プロローグ・真央
――昨年、ママが死んだ。
あーっ! ちょっ待って待って!
「頭悪そうなタイトルだったのにいきなり重いんですけど」とか思ったでしょ!?
違うし! これほんの前置きだから! いちおーここから始めないと、的な?
ちゃんと偏差値低めの話?になると思うからドン引かないで聞いといて? ね?
語ってんのが頭ハッピー系のアタシなんだからそれはもーマジ保証。
……えーと。
とにかくうん、「昨年アタシのママが死んだ」ってトコから。
アタシのママはいわゆる「教育ママ」だった。
口を開けば勉強勉強、テストの点がどうこう、身だしなみがどうこう、節度ある生活がどうこう……
ほんっとウザかったんだって。
それというのも、ウチのパパがいちおー「政治家」的なのやってて。議員秘書?的な。
よくわかんないけどそこそこエライみたいで、まぁーなんつーの?
ママが口うるさく言うのはわかるっしょ。アタシもわからないでもなかったんだけど。
でもそれはソレ、これはコレっしょ?
小学校まではまだママの言うことを聞くイイコちゃんだったけど、さすがに中学から反抗期っていうの?
親の言いなりで人生決めるとか、ダサくね? とか思い始めるじゃん?
ってゆーか色々遊びたくなんじゃん? ねー?
でもさ、アタシって基本マジいい子だから。超性格美人だから。外見も……そこそこ?
要は「うっせーんだよババァ!」的にグレなかったのね。
内心「うぜえ死ね」とか思ったりはしたけど、態度にはそんなに出さなかったわけ。
んー若干無視的な? いちおーハイハイわかりましたーん、的な? そんな感じ。
苦痛だったけどそれなりの進学校を受験させられて、受かって、花のJKになって……
ってところでママが逝ってしまったの。
そりゃここまで散々悪態ついたけど、親だよ? 母親だよ?
経験者から言わせてもらうとマジこれ泣くかんね。やっぱメッチャ「クる」んだって。
悲しいんだって。家族がいなくなるってのはさ。しかもこんな早くだよ。
いやぁー……ほんと泣いたね葬式。
でもそれはソレ、これはコレなんだって!
その日から「勉強しろ」って言葉が家の中からすっかり消えたの!
いやパパはいるけどさ、ほんと普段一体何の仕事してんのかマジ謎なくらい家にはいないから。
我が家の珍獣クラスだから。だからもうメッチャ自由になったワケ。
まあ……お兄ちゃんがたまーに「オマエ勉強しろよ」的に絡んでくるくらいだったかな……。ま、そういうお兄ちゃん自身もパパの子らしく政治家? 的なのを目指してメッチャ勉強してる最中だったから、自分のことで手いっぱいだったみたいだけど。
そんなんで……わかる? アタシ、自由! フリーダム!
もう……最強か!? って感じだったね!
遊ぶよ! そりゃー遊ぶって!
JKだよ!? 遊びたい盛りのJKでストッパー解除されてんだよ!?
当たり前じゃん! ねぇ? そりゃ天下御免のギャルにもなるわ!
で、さっき言ったようにアタシが入った高校は進学校で。
自由を得たアタシが親のカタキのように(何か皮肉な例え)遊びまくったら――
そりゃー成績落ちるわ。
真っ逆さまだわ。
入学した当時はまだ真ん中辺りにいて、かろうじて体面保ってた系女子だったんだけどさ……。
※※※ ※※※ ※※※
高校2年の秋。その日は三者面談だった。
あー……ワカルっしょ?
今まで前置きしてきたことを踏まえたら、アタシが先生にボロクソ言われたのが。
パパの前で。
世間的に「超頭いい系」職業であるところの、政治家であるパパの前で。
サスガにね、「デコメガネ」ってあだ名の担任の口から、
「真央さん(アタシ)の成績は学年で……下からなら指で数えられます」
って言われた時は「ウッソ!?」って声出たしね。
アホになってるなーって思ってたけど、予想外にアホだったっていうか……
そりゃ隣のパパも終始苦笑いだっつーの。
っていうか今はもうそれも終わって学校から帰る途中。
アタシは車の助手席に座り、流れる街の景色をぼんやり眺めていた。
信号が赤になり、景色が止まる。
頬杖をついていた顔を反転させてみれば、運転席のパパはまだ苦笑いしていた。
アタシの視線に気付いたのか、真面目なパパは停車中でも一切脇見をせず前を向いたまま言った。
「真央が慶応目指していたなんて知らなかったよ」
「ンなもんママが勝手に言ってたに決まってんじゃん……。
アタシはビタイチ受かると思ってねーし、マジで狙ったりもしてなかったってーの。
先生は『アタシもパパみたいな政治家を目指してる~』的なコトほざいてたけど、
アレも全部ママが勝手に言ってただけのことだから」
「にしても……偏差値■■っていうのはな……」(アタシのプライバシーのために伏せてあります)
「ニンゲンの価値は偏差値じゃないし」
アタシの苦し紛れに「そうだな」と小さく呟き、パパはアクセルを踏んだ。
青信号が後ろに流れていく。
……なんていうか、パパと二人で話すのってママの法事以来なワケでさ。
ボロカス言われた三者面談後のこの空気でいい感じに話弾むワケねーじゃんっての。
普段からお互い「絡みづらっ」って距離感なのにさ。
でも……ママがいなくなって、家族はもうアタシとお兄ちゃんとパパの3人だし。
面談終わって速攻バックレキメようとしたけど、
『いい機会だから二人でドライブがてら話さないか』
なんて言われたらさ。まあ、なんつーか……ムスメとして付き合ってやっか、的になるじゃん。
例えこんな空気になるってのが分かっててもさ。ホラやっぱアタシって性格美人っしょ?
「慶応や成績はともかく、真央は政治家に向いてると思ったけどな」
唐突に、そして相変わらず運転中は真っ直ぐ前を向いたまま、パパはそんなことを言い出した。
「ハァ!? イヤないっしょ! 聞いたでしょアタシの偏差値!」
「成績はともかく、と言ったろう。
確かあれは……おまえが幼稚園の時だ。
近所の公園を遊び場にしていたおまえたち女の子グループと、新しくやってきた男の子グループが場所の取り合いでケンカしたことあったろう」
……あったっけ?
「あったんだよ。
その時おまえは2グループの間に立って、揉め事を解決したんだ。
なにをやったか覚えてるか?」
「全っ然覚えてない。幼稚園て」
寧ろパパが覚えてることに驚きだわ、そんな昔のこと。しかも他人事。
いや他人っていうかムスメのことだけど……。
アタシなにやった? ちょっと気になってしまった。
「平たく言ったらお互いの利益の妥協点をうまく導いたってことさ。
そういうのが政治家の才能……ってやつだとパパは思っている。
真央は政治家ってどんなコトをする仕事だと思ってるんだ?」
「そりゃ……会議したり会議したり選挙したり選挙したり、でしょ。
いい大人がグループ組んで、お互いの足の引っ張り合いに命かけてるってカンジ。
みんなのくらしをよくするためにーってのは聞こえのいいオモテムキで。
――実際そんなんでしょ?」
パパはアタシの答えに大きくため息をついた。
「おまえが皮肉もなく結構真面目にそう言ってるのがわかるから余計堪えるよ……。
……。
パパ……本当にもう政治家辞めようかな」
「辞めてもいいけど他の仕事ちゃんとみつけてね」
「そういうところ、ホントママに――」
その時、パパが鋭く息を呑むのがわかった。
雰囲気か何かで。
そしてアタシが目線をパパに向けたら――
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