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道先

道先8

作者: 卯月猫

鱗 リンリンのお好み焼き



 リンリン、変な名前。あだ名みたいな本名。私は生粋の日国の民であった筈だったんだけど、どうしてこの名前をつけたのかを今は亡き両親の遺影に問うても返事は無い。


 世論調査番組では『奇抜(キラキラ)ネーム』がうんたらと騒がれていた時代も騒ぎを過ぎて、現在はセカンドネームと呼ばれる呼称が流行りを見せている。

 セカンドネームとは、所謂、愛称のような物で実名でなくとも登録が可能。これも、一定数実名が気に食わないと言う人が世に多くなってきたのが原因である。国がそれを是とするとは、ほんの10数年前にはとても信じられないような事だったが、時代の流れとは何とも。一世を風靡するような流行り、加えて、ネット配信や他SNSなどにも実名を出さずに個として活動出来る事が一般的になった昨今、最早実名の意味とは何ぞやとされている。

 家族、大切な人から最初のプレゼントだと言う認識は遠く薄れていると言わざるを得ない。

 そも、奇抜ネームが世に溢れた時代から、親が好きだったキャラクターの名前を付けたり、漫画やアニメ、映画の題名だったり、当て字であったり。名付けた親は意味を持ってつけたのだろうが、周囲から白い目を向けられるのは子である。名前の所為で集団生活に馴染めない、不必要にいじられる、バイトや就職活動に支障をきたす。


 いつしか、セカンドネームを使って生きていきたい。その方が自分らしく居られる。と思う層が圧倒的に増えたのだ。国は上の層のお堅い思考を止め、民衆の意見をより広く取り入れるようになっており、特に若い層がどんどん意見を述べられるようになっていった。ネットでの投票制度に加え、投票を行うと好きな店舗等で条件優遇されると言う制度を取り入れた所、投票権のある全ての者が積極的に関りを持とうと動き出したのだ。結果、国のトップを決める際には他国に追随を許さぬ程のお祭り騒ぎ(一大イベント)となり、国の政策に対し気軽に意見を述べるような100%の参加率を誇るようになった。

 この選挙では、二つだけルールが定められている。


 一つ、

 【他者を蹴落とすような発言をしない事】

 たったこれだけの事だったが、驚く事に失言をこぼす立候補者は少なくなっていったのだ。これをすると、発覚した時点で参加資格が抹消され、構えた団体は須く強制解散と相成る。

 他者の悪口ばかり言っている人物には、政治は任せられないと正しく判断され淘汰対象に認定である。


 二つ、

 【通らない意見が存在する】

 事を参加権ある者全てが理解しておく事。人は意見を述べる時、自分の意見が通らない事に異常なまでに腹を立てる人種が居る。アドバイスもしかり、『せっかくアドバイスしてやったのに何様、言う事聞けないのなら、言う通りにしないのなら相談するな』と言う姿勢に出る者も少なくない。

 アドバイスを受けるとは、周囲からより多くの情報を取り入れ、その中から自分に何が一番合うのかを選る事が出来る選択肢の広がりが利点であり、押し付けられた意見に対し是とする事では無い。

 優柔不断の人物を取ってみると、選択肢が増えれば増えるほど迷いが生じると言う更なる深みに溺れる事もあるのだが。

 政策に対し、多くの意見が出る事は良い事だが、人が増えれば増える程まとまらない事が常であり、それを解消する為のブレーキ的役割である。これの最終形態は古くから存在する多数決になるが1でも多く獲得した意見などから有用性を算出され公開される。

 

 そして、大きく変わった名前のあり方について、セカンドネームは自由に変えられるが、無料で行えるのは3回まで、それ以降は1回10万から利用可と言うのが特徴である。

 金銭的に余裕が無い人でも、自由に名乗る権利は等しく与えられると言う事。

 昔で言う保険証などの身分証は、現在一枚のデータカードとして国の重要情報機関に登録され、名前を変える度にネーム一覧の一番上に表示される。

 同じ名前が何人も存在する事となるが、そこはデータカードが個人の認証を行っており個人の特定が可能。データカード内の情報が重複照合される事は100%存在しないと発表されている。


「ほんまかいな」


 ニュースになる度に疑問に思ったし、『データカード偽造したった』『データカード重複させてみた』と言う炎上目的の配信者を何人も見て来た。安全性について長い事専門家による憶測が飛び交ったが、結局今の所、偽造使用出来たと言う大ニュースは流れてこないので誰も実現出来ていないのだろう。

 違う名前を二つまでは同時に登録&使用が可能で、金融機関など全てのコードに適用される為、プライベートとビジネスで上手く使い分けをしている人も増えた。



――――



「あぁ~~しんどっ。でも、あいつの最後の顔……ふふっ」


 帰宅してからリビングの椅子に腰かけ、バックは床に放り投げる。今日は会社でいじられた。名前のいじりなんて久しく受けていなかったもんだから外部の、しかも初対面の人間に言われた言葉が愛想笑いも浮かべられない程、リンリンの眉間に皺を刻んだのだ。


『ぶふっリンリンて、俺の女かよ』


 互いに自己紹介して、ソファに腰を下ろそうとした時だった。一瞬、何を言われたのか分からなかったし、言葉を咀嚼して理解に落とし込むまでかなり時間を要した。

 この男とは初対面の筈だが? え、気持ち悪いんですけど?


『リンリンて女がさぁ、あ、そいつのはセカンドネームなんだけど、ほんと変な名前だよな。あんたもセカンドなの? そのネームダサすぎ、変えた方がいいぜ』


 何言っているんだこいつ。馴れ馴れしいな、商談の席でどっかり腰を掛けて足を組み何様だろう。


『まあ、いいや。で、さぁそいつがぁ俺の事が好きすぎてそろそろうざくて』


 現在進行形でマックスうざいのはあんたですけど、何の話聞かされてるのか。帰ってもろてええですか。川にぶん投げるぞ。

 内心で胸元掴み大河の果てまでぶん投げつつ、ま、ワタクシ大人ですので? 愛想笑いは無理だったが、眉間に皺を刻みつつも相応の対応をこなし商談の終わり頃に別件で出ていた上司が滑り込みで間に合い顔を出したので交代する事となった。

 上司の顔を見た途端、男は無駄に長い足を盛大にテーブルにぶつけながらも大慌てで背筋を正し、弾かれたように立ち上がる。

『いったっっ! あ、いつもお世話になっております!』と頭を下げた姿には思わず吹き出しそうになってしまった。

 部屋から出て行く際、上司から目配せされたのは同じことを思っていたからだったのだろう。この上司は私と気が合うのだ。

 

 と言う訳で、多少面白くない事が起こった一日だったが疲労は空腹を齎した。

 今日の夕餉はもう決めていたので、手を洗い、さっさと準備に取り掛かる。

 ホットプレートを引っ張り出し、テーブルにセット。

 野菜室をガバリと開けて、手に取りほいほいと台所に転がす。半玉キャベツなどの野菜をザクザク刻んで、干しエビ、リンリン特製調合の粉、卵、紅ショウガをボールに入れる。天かすも忘れず加え、水をほんの少し足し様子を見ながら混ぜていく。

 丁度良く温度が上がった所でお玉にひとすくいし、ホットプレートの上に落としていく。

 途端に白い粉液がじゅわじゅわと耳心地の良い音を立て始める。

 そこで、箸、皿、かつお節、他にもマヨネーズ、ソースやチーズなども忘れずに用意しておく。二枚目、三枚目を焼く時に具を少し足していくのだ。

 焼いている間に冷蔵庫から冷えた烏龍茶を取り出し、先に一口ぐいっと煽る。

 いい香りが室内に漂い始めたので腹の虫が盛大に鳴った。

 途中、様子を見てひっくり返しながら待ち遠しく逸る気持ちを何とか宥めつつ大人しく待つ。

 

 暫く後、出来上がった一枚に箸を入れる。


「うあー、美味し。んん、色々混ざっていい感じだ」


 租借する度に刻んだ食材が存在を主張するが一切邪魔にならない。複数なのに、完全なる個として存在する逸品。


「……あー、成る程。こんな風に混ぜたら美味しくなるって言うのは世界も一緒なのかも」


 お好み焼きとはよく言ったものだなぁ、と感心する。

 お好み焼きがお好み焼きとして広がって根付くまで、山あり谷ありな事がきっとあったに違いない。原形は外国発祥だと聞いた事もあるけど、何にせよこの国は他国の物をくるくると取り入れ自国アレンジする事がうまいからこういう物に限らず色々広まってくれるのはありがたい。模造(パクリ)と取るか、進化と取るかは人それぞれだろうけど、このお好み焼きはこうした形で残ってしっかり受け継がれてくれた事に感謝する。

 ちなみに、お好み焼きは大好物だが、うどんに肉カスを入れて食べるのもかなり好きだ。誰が考えたのか、天才だ。肉カス特有、サクじゅわの出汁感と食感が堪らない。出汁はあっさりと最後まで遠慮なく飲み干せる。自宅で勿論作れるが……自分で作るより絶対に店で食べたい。ご褒美ご飯でもあるので週一とかで楽しむのである。


 思考をあちこち飛ばしながら焼いて食べてを繰り返し、気が付くと4枚焼いたのにもう最後の一枚になってしまった。


「あ~、もう少しタネ作れば良かったかな」


 仕事上の苛々を度々飲食にぶつけていた所、腹の肉がどうにも主張しがちになり、気になり始めてから、アルコールを断つ事には奇跡的に成功したが、食欲は落とせずドカ食いしてしまう事も良くある。ここで最後の一枚をご飯と一緒に食べるのも全然ありなのだが、明日の朝はいつもより早い事もあり唾液を飲んで我慢する事とした。

 最後の一枚は何か特別アレンジ加えて食べようかと暫し睨めっこするが、自分の王道で食べようとソースとマヨネーズ、青海苔、かつお節で装飾する。

 じゅわじゅわとソースが熱を上げ、こま削りのかつお節はふわふわと華麗に踊る。

 ダイエットは明日から精神で、綺麗に焼きあがった熱々お好み焼きをホットプレートの上で切りながら、ふうふうと息を吹きつつハフっと食らっていく。


「あっつ、うんまっ」


 熱々だと味が分からないと言われがちだが、口いっぱい広がる焼きあがりの香ばしさと鼻腔を刺激するスパイスが脳に【旨い】と言わせるのだ。

 もう本能から旨い。

 あ~、終わってしまう。と名残惜しくなりつつ、大きな一口で最後の一切れを迎える。

 暫く余韻を楽しんで、烏龍茶をぐいっと飲み干す。

 食べ終わってみると、いい感じの腹の膨れ具合でポンポンと摩りながら満足気に『ごちそうさまでしたっ!』と手を合わせる。



 この大好きなお好み焼きのように、自分が気に入っているのならなんだっていいのだ。

 リンリンて名前の由来は分からないが、両親からの最初で最後のプレゼントは結構気に入っているし、生涯大切にしてこうと思うのだった。

道先シリーズ8でした。

腹の肉が良く育っています、どうしよう。筋トレでしょうか……

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