……どうして、だろうね。
「……そろそろ、ですかね」
空がすっかり朱色に染まった頃。
そう、一人ポツリと呟く。そんな私がいるのは、住宅街にひっそりと佇む小さな公園。ぼんやり視線を移すと、先ほどまでサッカーボールで遊んでいた子ども達が、公園のすぐ外で待つ女性達の下へ走っていく。まあ、恐らくはお母さんだろう。
一方、私はというと――かれこれ二時間、園内の隅に在する木組みのベンチに腰掛けているわけで。
まあ、二時間でも短い方ではあるのだけど。と言うのも、今日は朝から――具体的には、平時家を出る7時40分くらいからずっと外を彷徨い歩いていたのだから。
さて、繰り返しになるけど――本日、7時40分くらいに家を出た。いつも通り制服を纏い、いつも通り鞄を携え――いつも通り、父に挨拶し家を出た。……尤も、いつも通り振る舞えていたかは定かでないけど。
ともあれ、当然のこと学校以外に行く宛もない私は、とにかく彷徨い続けた。大通りを、路地裏を、川沿いを彷徨い続け――気付けば、すっかり馴染みのない場所まで来ていて。
それでも、むしろそれが心地好かった。きっと、何処でも良いから私のことを知らない場所に来たかったのだと思う。私の過去を――あの穢れた過去を、誰も知らない場所に。……まあ、馴染みのない場所だからといって、此処に私のことを知ってる人がいないとも限らないけれど。
ただ、それはともあれ……うん、そろそろ帰らなくちゃね。もう高校生とはいえ、平日はいつもほぼ同じ時間に帰ってきてるし、空が暗くなる頃にまだ帰ってない、なんてこともなかった。今日この夕暮れ時だって、私にはわりと遅いくらいだし。だから、そろそろ帰らないと――
……なのに――どうしてか、身体が動かない。まるで金縛りにでもあったように、息が苦しく動けない。
……いや、ほんとは分かってる。金縛りでも何でもない。……ただ、怖いんだ。もしも、今日のことを――無断欠席のことを父が知っていたら……そして、その理由を問われたら、私は――
「――良かった、ここにいたんだね蒔野さん!」
「…………へっ?」
卒然、大きな声が届き顔を上げる。もうそれなりに聞き馴れたはずなのに、昨日も聞いたはずなのに……どうしてか、久方ぶりに思える声。そして、ゆっくりと声の方向――公園の入口辺りへ視線を向け、呆然と呟く。
「……由良、先生……」
「……どうして、ここに……」
そう、続けて呟く。すると、少し駆け足でこちらへと向かう由良先生。そして――
「……うん、何となくこの辺りを歩いていたら、偶然ここに君の姿が見えてね。それで、ちょっと声を掛けようかなと……」
「…………」
そう、莞爾とした笑顔で話す。……いや、流石に無理があるでしょ。そんなに息を切らして、汗もボタボタ零れて……どうせ、駆け回っていたのでしょう? 何処にいるのか見当もつかない私を、ずっと探し回ってくれていたのでしょう? ……全く、どうしてそこまで――
「……帰ろっか、蒔野さん」
すると、そっと手を差し出しそう口にする由良先生。後方に広がる朱色に映える、柔らかく暖かな笑顔で。
……どうして、だろうね。さっきまで動かなかった手が、身体が……今は、すっかり軽くなったような気がする。そして――
「…………はい」
そう答え、そっと彼の手を取る。どうしてか、もう恐怖はなくなっていた。




