資格
「……不思議な、人ですね」
朧な月が闇に浮かぶ、ある宵の頃。
自室にて、漫然と空を見上げ呟く。誰のことかと言うと、由良恭一――随分と柔らかな物腰の、我が一年二組の担任教師についてで。
ただ、それにしても……うん、ほんと不思議な人。とは言え、具体的に何処がどう不思議なのかと問われれば、些か答えに窮するのだけど……なんと言うべきか、彼といるとどうしてか不思議と心地好さを覚える自分がいて。……ほんと、なんでだろうね。
まあ、それはともあれ――あの時、先生の申し出を断らなかったのもそれが理由で。……いや、これは少し違うか。あの時言ったように、当然ながら屋上もベンチも私の所有物ではないので、そもそも断るも何もない。なので、それが――彼が同席するのが嫌なら、必然私の方からその場を離れるのが筋というもので。
さて、繰り返しになるけど――結局、私が彼とそのまま昼食を共にしたのは、どうしてか彼との時間が心地好かったから。
……思えば、いつ以来だろう――家族以外の人と、あんなふうに他愛もない話を楽しんだのは。……まあ、どう好意的に見たところでそのように――私が楽しんでいたようには見えなかっただろうけど。基本、ずっと無愛想だったはずだし。基本、ずっと暖かな微笑を浮かべてくれていた彼とは対照的なほどに。
『――先生は、罪を犯したことはありますか? もう、取り返しのつかない罪を』
昼休みも終わりに近づいた頃、ふと問い掛けた私の言葉。……うん、自分でも思う。なんで、こんなこと聞いちゃったのだろうと。普通だったら恐らくドン引きだろう。……まあ、彼も内心ドン引きだったかもしれないけど。
だけど、私とて全く考えなしにあんな発言を言ったわけじゃない。もちろん、雑談のつもりでもなく。では、どうしてか――それは、きっと彼が私と同じだから。
……いや、同じじゃない。同じじゃないだろうけど、それでも――彼が、その穏やかな笑顔の奥底に、なにか私と似た類のものを抱えている気がしたから。……まあ、考えすぎかもしれないけど。
ただ、それでも一つ言えることは――あのような暖かな配慮を……あのような暖かな笑顔を向けてもらう資格なんて、私にはないということで。




