私を許してね
山村恵美ここに記す
その一文が書かれた、最後のページを読み終え、私は雑記帳を閉じた。
「お姉ちゃん、一体何がしたかったんだろう……」
私の姉、山村恵美は先月交通事故で亡くなった。
両親は、まだ大学卒業を終えたばかりの姉の死に狼狽し、打ちのめされた。
そんな中、私はなんとか両親を支え、葬儀を終えた。
そして、時が過ぎ、少しずつではあるけれど、両親は持ち直した。
それでも、姉の部屋を見るのは、まだ無理なようだった。
そこで私が、こうして姉の部屋を掃除して、遺品などもそろそろ整理しようかということになったのだ。
そうして、今まで手を付けなかった姉のプライベートの部分に手を付けた時、この雑記帳を発見したのだ。
私は、困惑していた。
何故ならここに記されている、二人の不幸など無い。
香田正一郎、ご近所さんでもあった正一郎さん。
そして、その彼女の愛華さん。
彼らは、不幸になどなっていない。
大学を卒業し、二人で同棲している。
就職のために、県外へと移ったけれど、姉の葬儀に参列してくれた。
正一郎さんも、悲痛な表情をしていたし、愛華さんも涙を流していた。
二人は、不幸でもないし、姉を恨んでなどいない。
だというのに私の姉は何故、自身を許さないなどと書いているのだろう。
そもそも、これはなんなのだろう。
日記、ではない。
雑記帳に記されているのは、正一郎さんを許さないという文章。
そして、愛華さんを、二人を、自身を許さないと書いたものだけだったからだ。
一度にまとめて書いた、そのように思えた。
ならばこれは、懺悔なのだろうか。
私は知らなかったけれど、姉が自ら記した罪。
自らが犯してしまった酷い行為と裏切り、それに対する懺悔。
そして、自らを罰する、まるで遺書のような。
いいや、それはおかしい。
二人は不幸になどなっていないのだから。
姉は懺悔など、する必要が無い。
それでも、過去に犯した自らの罪を懺悔したかったのだということなら、どうか。
それも、おかしい。
もしそうならば、二人が不幸になった、などと書く必要が無いのだ。
そう、これでは姉のせいで、今の二人が不幸になったようではないか。
「それに、遺書でもないよね」
もう一度、最後のページを開き、呟く。
二人が不幸になって、そして姉が自らを許さず、遺書を記した。
それが真実ならば、記す、という一文がおかしい。
これでは、また、何かを許さないようではないか。
「まぁ、そもそも自殺するような人じゃないしね、姉さん」
もういない、姉さんに語りかける様に、話しかける。
姉さんには悪いけれど、これは破棄させてもらおう。
意味が分からないし、両親が見れば、いらぬ誤解を生みかねない。
「だから、お姉ちゃん。許してね」
そう言って、私は姉の部屋を後にする。
また今度、掃除に来るとしよう。