【異世界編】真央・その1 ~天国? 地獄? モリビトゾク?~
足元がひたひたする。
頭の後ろがしゃりしゃりする。
そして寄せては返す的な、この『ザザー…』っていうサウンド……。
「どういうこっちゃ……」
そんな第一声と共に、アタシは目を開けた。
クソ眩しい陽光をモロに直視しちゃって、もっかい目を閉じる。
手のひらで目を抑えながら、今度はゆっくりと……瞼を開ける。
青い空。
眩しい太陽。
白い砂浜。
エメラルドの海……。
「どういうこっちゃ……」
半身を起こして眺めるその風景にパチクリし、アタシは無意識に二度目のそれを呟いていた。
いやいや。
いやいやいやいや……。
全然繋がってねーっしょ、これェ!
「ちょ……なんじゃこりゃぁー!!?」
別に腹から血は出てないけど、思いっきり叫んでしまった。
海て!? 何で海って!?
待って待って待って待って……。
アタシは頭を押さえ、考える。
何で今こんなところにいるのか。
何でアタシは――
――。
あれ?
いや全然わかんね。
ウッソマジわかんね!
記憶が……ない!
ウソでしょウソでしょ……あれ? 何でアタシ……アタシ?
アタシの名前は……?
「イヤ冗談。そのくらい覚えてるって。アタシは常柴真央、17歳、彼ぴ募集中」
誰に聴かせるでもない自己紹介を呟き、正気を確保したところで……
思い出した!
パパと車に乗ってた! そして……「何かあった」んだった!
その何かがナニなのか、そこは全然思い出せない。
ただこのアタシの脳みそフル回転して、導き出された答えはただ一つ!
「いやこれ……もしかして死んだ?」
そう。
きっとそう。
何があったかわからないけど、多分あそこでパパの車は事故ったんだ。
そしてアタシもパパも、一瞬で逝った。
だからアタシは突然こんなところに制服姿でいるんだ。
つまり……ここは。
「天国ってか……」
ザザー……とアタシの脚をくすぐって、波が返っていく。
じわじわと熱い浜辺。
よく「天国に一番近い島」とかいうキャッチフレーズあるけど、あーあーなるほどね。
納得したわ。まるっきりまんまのイメージなんだもん。
「マジかー……」
納得したところで、アタシはまた砂浜に寝転がった。
死んだ……。
死んだってオマエ……超展開すぎんだろ……。
いや……そうでもないか……。
交通事故くらい毎日どっかで普通に起きてるもんな……。
まさか……アタシがそうなるなんて……さぁ……。
ぐるぐるぐるぐると。
色々な想いが頭に浮かんで脳みそをこねくり回していく。
くどいようだけど……
死んだのかー。
あーあ……。
そんな「突然の死」に凹んでるアタシの耳に。
いつしか波の音に混じって、済んだ歌声が聞こえていた。
それはとても心地よく……
そう……
生きている間には聞いたことのないマジでイケて……
違うな、なんて言ったらいいの? 高まれアタシの語彙力~!
……。
……天使?
そう、「天使の歌声」!
それな~!
そうだよ天国だもん、天使くらいいるっしょ……なんて納得しながら。
アタシはその歌声に何もかも預けて、再び目を閉じたのだった。
※※※ ※※※ ※※※
そして再びアタシが目を開けた時。
今度は森の中にいた。
オイオイ天国……いくら何でも「ナンデモアリ」すぎんだろ……。
とか思ったのも一瞬で、どうも事態は「ただそれだけ」ではないらしい。
当然目を開ける少し前から気づいていたんだけど、手首と足首が妙にキツイ。
てか痛い。半分その痛みで目覚めたカンジ。
で、もう半分の理由って言えば……
天地が逆だ。
アタシは今、頭が地面に近くて腕と足が空に近くて……
逆さ吊り?みたいなカンジになっている。
そして浮いている。
移動している。いやこれは……
運ばれている。
運ばれてる!!!!(2回言う! 衝撃的なことだから!)
それもアレ、こう、手足をくくりつけられて、棒の後ろと前で一人ずつ担いで運ぶタイプのアレ!
原始人が狩りのイノシシとか獲物を担いで持ってくアレ!
江戸時代の籠屋さん的なアレ! アタシ籠に乗ってなくて逆さまに吊られてるやつだけど!
「ハァ!? ちょっなにこれナニコレ!」
思わず声をあげたら(そりゃあげるっての)、『うわっ!?』という声と共にアタシは地面に落とされた。
『うわっ、なんだコイツ!? 言葉喋ったぞ!?』
「そりゃ喋るわ! 人間だし! アンタら何でこんなこと……」
背中から落とされたんだから当然キレ気味に顔をあげて叫んでみれば……
今度は思わず声が止まった。そりゃ止まるっての。
だってアタシの目の前にいるのは、『人間』じゃない。多分。
背丈は子供くらい。
一応、頭や手足はあって、二本足で立ってる。パーツ的には人間。人間なんだけど……
色が緑なんですけど!?
耳がめちゃ長いんですけど!?
緑色の耳長小人が二人。
そんなのがアタシをビックリモンスターでも見るかのような目で見降ろしていた。
っていうかお互い様だわ。アタシもそんな目で向こうを見てるっての。
しばらくそんなにらみ合いが続いたところで、向こうの片方が困ったようにもう片方を突っついた。
「なあ、どうする……?」
「いや、どうするって……」
困っている。多分アタシの扱いに。一番困ってるのはアタシだと言いたい。よし言うか。
「言葉は喋ってるけど、多分食えないこともないんじゃねーか?」
は?
「ちょ、ちょっと待って待って!?
今、アタシを『食う』とか言った? えっ何で!?」
今日目覚めてから3回目の「思わず」で、アタシはさっき言おうとしてたことと全然違うことを口に出していた。
いや、そりゃそうなるっしょ。わかるっしょ!?
冷静に考えたら今のアタシの「運ばれてる状況」が、正にさっき例えに出した「狩りの獲物」って感じだから当然っちゃ当然なんだけど、今のアタシは冷静じゃないわけで。ってか冷静になれるかこんなん!
「うわっ、また喋った。やっぱり言葉を喋ってる! なんだコイツ、気持ち悪っ」
「それはこっちのセリフなんだけど!」
4回目の「思わず」だった。もはや脳みそが仕事してない。
再度にらみ合う小人Aとアタシを見ながら、この場で多分一番冷静な小人Bがおずおずとアタシを覗き込みながら尋ねた。
「あの……アナタは『もりびとぞく』なんですか……?」
と。
「もりびとぞく……? え? ナニソレ?」
ここで言葉を選べばよかった気もしたけど、そう考えたのはもっと後のこと。
アタシのそんな答えに、小人Aはジト目で見降ろしながら、
「……まあいいや。とりあえず運ぼう、獲物は獲物だし。
食えるかどうかは、オババに聞けばいい」
と結論して相方を促し、もう一度アタシを担ぎなおす。
「えっ、ちょっ、待って! やだやだやだ!
何なの降ろして~!」
当然アタシは暴れるわけだが、小人Aはめっちゃ面倒くさそうな顔しながら振り向いて、
「……っさいな」
と呟き、茂みの中から石を拾う。
ちょ、ま、おいまさか、
と思う間に、ガツンと頭に強烈な衝撃。そこからアタシの記憶は再び途絶える。
――ウソだろ天国……なんなのこれ――
という心の叫びを最後に。
※※※ ※※※ ※※※
アタシの感じたことを言おう。
多分なんだけど、この「モリビトゾク」とかいう小人の群れは、人間……っていうより「獣」に近いんだと思う。人としてアリ寄りのアリ目に考えても原始人? おサルがやっと立ち上がってこん棒持つことができました……的な? っていう。
まあ恰好がほぼ全裸っていうか、獣の皮をそのまま被ってるようなファッションだし、なんか汚いし。
こう、アタシが気絶から目覚めたら大勢のソレに囲まれていたワケなんだけど、どうもみんな「食える・食えない」の話しかしてねーし。
人の集団じゃなく、獣の群れ、な雰囲気なんだよね。
なぜか言葉は通じるみたいなんだけど、アタシの……っていうか、人間の常識は通じない気がする。
ちなみにアタシの喋ってる言葉、モロに日本語だから。日本語って日本だけの言葉じゃないんかい。
こんな感じで、頭を思いっきり殴られたおかげなのか、かえってアタシは冷静(?)に周囲を観察しながら考えられていた。
いや……この場を華麗に切り抜ける方法が全く閃かなくて、開き直って? 諦めて? るだけかもしれないんだけど。
まあ……1回死ぬのも、2回死ぬのも変わんねーしな。……くっそ。
多分、ここって天国じゃなかったんだな……。地獄だったんだな……。
なんか、亡者にずっと食べられ続ける地獄とかあった気がするからソレっぽい。
でもそれ、食べ物粗末にする奴が落ちる地獄じゃなかったっけ?
アタシ逆にめっちゃ食べ物大切にしてたんですけど! ウチの家庭は躾が厳しかったから! 特にママが!
そのおかげで好き嫌いは無いし、米粒1つも残さないで茶碗ピカピカにするし、なんなら自分で料理もするくらい食を大事にしてたから! おかしいでしょ神様ァ~!?
そんなアタシの叫びが天に届いたのか。
周囲の空気がざわっと一変して、集団を割るように1人(1匹?)の小人がアタシの前に進み出てきた。
それが神様じゃないってこと、そしてコレがアレの言ってた「オババ」だってのが一見してわかった。
だって……メッチャしわくちゃ! それと「超長く生きてます」的な、超長い白髪! 杖ついてる!
これでオババじゃなかったらウソでしょ、ってくらいのオババビジュアルだったから。
手足を縛られて転がっているアタシの顔をじっと見つめると、オババ(推測)はしわがれた声で言った。
「言葉が通じると聞いた。オヌシ、何者じゃ」
オヌシナニモノ、ときた。時代劇か。
本来なら、ここでどう答えるか色々考えるところだと思う。
素直に言うのか、設定盛り盛りでウソをぶっこくのか。モクヒしまーす、ってのもアリ?
だけどそう思ったのは、
「常芝真央だけど。フツーの人間だけど」
ってバカ正直に答えた後。
なんかさっきもこんなんだったな……。もっと働けよ、アタシの脳みそ……。いや……働いても多分大した働きしない気がするけど……我ながら。
「トコ……何とかというのは名か。『ニンゲン』とは聞いたことがない。それは種族か?」
「まー、種族……的な?
あ、アンタたちも「モリビト」族とか言ってるからそれが種族なのかな……。
だったらアタシはただのヒト族、みたいな?
モリとか何もない、ただの「ヒト族」。ふつーの」
アタシは極めて普通のことを言っていると思う。
なのに何なんだろね、アタシの返答にいちいち小首をかしげては周囲がざわざわするの、なんかイラッとしてくるんですけど。
「ヒト族…というのは聞いたことがないな。じゃが、オヌシは我らが種族の言葉を喋っておる。
他種族が我が種族の言葉を喋るなんてことも聞いたことがない。
『森の加護』も働いているようじゃし……謎じゃ、謎だらけじゃ」
もはやオババ、独り言じゃん。アタシに向けて喋ってねーわ。
「なーオババ、同族じゃないんなら食ってもいいだろ」
「もう食おう食おう。美味いかもしれないし」
なんか外野が物騒なことを言い出したし。いや元々言ってたけど、オババのおかげで「様子見」な雰囲気だったんだけど、ヤバイ方向に空気変わりつつある気がする。
いくら「2回目は食われて死にまーす☆」も、地獄だったらしゃーねーな……とか覚悟キメてたとはいえ、やっぱ死ぬのはイヤだって! ってか食われ死にってサイアクなんですけど!
「まぁ待て。もう少し考えさせぃ。皆はそれまで猪でも食うておれ」
まぁオババがそう言うならナントカカントカ、そんなざわめきが引き波のようにアタシらの周りから引いていった。
ふぅ、ちょっと寿命伸びたカンジ。まぁ……もしかしたら30分くらいかもしれんけど。
オババが顎に手を当ててぶつぶつ何か考えてる間に、モリビトゾクの一団は言われた通り素直にアタシをスルーし、なんというか他の食事?猪?を食べる準備を始めたっぽい。
本来アタシがそーなる運命だったのかな……どんな調理のされ方するんだろ……。
アタシが一番おいしいのって、焼き? 茹で?
なんて怖いこと考えつつ、そう、怖いもの見たさ?っていうの? そんな好奇心に引っ張られて、アタシはついついモリビトゾクたちの食事風景に目を向けてしまった。
アタシの想像はちょーハズレ。
正解は……生! だった!
多分、モリビトゾクの集団(1クラスくらいかな? 2~30人?)の真ん中には、獲物の猪が置かれているんだと思う。直接見えないから想像するしかない。
だけど、それに群がり、なんだかガツガツと、道具を使って切り分けもしないまま、生臭さも物ともせず、ただただ一心不乱に、中には順番待ちをしている者もいて、食欲のままにかぶりついているのが……遠目からでも想像できた。
やっぱり最初に思った通り、こいつらは獣に近い。ってか獣そのもので。
次は自分がそうなる運命……食い殺される――
なんて想像よりも、アタシが真っ先に声に出しちゃったのはコレだった。
「ええっ!? 料理しないのぉ!?」
その声に独り言の世界から現実に引き戻されたらしいオババが、不思議なコトバを聞いたような顔をしてアタシに言った。
「なんじゃ……!? 『リョウリ』とは……!?」
「は? 料理は料理だけど? えっ、なに? もしかして――」
知らない……っていうか無い? 料理っていう行為? ガイネンが?
アタシを運んでたあの二人や、ここに連れてこられた時のみんなは「食える・食えない」の話をしてた。
それって「うまい・まずい」の話じゃなく、たぶん「毒がある・ない」みたいな、食べ物としてアリナシか、ギリギリ考えてアリ寄りのアリ目かナシ目か~的な基準なんだろう。食べたら死ぬ系と、ワンチャン食えるそれ以外、みたいな。
アタシは何だか直感した。
ちょいマウント取り気に語るけど、アタシ、クジとか賭け事はクソザコなんだけど、人間関係なんかで「直感」を外したことない。
『この人はいい人だから、この人と仲良くなろう』
『こうしたらこのグループに入ってうまくやれるだろう』
『こいつらはヤバイやつだから近寄らんとこ』
みたいな感覚に従って17年生きてきたってやつ。それで人生にストレスなんかほぼほぼ感じなかったし、割と頭ハッピーでも全っ然無問題だったから。
まあ今は死んでるんだけど、その人生17年の経験が今、
『ここが勝負どころっしょ!』
って叫んでる。
なんで、今まで頭使わず脳筋な「思わず」ばっかりだったアタシの言葉だけど……
今度はしっかりそう考えて、オババに言った。
「……ねぇオババさん。もっとおいしくご飯……食べたくない?
よかったらアタシがみんなのご飯作るから。
料理、するよ!!」
うん、「考えたんじゃなくて直感だろ」ってツッコミは却下で。