそうなんです」
「…………蒔野、さん……」
そう、うっとりとした表情で告げる蒔野さん。……うん、分かっている。これが、教え子に抱いちゃいけない感情だということは。それでも……今の彼女は、抗い難いほどの色香を醸し出していて――
そして、僕の手は未だ彼女の胸に――掌から伝わるその柔らかな感触に、鼓膜を破るほどのその鼓動に……そして、今も僕を見つめる疑いようのない愛情を湛えたその瞳に、僕は――
ふと、彼女の顔がぐっと近づく。そして、茫然とする僕の唇へ、彼女の唇が近づいて――
――――トゥルルルル。
「――うわっ!!」
卒然、耳を劈く電子音。ハッと我に返り、すぐさま応答ボタンを押しスマホを耳元へ……いや、危なかった。いや、もはや手遅れかもしれないけど……それでも、流石にあのまま身を委ねるわけには――
……あれ? そう言えば、発信相手を確認して……ないよね。流石に、それどころではなかっ――
『――あっ、恭ちゃん? 私だけど――』




