7.許されない罪
それからの中学校生活のことはよく覚えていない。
有村たち三人の女子を殴ったあと、当然ならが俺は謹慎処分となった。有村たちが詩織にしていた悪事はついに暴かれなかったらしい。俺が突然暴れ出し、彼女たちを痛めつけたというふうに学校は型をつけたと。そうでなければ、女子たちの親の怒りを鎮められないからだと分かっていた。
二週間、家に引きこもり反省文を提出して有村たちの親に謝りに行ったものの、ほとんどの家で門前払いをくらった。その後「裕史はもういいから」と母と父が二人で話をつけにいった。何度追い払われても、両親は俺を家に置いて出ていった。
家の中の空気が、最高潮に冷え切っていた。昔、孝太を殴ったときの何倍も辛く苦しい日々。結局謹慎期間が終わったあとも、俺は学校に行くことができずそのまま引きこもるしかなかった。
鍋島詩織から、一度も連絡はこない。彼女のことが原因で有村たちを殴ったなどとは伝えていないのだが、詩織は分かっているはずだ。今頃自分を責めているかもしれないと思うと心がツンとした。せめて、彼女には幸せになって欲しい。今後、有村たちのような卑怯な人間ではなく、純粋に彼女を好きになる人が現れることを望んだ。たとえそれが、俺じゃなくても。
誰にも自分の主張を受け入れてもらえない悔しさと情けなさで、俺は家の中で暴れまくった。母さんが、部屋に引きこもってばかりの俺に気を遣って「ごはん、一緒に食べましょう」と誘ってくれても、俺は素直に顔を出せない。
「また落ち着いたらおいで」
部屋の扉の向こうから聞こえる、母さんの優しい言葉。
咲良が生まれてから、俺はずっと母さんに迷惑をかけてきて怒られてばかりだったのに。この頃の母さんは、俺に遠慮しているというか、昔と比べて段違いに寛容になっていた。
それが、良いことなのか悪いことなのか、子供の俺には分からなかったけれど。
このときの母さんの声掛けが、引きこもりの俺の心を揺るがせた瞬間だった。
謝りたい。
父さんと、母さんに。
俺がこれまでしてきた親不孝の数々を。
許してくれるかは分からないけれど。
これ以上、二人に迷惑をかけたくない。
深夜、二人が寝る前の時間を狙って、俺は自分の部屋から出た。居間の戸の前で、二人がいるのを確認する。この時間はいつもお酒を飲んでいるのだ。妹の咲良はとっくに隣の部屋で寝ていた。
俺は久しぶりに両親に顔を見せるため、大きく息を吸って戸を開けようと、取手に手をかけた。
「……裕史のことなんだけど」
母さんが俺の名を口にしたのを聞いて、ビクッと肩が震えた。戸を開けようとしていた手は反射的に止まる。
「なんだ」
父さんの固い声が普段俺を責めるときみたいに重い。
「あの子、精神的な病気なんじゃないかしら……」
ガツンと、何かで頭を殴られたかのような衝撃が身体中を駆け巡った。
母さんが、俺のことを病気だと疑っている……?
その事実は、驚きと共に悔しさを運んだ。俺は、家族からも信じられていないのか? 「悪魔の子」などと揶揄してくるのは、赤の他人たち。気にしなければいい。自分と、家族さえ平和に暮らせるなら。
そう、言い聞かせてきたのに。
煮えたぎる悪魔の炎が、母さんへの怒りへと変わっていく。味方だと思っていた。母さんだけは、俺の味方だって。そりゃ悪さをすれば怒られるけれどそれも愛情ゆえのことだと信じていた。その母さんに見限られた気がして背筋に冷たい汗が伝った。悔しくて情けなくて泣きたい気分だった。
気がつけば居間の戸を蹴り開けて、テーブルの上に置いてあったお酒の瓶やグラスを床にぶちまけていた。ガシャンという嫌な音が、家中を、いや静かな田舎の町に響き渡るかというぐらい、盛大に鳴った。
「……った」
母さんの悲痛な声と、「裕史ッ!」という父さんの怒声。隣の部屋から聞こえる、妹の泣き声。
俺は、いま目の前で繰り広げられていることが自分の仕業だなんて、信じたくなかった。
それは、学校で女子たちを殴ったときと同じ。自分の中に眠っていた悪魔が、怒りの沸点に達した途端、俺の身体を駆け巡り四肢を乗っ取るのだ。
「俺……なんで」
気づいたときにはもう、何もかも遅い。
母さんは左足に怪我を負い、年老いてからも左足を引きずるようにして歩いている。
父さんは三年後、骨肉腫を発症し亡くなった。
「悪魔の子の妹」と嗤われ続けた妹とは、ほとんど口を利かないまま俺は家を出た。
俺は自分自身だけでなく、家族みんなを不幸にしたんだ。
神様はきっと、俺のことを許してはくれないだろう——。