中学時代
『――ねえ、蒔野。いったい、どういうつもり?』
『……え?』
中学三年生の、ある秋の日のこと。
昼休み――教室隅の席で読書をしていると、ふと頭上から届いた鋭い声。読みかけのページに栞を挟み顔を上げると、そこには声音に違わぬ鋭い視線を向ける女子生徒が。……はぁ、またか。
『……どういうつもり、とはどういうことでしょう? 藤本さん』
ともあれ、そっと本を置きつつ問い掛けてみる。……まあ、聞かずとも分かってるけど。
『はぁ? この期に及んで白ばっくれるつもり? 前にも言ったよね、あたし。春斗くんにちょっかい出すなって』
そう、鋭い視線と声音のまま告げる藤本さん。……まあ、どうせそんなことだろうと思ったけど。そもそも彼女自身が言っているように、以前にも散々聞かされてるわけだし。
『ねえ、蒔野。何か勘違いしてるようだから言っといてあげるけど、春斗くんはあんたが何か病気持ちらしいから気遣ってくれてるだけだから』
『……はぁ、そうですか』
ともあれ、私の億劫を余所に言葉を続ける藤本さん。病気持ち、とは文字通り私が生来抱えている病気のことで。
尤も、私自身は心配も優遇もまるで求めていなかったのだけど……まあ、当時の担任教師が余計なことを言ってしまったわけで。蒔野さんは生まれた時から病気を抱えていて皆より苦しい思いをしてるから、皆が支えてあげてね――なんて、全く以て余計なことを春の始業式の日に言ってしまったわけで。もしかすると私のためを思って言ってくれたのかもしれないけど、正直ありがたくもなく普通に迷惑で。
まあ、そういうわけで目下こうして面倒事に巻き込まれているわけだけど……いや、これに関してはほぼ関係ないか。そもそも、彼女が私を気に入らないのは――
『――蒔野さんがどうかしたのか? 藤本さん』
『――っ!! ……春斗くん』
すると、ふと現れたのは整った顔立ちの男子生徒。彼は坂上春斗――まあ、説明不要かもしれないけど、まさしく今話題に上がっていた生徒で。
『う、ううん、何でもないよ春斗くん! ただ、蒔野さんと楽しくお喋りしてただけで……じゃあまたね、蒔野さん!』
ともあれ、坂上くんの問いにたいそう慌てた様子で答える藤本さん。そして、私に挨拶を残し足早に教室を後にする。その際、彼に見えないよう私を睨んでいくことは忘れずに。……ほんと、面倒なことこの上ない。
――すると、そんなある日のことだった。
『――ねえ、そろそろいい加減にしなさいよあんた。もう何度も何度も何度も言ってるよね? 春斗くんにちょっかいかけんなって。
ある昼休みのこと。
そう、鋭く睨みを利かせ口にする藤本さん。もう幾度も経験した、もはや恒例と言って差し支えない状況だろう。ただ、平時と違うところがあるとすれば――それがいつもの教室内ではなく、屋上に繋がる階段の踊り場にて行われているということくらいか。
……ともあれ、さてどうしようか。やはり、受け流してしまうのが最適か。言いたいだけ言わせて、それで満足していただけたら――
『――病気だか何だか知らないけど、私はあんたみたいな被害者ぶってる奴が一番大っ嫌いなのよ!』
――瞬間、私の中の何かが弾けた。そして――
『……ふふっ』
『……ねえ、なに笑って――』
『いえ、あまりにも可哀想な方だなと思ってしまいまして。藤本さん――貴女は、坂上くんのことがお好きなのでしょう?』
『……っ!! いや、私は――』
『――ですが、生憎ながら彼は私に恋慕を寄せているご様子。ですが、どうぞご安心を。端的に言ってしまえば、私は彼に些かの興味もありません。だから、貴女の一方的なその想いもいつかは報われるかもしれませんね。それでは、ご健闘を』
言い終えた後、彼女から視線を外しゆっくり階段を降りていく。随分と意地の悪い表情をしていた……いや、きっと今もしているのだろうと我ながら思う。尤も、別に坂上くんに恨みはないし、申し訳ないとも思うのだけど……まあ、結果的にであれ彼もこの状況の一因となってしまっているわけだし、どうかご寛恕いただけたらと。
ともあれ……うん、意地だけでなく性格も悪いなと我ながら思う。だって、今私の心は随分と清々しく――
『――ちょっと待ちなさいよ!!』
『…………へっ?』
すると、すぐ後方から届く甲高い声。だけど、私が驚いたのは声よりもむしろ――卒然、こちらへ突進し肩を掴もうとする彼女が目に入ったことで。
『……っ!!』
刹那、身体を翻し間一髪で躱す。……だけど、これがまずかった。何故なら、ここは階段――そして、私は今まさに階段を降りていた最中……そこで、猛進する彼女を私が躱すとなれば、その先に待つ結果は火を見るよりも明らかで――
刹那、さっと手を伸ばす。……もう少し、もう少しで届――
『…………あ』
ポツリと、力ない声が洩れる。ほどなく、私の視界に映ったのは――生々しい赤に染まった床にうつ伏せで倒れたまま、微動だにしないクラスメイトの姿だった。




