いつもと違う屋上で
「……さて、どうしようか」
あれから、数日経て。
疎らな雲がたなびく空を見上げながら、ポツリとそんな呟きを洩らす。そんな僕がいるのは、屋上――数日前まで、蒔野さんと昼食を共にしていた屋上のベンチで。
あの日、蒔野さんを見つけられたことは本当に良かった。宛なんてまるでなかったから、とにかく探すしかなかった。こういう高校生くらいの女の子を見かけませんでしたか――なんて、外見的な特徴を話しつつ道行く人に尋ねたりもして。それで、まあ……遅くなっちゃったけど、どうにか公園のベンチに独り腰掛ける蒔野さんへと辿り着いて。
――だけど、言わずもがな大切なのはこれから。当然ながら、根本的な解決をしなければ彼女を救うことなど不可能……いや、救うなんて何とも烏滸がましいと自分でも思うけれど、それでも――
「――ここ、お邪魔しても良いかな? 先生」
「…………へっ?」
卒然、すぐ近くから思いも寄らない声が届く。……いや、まあ誰の声でも思いも寄らないんだけども。まあ、それはともあれ――
「……えっと、どうかしたのかな? 久谷さん」
そう、困惑しつつ尋ねてみる。ひょっとして、僕になにか用事が――
「……へぇ、私は用事がないと先生と一緒にいちゃ駄目なんだ? 蒔野さんは良いのに」
「……へっ? あ、いやそんなことは――」
「……ふふっ、冗談だよ。やっぱり、揶揄いがいがあるよね由良先生は」
「……ほんと、心臓に悪いよ久谷さん」
すると、慌てる僕を可笑しそうに笑いそう口にする久谷さん。……ふぅ、冗談で良かった。良かったけど……うん、ほんと心臓に悪いなぁ。
「へえ、先生ってお弁当なんだ。何て言うか、ちょっと意外かも」
「……まあ、そうだよね」
「あっ、意外っていうのは適当そうに見えるとかそういう意味じゃないよ? ただ、先生って忙しいイメージがあるから、コンビニのお惣菜とかで済ませちゃうことが多いのかなと思って」
「……ああ、なるほどね」
ともあれ、ベンチにて昼食を共にする久谷さんとそんなやり取りを交わす。以前、蒔野さんにも似たようなことを言われたけど、そんなに忙しそうに見えるものなのかな? 教師って。正直、僕の体感としてはそれほどでもな……いや、でも忙しい教師もいるよね。
「わぁ、美味しそう! それって、先生が自分で作ってるの?」
「……まあ、一応。ありがとう、久谷さんのも凄く美味しそうだよね」
「あははっ、ありがと先生。一応、私も自分で作ってるんだよ?」
「……へぇ、凄いね久谷さん」
ともあれ、続けてそんなやり取りを交わす僕ら。それにしても、蒔野さんも久谷さんも凄いなぁ。繰り返しになるかもだけど、僕が学生の頃は――
「――もしかしたら、藤宮先生が作ってるのかなぁなんて思ったけど」
「ぶっ!」
「あははっ、もう汚いなぁ先生。大丈夫?」
「……う、うん、大丈夫……ありがとう」
すると、僕の背中を擦りつつ尋ねる久谷さん。……うん、お見苦しいところをお見せしました。
……だけど、それくらいの衝撃だったことも事実で。だって――
「……あの、久谷さん。どうして、ここでなず……いや、藤宮先生の名前を……?」
「あははっ、名前言いかけてるよ先生。いや、見てたら分かるよ? 由良先生と藤宮先生が、実はそういう関係にあることくらい。まあ、結婚してるかどうかまでは流石に分からないけど……でも、それはまだっぽいね」
「……分かってるじゃん」
そう、何とも楽しそうに話す久谷さん。いや分かってるじゃん。まだ結婚してないことまでバレてるじゃん。よもや、先輩が話したとは思えないし……うん、恐るべき洞察力。
「でも、安心していいと思うよ? このことに気付いてる人、そんなにいないと思うし。そもそも、他にいたらとっくに広まってるよ。二人とも、すっごい人気あるんだし」
「……そ、そうなの……?」
すると、言葉の通り僕を安心させるようにそう話す久谷さん。うん、それなら良いんだけど……でも、僕も? 薺先輩が人気なのは、もちろん周知の事実だけども。……でも、確か先輩も僕がモテると言ってい――
「……でも、そうだね。蒔野さんは、たぶん気付いてるかなと思うけど」
「…………え?」
すると、そっと頤に指を添えつつそう口にする久谷さん。そんな彼女の言葉に、僕は――
「…………先生?」
「…………へ? あ、どうしたの?」
「……いや、どうしたのはこっちの台詞だけど。どうしたの? 急にぼおっとして」
「……あ、いや、なんにも……」
そう、たどたどしく答える僕。蒔野さんが、このことを知っている……だとしたら、確かに驚くことではある。あるけれど……ただ、それだけ。そう、それだけだ。なのに……どうして、こんなにも――




