4.新しい世界
必要以上に人と会話をせず、また良からぬ噂が立たないように努める日々。
小学校を卒業し、中学生になる頃には、俺にもまともに会話をできる友達が何人かできていた。
中学校には、通っていた小学校と隣町の小学校の生徒たちが集まることになっていた。ほとんど半分ずつの割合で同小のやつら、他小のやつらがいた。入学してすぐの頃、ここで間違えなければ、小学校の時みたいに「孤独」を繰り返さなくて済む。もう「悪魔の子」などと呼ばれ遠ざけられるのは懲り懲りだった。
何もかもが慎重だった。中学一年生の四月、俺はなるべく目立たぬように、後ろ指をさされることがないように、大人しく過ごした。遅刻や欠席をせず、宿題もきちんとやってきた。おそらく、同じ小学校出身のやつらからすれば、殊勝な俺の態度に目が点になっていたことだろう。
それぐらい、俺は小学校の頃、近所で有名な“ワル”だったわけだ。
その一ヶ月間の努力が功を奏したのか、ゴールデンウィークが明けた頃には、他小出身の友達ができていた。しかも彼らは、今まで俺がまったく付き合ったことのない、「まともな」人たちだった。しょっちゅう職員室に呼び出しをくらい、ゲンコツ一つでは済まされないような悪さをしてきた自分とは比べものにならないくらい、「良い人たち」だ。中学生男子なので、多少おふざけをして先生に怒られることはあるものの、俺からすれば可愛らしく思えた。
そのうち、男子だけでなく女子たちからも話しかけられるようになり、俺は嬉しさ半分、戸惑い半分だった。これまで生きてきた中で、母親と妹以外、まともに女子と話したことがなかったのだ。
「ねえ、武藤くんって、小学生のときワルだったって、ほんま?」
「信じられへん。全然そんな感じやないのに」
「ねー」
他小出身の女子たちはこぞって俺にそんなことを言った。同小の誰かから聞いたのだろう。しかし当時の俺の生活態度を見て、噂とは全然違うと驚いたことだろう。
彼女たちの中に、気になる子がいた。
鍋島詩織という女の子だ。
彼女は、俺に話しかけてくる女子グループの中の一人だったが、あまり積極的に俺と会話をする人ではなかった。グループの中では最も控えめだけれど、凛としたまなざしにどこか惹かれるものがあり、肩ぐらいで切りそろえられた黒髪の艶を、俺は無意識に眺めていた。
彼女の友人たちが「武藤くん、今度他の男子たちも誘ってカラオケ行こうよ」と提案してきたとき、偶然詩織と目が合って、俺は照れ臭さにとっさに目をそらしてしまった。