悲劇の始まり
リーネはシャルドン男爵家に使える唯一の使用人だった。
ただ使用人とはいうが、ボディーガードや料理庭の手入れと何から何までこなす非常に有能な男だった。
体躯はしっかりとして、背も高く、髪は白金に近い色をしていた。黙っていればどこかの国の王子かと思えるような姿をしていたが、口を開けば元気で愛想のよい青年へと印象が様変わりする。
かつて身寄りのなかった10歳のリーネをシャルドン家の現当主が引き取り、使用人として置きつつもしっかりと教育は受けさせる。なので、使用人というよりはほとんどシャルドン家の一員であり、次期当主であるロナウド・シャルドンとは、兄弟のような間がらであった。
この国は、国王一家であるリズモンド家が絶大な力を持っており、それに仕える侯爵家や伯爵家をはじめとする上級貴族、さらにその下男爵などの下級貴族。さらに…と続く。ちなみにシャルドン家は下級貴族。所謂田舎貴族であった。任された土地は中心部から離れてはいたか領地の民からの信頼も厚く、特産物である「花」(香水に使われる)はこの国いちの品質を誇り、他国への輸出も盛んであった。
美しい町であると有名ではあったが、次期当主のロナウド・シャルドンは、
「こんな田舎出てってやる」
と、よく息巻いていた。その度にリーネは流行に敏感なロナウドらしいと苦笑するのだった。
当のリーネはロナウドの両親との生活を幸せに感じていたし、穏やかな田園風景を気に入っていた。この生活がずっと続きますようにと願うくらいには。
そして、両親もそんなに嫌ならばロナウドに王都で生活を送らせ、ここはリーネに任せてもいいのではないか…というくらいには、リーネを我が子のように思っていたのだった。
それは雪が降る2月のこと。
シャルドン家の当主とその妻は、王都で開かれる半年に1回の会合に顔を出しに行き、ロナウドもまた同行(とは言っても会合にはでず、ショッピング三昧なのだが)、リーネも本来ならばその荷物持ちとしてついて行くはずだったのだが、ちょうど街の方でトラブルがあり、男手が必要だとかり出されることとなった。
「お土産必ず買って帰るから!」
「留守は頼んだよ」
「ちゃんとご飯食べるのよ?」
3人はそう言って、リーネを心配しながらも笑顔で手を振りながら馬車に乗っていってしまった。
少し込上げる寂しさを胸に隠して、リーネは大きく手を振り返す。馬車が段々と遠のき見えなくなってから、その手を下ろした。
「さて!まずはじっちゃんのとこの、壊れた馬小屋修理しに行って…そのあとは、サラのばあちゃんの家の修理…ご飯はその帰りでいっか」
昨日の大雪のせいで、街の家がいくつか壊れてしまったのだ。そのせいで、若衆たちは朝から大忙しである。
目まぐるしい一日になりそうだ。
そう思いながら、リーネはロナウドからもらった手袋をはめ、街へとおりていった。
作業が終わったのは月が真上に来る頃。
直した家々の人からもらった感謝の印(主に菓子やパン)を両手に抱えながら、リーネはほくほく顔で家路につく。
「たくさんもらえたなぁーこれなら明日も明後日も飯作らなくていいじゃん!ラッキー」
雪に少し足を取られながらも気持ちは軽いと言ったふうに、上機嫌に鼻歌を歌いながら足を進める。
クスノキが一本生えた小高い丘を超えた所に屋敷が構えてある。あともう少しだ、というところで、異変をリーネは感じた。なんだか、明るくないか?それに…
「焦げ臭い」
リーネはまさか、火事が!と驚き足を早める、もつれそうになる足を必死に動かしながら、なぜ?火元は?と必死に考えるが、どう思い出しても身に覚えはない。では、まさか、放火…
その答えにたどり着いた時、目の前には轟々と燃え上がる屋敷。
美しい庭園も今は見る影もなく燃え盛る。まるで火の海…
「なんで…」
膝から崩れ落ちた、リーネの上に影が落ちる。
「この屋敷の使用人か」
ハッとしてリーネが顔を上げると、そこには馬に乗った役人が数人こちらを見下ろしていた。
感情のない瞳に背筋が凍る思いがする。
「シャルドン家は本日をもって取り潰しとする。当主、妻、そしてその子は王都で死刑となる…ああ、もう死刑は終わった頃だな」
「巫山戯んなよ…死刑…??なんで!!あの人たちか何したって言うんだ!!!」
リーネが慌てて立ち上がり、そう告げた役人を馬上から引きずり下ろそうとするが、役人は手網を引き馬の前足でリーネを蹴り飛ばす。
「さて、お前の処分は奴隷としてローデンワイナ王国に売り飛ばされる…そう決められている。諦めろ、これが運命だ」
憐れむような声を聞いたのを最後に、リーネは意識を失う。銃で肩を撃ち抜かれたのだ。