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女奉行 伊吹千寿  作者: 大澤伝兵衛
第三章「蔭間大名の悲劇」
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第九話「大名行列襲撃」

 せんは東海道を走りに走った。


 深畠吉親の大名行列は、既に半日は先行している。急がねばとても追いつけない。


 女の脚であっても、せんは相当の健脚だ。大名行列よりも確実に速く移動する事ができる。しかし、もしも関所より先に進まれた場合、せんは追いつく事が不可能になる。俗に入り鉄砲に出女と言うように、女人が関所を越えて移動する事は厳しく取り締られている。もちろん手形を持っていれば通過できるのだが、せんが手形を受け取るためには江戸城の御留守居たる伊吹近江守に申請しなければならない。


 伊吹近江守は千寿の父親である。今回の件でせんに手形を許可する事はまずあるまい。


 だから昼夜を分かたず走らねばならないのだ。


 だが飛脚ならともかく、大名行列ならば関所を越える前には何度か宿に泊まる必要がある。せんの脚力は飛脚並みだ。追いつく事には確信があった。


 千寿に黙って出てきた事は、悪いと思っている。


 しかし、深畠吉親を成敗すると言えば、必ずや止められたであろう。


 これまで、女奉行所は相手が旗本であろうと、豪商であろうと構わず成敗してきた。だが、今回の相手は大名である。これは拙い。


 大名は徳川家の家臣であり、この点では旗本と変わらない。だが、その地位は強固に保証されており、これを脅かすには幕府、引いては将軍の威光が必要なのだ。如何に女奉行所に女人保護のための権限が将軍に与えられていようと、大名を成敗するのは難しいのだ。しかも、既に守られるべき吉親の正室は死んでいるのだ。


 成敗するのに女奉行所の力を使うのは出来ない。せんの独断でやらねばならないし、一人で大名行列を襲撃せねばならないのだ。


 そしてこれには自信があった。


 大名行列は単なる国元と江戸の間の移動ではない。軍事的な行軍の演習や、大名家の威光を示すものでもあるのだ。だから、家格に見合った規模の行列を仕立て上げねばならない。しかし、それは出発時や到着時、主要な関所のみである。必要な区間だけ臨時の雇人も使って豪華な行列を仕立て、それ以外は最小限の人数で済ませるのだ。


 深畠家は二万石の小大名だ。おそらく江戸を離れてしばらくしたら、十数人程度に減少するだろう。しかも、その中には駕籠や荷物を持つ人足達も含まれている。戦闘要員は少ないはずだ。


 その様な予測を、せんはしている。


 せんは赤尾の様な軍学者でもないし、美湖の様に武家の生まれではない。単なる多摩の百姓の娘だ。だが、だからといって無知という訳ではない。庶民の生まれだからこそ回る知恵もあるのだ。


 果たしてせんが深畠家の行列に追いついた時、せんの目に飛び込んできたのは十数人程度の集団であった。


 翌日の昼頃の事である。


 これならばせんの腕前をもってすれば、勝てぬ事はない。


 例え夜通し走り続けて疲労していようと、相手が夜は休憩して回復していようと、そんな事は関係がない。


 怒りは疲労の感覚を吹き飛ばしていた。時が経てば頭が冷えるのが普通かもしれないが、今のせんは夜通し走り続けて夜風に吹かれようと、その感情の迸りは全く治らなかったのであった。


「深畠吉親! 葦姫様の仇だ! 覚悟しろ!」


 せんは鉄棒を袋から取り出して構えると、声高に叫んで走り出した。

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