表情
……まあ、それはそれとして――
「……あの、久谷さん。その、本当に申し訳ないんだけど――」
「ああ、蒔野さんのこと?」
「……へっ? あ、うん……」
躊躇いがちに切り出すも、僕の言いたいことなどお見通しのようでそう問い掛ける久谷さん。……うん、ほんとに凄いね。
ともあれ、何の話かと言うと――数日前、彼女から指摘を受けた蒔野さんに対する特別扱いに関してで。
――あの日、確かに僕は約束をした。蒔野さんだけでなく、皆同じように気に掛ける――そう、隣にいる久谷さんと約束したんだ。なのに、僕ときたら――
「――ああ、その話はいったん忘れて?」
「…………へっ?」
すると、思い掛けない言葉が届き顔を上げる。隣を見ると、そこにはあっけらかんとした表情の久谷さん。そして――
「確かに、私は言ったよ? 蒔野さんだけを特別扱いするのは良くないって。……でも、流石に今は状況が状況だから。むしろ、今は蒔野さんのことを最優先に考えてあげてほしいな」
「……久谷さん」
そう、柔らかな微笑で伝えてくれる。……ほんと、優しいなぁ久谷さんは。それに、僕なんかよりよっぽど頼りになる。……そうだ、ここは――
「……どうかした? 先生」
「あ、いや……ううん、何でもない」
「そう? でも、私に手伝えることがあったら遠慮せず何でも言ってね? 私も、少しでも蒔野さんの力になりたいから」
「……ありがとう、久谷さん」
すると、またもや僕の心中を察したようで、穏やかな微笑でそう言ってくれる久谷さん。だけど……うん、流石に駄目だよね。流石に、これ以上頼るわけには――
「…………久谷さん?」
「……ん? どしたの先生?」
「……あ、いや、何でも……」
思わず問い掛けるも、つい先ほどと変わらぬ穏やかな微笑で尋ね返す久谷さん。そして、自分で尋ねておいて何ともたどたどしく答える僕。だけど……
……だけど、一瞬だけ見えた気がしたあの表情はいったい……いや、やっぱり気のせいかな。




