2.十二月二十五日
「それにしても、早いわね。もう三年かあ……」
三年前の十二月二十五日。
その日俺は実花を失った。
後悔を噛み締めて慟哭した日々、俺は幾度となく咲良に助けられてきた。死人のように生気の抜けた俺の代わりに、必死にヒナの面倒を見てくれた。東京で仕事が忙しいにもかかわらず、月に二、三度は様子を見に来た。ヒナの定期検診にも三人で向かい、家族のお出かけに参加してくれて。次第にヒナにも笑顔が増えるようになり、三年経った今ではちょっぴり反抗期な普通の女の子に育った。
咲良、お前は本当にすごいよ。
俺なんかよりずっと、ヒナを育て、元気づけてくれているんだ。
口に出しはしないが、俺とは違い、彼女がどんなにまっすぐ育ったのか身に染みて感じる。
「そうやな。俺もさっき、同じことを思った」
「あの時はどうなるかと思ったけど、ここまでこられて良かった」
「……本当、ありがとうな」
「やだ、なんか気持ち悪いからやめて」
身震いをする仕草をしてカーテンを開け、外の様子を眺める咲良。雪は、朝起きたときと同じ激しさで舞っている。
午前八時、玄関の隣の部屋から音がして、眠そうな目をこすりながらヒナがリビングまで出てきた。
「おはよう……。て、咲良さん」
寝ぼけ眼だったヒナが咲良の存在に気づいたとたん、ぱっと表情を明るくして完全に目を覚ました。ちなみにヒナは咲良のことを「咲良さん」と呼んでいる。事故に遭う前は「咲良ちゃん」。今のヒナは覚えていないだろうが、母親のように咲良にひっついて回っていたのが懐かしい。
「おはよう、ヒナちゃん。日曜日なのに早いのね」
それをお前が言うな、と思ったがあえて言わないでおこう。
「うーん、なんかちゃんと眠れなくて。あ、メリークリスマス!」
「メリークリスマス」
十二月二十五日の朝だ。このおめでたい日に、俺たちの家の中はいつも沈んでいるから、咲良が朝早くに来てくれてちょっと良かったかもと思う。
「おはよう、お母さん」
実花の写真に向かって、ヒナは笑いかけた。ヒナにとっての「お母さん」はこの写真がすべてだ。もちろん、他にもいろいろな実花の写真を見せ、実花との思い出話もたくさんしてきた。けれど、やっぱり実花は彼女にとって「空想上の人間」でしかない。普段から「お母さん」と写真に挨拶してくれているが、ヒナは本当はどんなことを思いながら記憶にない「母」を見ているのだろうか。
「朝ごはん、できてるからみんなで食べよう」
気を抜くとしんみりムードになりかねないと気を利かせてくれた咲良が、ヒナを食卓に呼んだ。食パンを焼いて簡単なおかずと一緒に出してくれた。妹の飯を食べるのはもう何度目だろう。気がつけば当たり前のように咲良はうちにやって来て、俺とヒナと一緒に食卓を囲んでいる。実花がいなくなったことで空いてしまった一人分の空席を、埋めようとしてくれているみたいだった。
「ありがとう。いただきます」
ヒナも、記憶を失ってからずっと面倒を見てくれている咲良には心を許しているようで、実花よりも咲良の方に対して「母親」だと思っている節がある。実際にそういう話をしたわけではないが、咲良と話すときの安心しきったヒナの表情を見ていると、分かるのだ。
「いただきます」
俺も手を合わせて咲良が作ってくれた朝ごはんを食べる。サラダと目玉焼きをトーストに乗せ、かじる。うまい。咲良のご飯は母さんの飯と同じ味がするのだ。親子だから当然といえば当然だが。
「今日はこのあと、どうするの?」
「まあ、いつも通りかな」
「そう。じゃあついてくわ」
「さんきゅ」
十二月二十五日は毎年実花を弔いにいく。三度目のことなので、咲良もヒナも慣れっこだろうし、俺だって毎年同じ日に同じ行動をするので、特に真新しいことは一つもない。
「じゃ、ごはん食べて支度したら行きましょうか」
「おう」




