(1)
今日こそ、決めてやる。わたしは、この夜に賭けていた。
十二月二十五日は何の日? と聞かれて、わからない人はいないだろう。小さな子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで、クリスマスだと、きっと答えるはずだ。
そう、今日はクリスマス。だからこそ、わたしは気合が入っているのだ。
「今月の二十五日さ、二人でメシ食べに行かね?」
そう誘われたときは、特になんとも思わなかった。日付が少し遠いな、と考えたけれど、それよりも二人で出かけることの重大さに気を取られていたのだ。
数日経って、カレンダーを見てはっとした――今月の二十五日って、クリスマスなんじゃない?
曜日感覚がいつもあやふやだということは、自分でわかっていた。専門学校に入ってアルバイトも始めて、授業、課題、バイト、授業課題バイトの繰り返しをしていれば、「もう土曜日!?」と驚くのも無理はない。しかし、まさか今が何月か、ということすら忘れているとは、自分に呆れ返ってしまった。
誘われたのは、十二月が始まってすぐの頃だった。
*
ベッドにダイブする。やわらかい、気持ちいい、ああでもすぐ起き上がらなきゃ、お風呂も入ってない、でも眠い、記録しなきゃ、つかれた――と、頭がだんだん睡眠に向かっていく。
実習から帰ってくると、いつもこうだ。心身ともにへとへとになりながら、やらなくてはいけないことに毎日追われ続ける。睡眠時間は削りたくないけれど、実習が終わって帰ってきて勉強と記録を行うとなると、睡眠くらいしか削るものがない。
朝はギリギリまで寝ていたくて、ファンデーションと眉毛だけ描いて終わることもあるし、ひどいときにはすっぴんの顔のまま学校へ向かう。自分の限界点はどこなんだろう、とたまに思う。
ここで寝たらやばい、と頑張ってベッドから起き上がり、フローリングにお尻をつけた。ひんやりとした床が、わたしを目覚めさせていく。
数十秒フローリングに座ってぼうっとしたあと、立ち上がってお風呂の準備を始めた。下着と部屋着を持って脱衣所へ向かい、十五分ほどでシャワーを浴びて、すぐに出る。
ドライヤーで髪を乾かす間、スマホをチェックする。メッセージアプリにいくつか通知が来ていた。
『やばい、道にネズミ落ちてた』
そのメッセージに、一人でくすりと笑う。タップして開くと、そのメッセージは一時間半ほど前に来ていたみたいだった。
『写真は?』
打って送ると、てぃろん、と間抜けな音とともに、写真が返信された。遊園地の人気キャラクターの小さなキーホルダーが、ぽつんとアスファルトの上に落ちている。なにこれ、と返すと、俺も知らない、とやはりすぐに返事が届いた。
『大学からの帰り道に落ちてた』
『かわいそうだから拾えばよかった』
道に落ちてるキーホルダーを拾う男子大学生の図を想像して、また一人で笑った。
『恨んでるかもね』
『夢に出てきたらどうしよ』
ほとんど乾いたところで、ドライヤーのスイッチを切ってコードをまとめる。鏡をちらりと見ると、隈も顔色もひどい女がそこに映っていた。
夢に出てくるネズミより、わたしの方が恐ろしい顔をしている。化粧水と乳液を適当に塗って、脱衣所を出た。
冷蔵庫からキャラメルを取り出して自室に向かい、机に向かった。わたしの夜はまだこれからだ。時計を見ると、針は七時四十二分を指していた。胸の下まである長い髪を一つに縛り、ふう! と気合のこもった息を吐く。
何度か休憩を挟みながら記録を進めて、時刻は十二時を回っていた。途中、お母さんに「清花、ご飯は?」と声をかけられたけど、「まだ食べられない」と返してそのままだ。ぎゅるぎゅる鳴っているお腹は気になったけれど、食べに行く時間も惜しかった。
『今日もおつかれー』
もう、寝ちゃったかな。休憩がてら、ぼんやりとスマホの画面を眺める。メッセージは、三時間も前の、彼のそんなひとことで止まっていた。わたしが返事をするのを忘れていたせいだ。
そっちもおつかれさま、と返して、ごとんと机におでこをくっつける。十時間くらい寝ちゃいたい――頭の中で悪魔が囁く。
少しのあいだ、目を瞑っていると、ヴーッ、ヴーッとスマホが唸った。画面には『堀田』と表示されている。鳴り止まない音にちょっとだけ悩んで、通話ボタンを押した。
「はぁい」
『あ、起きてた』
「寝そう……」
『起こしに行こうか?』
「堀田くんにお手数をおかけするわけには……」
わたしの家と彼の家は電車で十分くらいの距離にあって、ちょっと遠い。第一、わたしと彼は、無理をして会う関係性でも何でもない。
彼とは高校三年の時に同じクラスだったが、高校生の時はほとんど話したことがない。そもそも、あちらはサッカー部、こちらは茶道部で、関わる機会がなかったのだ。
こうして話すようになったのは、高校を卒業してからだから半年くらいだが、わたしはずっと前から彼に片想いをしている。彼にとっては些細な、わたしにとっては大きな出来事があって、わたしはそれを大切に抱えてきた。
高校生の頃から、堀田くんへのつよい憧憬と淡い恋心が心の片隅から退いてくれない。
片想いは、幸せで苦しい。堀田くんの人間性や優しさに触れるたびにどきどきするし、こうして話すようになってからは、それだけで胸がいっぱいになる。
同級生のただの男子じゃん、と友だちには何度も言われているが、わたしにとっての彼は好きな人で憧れで、尊敬する人物なのだから仕方がないだろう。もう、どうしようもないところまで来てしまっているのだ。
でもまあ、堀田くんの気持ちはよくわからないけどね、などと考えると、勉強へのやる気もすっかり削がれて、瞼が重たくなっていった。数年間、片想いに振り回されてばっかりだ。
「もう寝てもいいかな……」
『課題、終わったの?』
耳のすぐ近くで彼の声がして、心臓がきゅっとする。
「ううん……あとね……記録がちょっとと……課題はまだノータッチで……」
『じゃあ寝ちゃいけんじゃん』
「でも……眠くて……昨日も四時寝七時起きだったから……」
『看護学生、ヤバいな』
「そうなの……やばいのよ……」
目を閉じると、世界に彼とわたしだけのようだ。眠いせいか、頭の中がまとまらない。
『もう寝る?』
「んーん……もう少し頑張る」
スピーカーボタンをタップしてから、がばりと起き上がって髪の毛を結び直す。どうせ家の中だし、ちょっとくらいぼさぼさでも構わないだろう。
「なんか用事だった?」
ちょっと話そ、と言われたり言ったりして電話をすることはこれまでに何度もあったが、突然電話をかけてくるなんて初めてだ。何か緊急の用でもあったのか、と心配になる。
『あー……いや、大丈夫』
「ええっ、気になるよ、言ってよ」
『えーー……』
「やっぱうそ、言わなくていいよ」
気まずいような、張り詰めたような空気が漂うまま、彼が話し出すのを待つ。スマホの電源ボタンを押して時間を確認すると、十二時四十一分と表示されていた。記録はすでに三文の二ほど終わっているから、今日は三時半には寝られそうだ。
『いや、言うわ』
「うん?」
『……今月の二十五日さ、二人でメシ食べに行かね?』
これは、デート、なのだろうか。それに気づいた途端、心臓が突然大きな音を立て始める。スピーカー越しの彼の声も、少しだけ緊張しているような気がした。
「う、……うん、行きたい」
『じゃあ、決まりな』
はー、と小さく聞こえたけれど、ため息の理由はよくわからなかった。男の子と二人で出かけるなんて、それも好きな男の子となんて初めてで、誘われただけだというのに顔が熱くなる。
『俺,邪魔だろうから切るね。ばいばい』
「う、うん! ありがとう! またね!」
ぷつんと途切れた瞬間、机に突っ伏して、足をばたばたさせた。緊張した、どきどきした、なによりも――うれしい、どうしよう。
今月の二十五日かあ、ちょっと先だな。それまでに、美容室には最低限行っておきたい。よし、と鼻から息を吐いて気合を入れ直し、起き上がってノートに向かった。
*
改札を出て、あたりをきょろきょろ見渡す。待ち合わせの時間まで、あと十分ほどある。先についちゃったかもしれない。バッグから小さな手鏡を取り出して、冷たい風に崩された前髪をちょいちょい、と整える。
駅前には、これでもかというくらいにイルミネーションが飾られ、手をつないで歩く人も多く見られる。男女も男の子同士も、女の子同士も家族も見当たるが、共通しているのはみんな幸せそうな顔をしているというところだ。わたしのように緊張した面持ちで壁際に立っている女の子も数人見かけた。がんばろうね、と心の中で語りかける。
鞄の中でスマホが鳴った。表示を見て慌てて電話に出ると、堀田くんが『大橋さん、どこいる?』と問いかけてきた。
もう一度周りを確認しても、やっぱり堀田くんらしき人は見つけられなかった。そもそも人が多くて、人探しをするには向いていない。
「駅出たところの、公衆電話の横にいるよ」
待ち合わせに指定されたのは、わたしと彼の最寄駅のちょうど中間にあたる場所で、彼がずいぶん前から行きたかったお店があるらしい。駅の近くなので待ち合わせはそこにしようと言われ、わたしはここに立っている。
この駅にはあんまり来たことがなくて、どこがどうなっているのかよくわからないから、駅から離れない方がいいだろうと判断したのだ。それにしても、こんなに混雑しているとは思いもしなかった。
すぐ行くからまってて、という彼の声に、りょーかい、と返す。六時半なのに、もうすっかり夜だ。着込んでいるのに肌寒い。上着のポケットに忍ばせているカイロを揉んで、手指だけでも温める。
「あ、」
『見つけた』
小走りでこちらに向かってくる長身の男性を見つけて、小さく手を振った。うす暗くてよく見えないが、きっと彼だろう。
「十分ぐらい探してた、すぐそこにいたんだな」
「あっ、ごめんね? わかりづらかった?」
「いーよいーよ。じゃ、行こ」
横に並び、二人で歩き出した。もちろん手はつながれていない。そういうことをいちいち気にするな! そもそもわたしと彼はただの友だちだろう! しょげそうになる自分に、必死に言い聞かせた。
雑談をしながら、お店を目指す。わたしは道を知らないので、堀田くんに案内されるかたちだ。「予約は取ってある」と言われて、そんなに品格の高いお店に、と緊張したが、小さなお店だから混みそうな時は予約制になるんだと説明されてほっとした。
服装はいつもより気合を入れて〝きれいめ〟にしているし、お化粧もしているけれど、おしゃれなレストランに行くには間に合っていない。
出かける前、弟二人に「お姉がワンピース着るとか明日は豪雪だな」「いつもスウェットにスキニーのくせにな」「デートだろ」と言われた。
普段はほとんど着ない、膝小僧が隠れるくらいの丈の黒いワンピースに、白いもこもこのアウターを合わせて足元はヒールのあるショートブーツにした。堀田くんは身長が一八〇センチ近くあって、わたしは一五五と何ミリかしかないから、ちょっとだけでも近づきたいな、と思ったのだ。
胸下まである無駄に伸びた髪は、美容室でトリートメントをしてもらってつやつやになった。髪を染めるのは学校があるので諦めた。ちょっとでも茶色く見えたら、先生のお叱りが待っている。
ヘアアレンジは得意じゃないから、二番目の弟にゆるく巻いてもらった。弟は手先が器用で、髪をいじるのが好きらしい。髪を触らせながら、「せっかくいい髪質してるのに、お姉がやったら絶対へんになるし髪がもったいないから俺がやる」と褒められているんだか貶されているんだかわからないようなことを言われてしまった。
まぶたには赤っぽいアイシャドウをのせて、まつげはピンクっぽいマスカラにした。すごく近くに来ないとわからないくらいのピンクで、そこがお気に入りだ。
「今日、いいね」
「うん?」
「服装? とか、髪とか。なんかふわふわしてて」
「ふわふわ……褒めてる?」
「めちゃくちゃ褒めてる」
頑張ってよかったあ、と叫びたくなった。笑って彼を見上げると、堀田くんもかすかに口角を上げた。えくぼが彼の右頬に浮かんでいる。デートみたい、とちょっとにやけそうになったのは内緒だ。
「あ、ここっすね」
暖色のイルミネーションに彩られたレストランの前で立ち止まった。ドアの上には、フランス語のような言葉で名前が書かれている。おしゃれなお店だと一目みただけでわかった。
「そんな緊張しなくていいよ。ここ、俺のおじがやってるお店」
「えっ、そうなの? すてきだね」
「最近オープンして、食いに来いって言われてたから。はいろ」
堀田くんが扉を押して中に入っていくので、慌ててわたしも続いた。入った瞬間、あたたかい、美味しそうな匂いがふわっとわたしを出迎える。
「いらっしゃいませー……お、海星、来たか」
黒縁の眼鏡をかけた長身の男性がひょこっと現れた。同じ顔、と思わず言ってしまいそうになるくらい、堀田くんと似ている。二人の相違点は、眼鏡をかけているか、かけていないかというところだけだ。
「あはは、確かに似てるけど」
「同じ顔、は初めて言われた」
思っただけのつもりが、口に出ていたらしい。冷や汗をかいていると、二人とも嬉しそうな顔をしていることに気づいた。失礼には当たらなかったみたいだと心臓を落ち着ける。
「堀田様、お待ちしておりました。ご案内いたしますね」
「一輝くん、そういうのいいから。普通にして」
「そお? ま、いいけど」
ふざけてかしこまった堀田くんのおじさんに、堀田くんはばっさり切り返している。横に並んだら、やっぱりよく似ている。スタイリッシュという言葉が似合う風貌だ。
「ここね。わざわざ予約まで取ってくれたから、一番いい席取っといてあげたよ」
「ありがと。余計なこと言わなくていいから」
「あ、ありがとうございます!」
お礼を言うと、「ところで、何ちゃん?」と言われ、自己紹介も済んでいなかったことを思い出した。
「大橋清花と申します! えっと、堀田くんとは、最近仲良くさせてもらっていて!」
「大橋ちゃん、よろしくね。俺のことは〝一輝くん〟でいいから」
一輝くんさんがにこっと微笑む。笑った時のえくぼの出方まで一緒だ。初対面なのに、さすがに気軽には呼べない。内心ひやひやしている。
「一輝くん、夏海さんが呼んでる」
「やっべ、怒られる。じゃあ、決まったら俺でも夏海でも呼んでね」
丁寧にメニューを置き、一輝くんさんは礼をして去っていく。夏海さん、というのはどうやら一輝くんさんの配偶者さんらしい。夫婦でお店をやっているようだ。いいなあ、と素直に羨ましい。夫婦仲がすごくいいんだろうな。
*
ほどほどに会話を楽しみながら、わたしはグラタンを、堀田くんはビーフシチューを食べ、さらにわたしは締めのデザートまで頂いてしまった。デザートとして出てきたガトーショコラは、特別メニューらしい。今までに食べたどのガトーショコラよりも美味しかった。
「そろそろ出る?」
わたしがガトーショコラを食べている間、堀田くんはココアを飲んでいた。ガトーショコラの少しビターなお味が苦手らしい。甘党なんだそうだ。
「ひまだったよね、ごめん、出よっか」
「いや? 全然。大橋さんがあんまりにもおいしそうに食べるから面白かった」
「み、見られてたの……恥ずかしい……」
「いい食いっぷりだったよ」
頬が熱い。ずっと見られていたなんて。ガトーショコラに夢中で何も考えられていなかった。手のひらで頬の熱を冷ます。
「イルミネーション見に行こ」
よいしょ、と鞄を持って立ち上がり、レジに向かいがてら二つ折りの財布を取り出した。が、堀田くんはレジカウンターに目もくれずに出て行こうとしている。立ち止まったわたしを堀田くんが後ろから柔らかく押す
「堀田くん、お会計は?」
「もう終わってるよ」
一輝くんさんと夏海さんが、遠くから笑いながらひらひら手を振っている。ええ、と戸惑っている間に、ドアをくぐり抜けて外に出てしまった。
「まったまった、お金どうなったの? えっ、なに? どういうこと? 無銭飲食は違法だよ?」
「俺が払ったからだいじょうぶ」
立ち止まって彼に訴えかけると、彼はかわいいえくぼを片頬に浮かばせてそう言った。風に吹かれて崩れたわたしの前髪が、堀田くんの指先によって整えられる。……整えられる?
「え、な、何してんの」
「やべえ、ごめん、つい」
わたしが顔を熱くしていると、彼も少し頬を赤らめている。なんなんだ、本当に。
妹みたい、というのは言われ慣れている。三姉弟の長女なのに、身長のせいか年齢に見合わない顔立ちのせいか、外では妹扱いしかされない。堀田くんも妹がいると聞いたことがある。どうせ、わたしのことを妹かなにかと勘違いしただけなのだ。もう、本当に、わたしばっかりどきどきさせられている。
それよりお金、しつこく言っても受け取ってくれなさそうだけど、ここで奢ってもらう義理は無い。こういうところはちゃんとしないとだめだ。
「堀田くん、お金」
「いや、マジでいいから。親戚割引みたいなのもしてもらったし」
じゃあお言葉に甘えて、というわけにもいかない。帰るまでにどうにかして受け取ってもらわないと。
どことなく、気まずい空気が漂う。なんか言わなきゃ、と必死に頭を回らせて、そういえば、と思い当たった。
「せっかくだし、堀田くんに贈りもの? 持ってきたんだけど……」
「贈りものって、プレゼントのこと?」
「そのようなもの」
鞄から丁寧に包装されたものを取り出して、勢いよく差し出す。プレゼント、と言うと恥ずかしいから言わないようにしてたのに。堀田くんはつくづくわたしを恥ずかしがらせるのが上手い。
「この中、なに入ってんの?」
「そんなに高いものではないのでお気になさらず」
「嬉しい。ありがとう。開けていい?」
「お家でお願いします!」
なににしても大事にするわ、と言われ、やはり照れてしまった。というか、こんな道端でやらずにさっきのお店ですればよかった。ぴかぴかとうるさいくらいに光っているイルミネーションがあるからそれほど暗くはないけれど、足元に落ちてしまったら探すのに苦労するだろう。
「まあ、俺も用意しているんですが」
「ええ、そんな、いいですよ」
「ここでもらってくれないと、俺が使うわけにもいかないんで、もらってやってください」
鶯色でラッピングされたものを渡され、落とさないように両手で受け取る。偶然にも、わたしの渡したプレゼントと同じくらいの大きさだった。
「ありがとう……超、ちょう大事にします」
「そんな大層なものじゃないよ?」
「ううん、すごくうれしい。開けてもいい?」
「落としちゃうかもだからだめ」
ええ、と笑って見上げると、彼も同じように笑っていた。イルミネーションに照らされてとてもきれいだ。えくぼのところだけ影になっていて、「えくぼは恋の落とし穴」がキャッチコピーのかわいいアイドルを思い出した。
恋の落とし穴、とは言い得て妙だ。もうすでに彼に落ちているのに、今この瞬間、もっと深いところまで突き落とされたような気がした。
もしかして、いまわたしの気持ちを彼に伝えたら、どうにかなれるんじゃないか?
頭のどこかが沸騰しかけた。告白する――デートの日がクリスマスだと気づいてから、何度も考えて、その度に頭を爆発させてきたことだった。