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野球帽をかぶった少女  作者: ケト
第一章 出会い
9/110

青空と土山

 俺は筋肉痛で朝早くに起きてしまった。昨日の部活が原因だ。


「久しぶりに本気でボールを投げたからな……」


 つい先月までは高校受験のために必死に勉強していたので、本格的に運動をしたのは約7ヶ月ぶりだった。


「まだ6時じゃないか……」


 時計を見たが普段起きる時間よりも早く目が覚めてしまったらしい。

 俺は再び夢の世界へ戻ろうとしたが、体が悲鳴をあげていたので眠りにつくことが出来なかった。俺は筋肉痛で重い肩で布団を払い階段を降りた。


 両親はまだ起きて居なかったので、俺は何か面白い番組がないかテレビの電源をつけた。しかし、チャンネルを変えたが、当然朝早くに高校生が興味のある番組はやってなかったのでテレビを消し、俺は仰向けに寝転んだ。


 昨日の出来事を思い返す。


「……一番だったから」


 土山が言っていた言葉を独り言つ。


 なんでアイツの言葉にあんなドキドキしたんだ。


 俺は火照った体を落ち着かせるために、冷蔵庫から牛乳を取り出し一杯飲む。

 彼女には不思議なことが多すぎる。しかし、それが彼女の魅力であり、俺があいつに惹かれている部分だと感じる。


「バカか俺は……」


 寝ぼけた頭を振り払い、洗面所に行って顔を洗うがそれでも目はすっきりしない。

 俺は不意に時計に目をやる。時計の針はほとんど進んでいなかった。


「親が起きてくるまで約1時間か……」


 俺は外出用の服に着替えて、散歩がてら近所の公園に足を運んだ。

 辺りを見回すが、俺と同年代の人は見当たなかった。というより、人っ子一人居なかった。


「コン」


 静寂を打ち消す鈍い音が、奥のグラウンドの方で聞こえた。俺は音のする方に足を運ぶ。

 グラウンドで少女が壁当てをしていた。少女は汗をぬぐい、人の気配に気づきこちらを向いてきた。


「シン!」


 少女が俺の名を呼ぶ。

 

「何をしてるんだ土山、しかもこんなに朝早く」

「エヘヘ、壁当てだよ」


 それは見れば分かる。

 彼女は壁当てを続ける。一つ一つ動作に手慣れていた。まるで、いつもやっているみたいに。


「いつもやっているのかこんなこと?」

「いつもって訳じゃないけど、高校に入る少し前から始めたんだ」


 俺は土山の壁当てを見守る。


「土山、足の開きが少し早いぞ」

「え?」

「ほら、グラウンドの足跡を見てみろ。左足がキャッチャーの方を向く前に投げているから、力が上手くボールに伝わってないぞ」

「え??」


 土山の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

 俺は土山に近づき、手本を示す。


「だから、これをこうして──」

「え??」


 まだ、分かってないようだ。


「だから──あぁもう、ちょっと構えろ」 


 俺はたまらず、土山の腕を後ろから掴み無理矢理ピッチャーの構えをさせる。


「土山の場合ここで左足に地面が着いて、この時に腰がすでに回り切っていて、ほら左足をもう少しキャッチャーの方に向けて──」


 俺は土山の体を使いながら事細かく指導を続ける。


「だから、開きが早いのを直すには左足が着いた時に腰を開かないようにして、この体勢でキープして──」

「ねぇ、シン……」


 土山は涙目で顔を真っ赤にさせてこちらを向いてきた。俺と土山の目が合う。

 顔と顔の距離が近い。少しでも近づけば、唇が触れあってしまうほどの近い距離だ。俺は彼女の瞳に心が奪われる。心臓の音がうるさい。彼女の額から汗が伝う。彼女の吐く吐息が俺の唇に触れる。俺は唇をほんの少しだけ開く。


「土山……」

「シン……」


 彼女の顔がさらに紅潮する。


「シン!?いつまでこの体勢をキープするの!?」


 彼女は耐えられなくなり、体勢を崩した。


「もう、ずっとあの体勢は辛いよ!!」


 土山が怒って声を上げた。

 顔が紅潮していたのは、体制がきつかっただけだったようだ。


「どうしたの、シン?顔が赤いよ?」

「バ、何でもねぇよ!!」


 俺は深呼吸をし冷静さを取り戻す。


(どうして、俺はあんな事を……)


 土山は異性と体が触れても気にしない人間だ。だけど、俺から土山の体を触りに行くなんて、変態みたいじゃないか!?


「ねぇ、シン?」

「ど、どうした!??」


 顔が熱くなるのを感じる。


「こんな感じ??」


 土山は俺の教えた通りにピッチングフォームを改善しようとしている。


「そうそう、いいぞ」


 俺は呼吸を落ち着かせながら対応する。

 完璧では無かったが、最初のフォームを変えようとしている姿勢はよく見えた。

 俺より、土山の方がピッチャーの素質は充分にある。それは、昨日のエース争いで分かったことだ。なのに、土山は俺に教えを請い、俺の教え通りに動く。


 自分より格下の人間から教わることに疑問は無いのか……


「ねぇ、シン?」

「どうしたんだ?」

「明日も来る? 朝練が無い代わりにここで練習しようよ」

「土山……」

「ん??」

「明日は土曜日だぞ」

「え?あ!?」


 明日は土曜日だ。当然、普通の高校でも朝練は無いはずだ。休日練習は普通あると思うが、うちの部活は禁止だ。


「土曜日でも朝練しようよ!」

「休日は、地域の人がグラウンドゴルフで使うから無理だ。それに、硬球を使うんだから、誰も居ない平日の朝か夜しか自由に使えなだろうな」

「そっか……」


 土山が残念そうな顔をする。


「じゃあ、今度会うのは月曜日の朝だね」

「そうか、じゃあ今日の学校は土山さんはずる休みするわけだ」

「え、あぁ!?」

 

 俺はイタズラっぽく言ってみせた。

 今は金曜日の朝だ。これから学校だってあるし、部活もある。


「って、もうこんな時間!? もう、全部シンのせいだよ!!」

「何で、俺のせい!?」

「アハハ、さっきのお返しだよ~。じゃあ、また学校でねシン!!」

 

 土山は荷物をまとめて走って行った。

 俺はいつも出る時間までかなりあったが、土山は何か準備があるのだろうか?まぁ、女子の朝は忙しいって言うから色々あるのだろう。


 俺は少し体操をして、家まで走って帰った。





「おはよう、シン!」


 教室に着くと土山はすでに居た。何やら上機嫌だった。


「おはよう」


 俺は一言だけ土山に挨拶をして、自分の席に着く。教室では土山と仲が良いところをあまり見られたくない。だから素っ気ない態度をする。と言っても、今は俺と土山しかいないが。


 だが、それをコイツは許さない。


「ねぇ、シン!勧誘しようよ!!」

「勧誘?」

「そうだよ、みんなを野球部に誘おうよ!!」


 俺は唖然とした。

 ということで、今から教室に入ってきた人を一人ずつ部員勧誘をするのであった。最初は、土山一人でやっていたが、あまりにも土山の説明が下手くそだったので、結局俺も土山と一緒に部員を勧誘するのであった。


「野球部?あんな汗臭いことするわけないだろ」


「俺野球やったことないから……」


「野球部?マネージャーでも募集してるの? それより、二人は付き合ってるの??」


 そんな返答ばっかりだった。それにしても、どうしてコイツは誰にでも話せるのか?いかにも野球しない奴でも勧誘をしていたし、あろうことか女子にも勧誘していた。そのせいで、俺と土山の関係を茶化されることも何度かあった。


 俺はそんなのには動じない。なぜなら、それは事実無根だし、俺は土山のことを何とも思ってないからである。


──


「ダメだったね。シン……」


 見事に全滅だった。うちの高校は進学校だ。部活で全国を目指している人なんてほとんどいない。みんな勉強で忙しいからだ。だから、うちのクラスのほとんどの人間は帰宅部か、遊びがてらに軽い運動をする部活に入っている人間がほとんどだ。つまり、野球というスポーツはここの生徒とは相性が合わなかった。


 何人かは野球の経験があるやつはいたが、


「野球部? 勝てる訳が無いことをやって何になるっていうんだよ。まぁ、助っ人ぐらいならなってやってもいいぞ」


 本気で野球部に入ろうとする奴なんて一人も居なかった。

 俺には分かりきっていたことだが、土山は本気で落ち込んでいた。


「何で勧誘しようなんて言い出したんだ?」


 俺は机に突っ伏した土山に尋ねる。


「だって……今日が入部届けの締め切りだし……」

「一応、9人はいるから大丈夫だろ?」

「もっと人が増えたら楽しくなると思ったから……」


 土山は本気の表情でそう答えた。

 といっても、表情が見えないが……。


 コイツは今まで良い人しか会ってないからそんなことが言えるんだ。世の中には悪い奴なんてたくさん居る。

 土山が今まで生温い環境で生きてきたと思うと無性に腹が立った。

 そんな胸の内も知らずに土山は腑抜けた顔でこちらを向いてきた。


「シ~~ン~~、今日の部活はなんだろうね~~」

「知らね」 


 俺は冷たくあしらった。



──そして、放課後。


 グラウンドに部員10人が全員集合する。


「よし、今日の練習は──」

「キャプテン!」

「どうしたんだ、土山さん?」

「新入部員はもう来ないんですか?」

「それは──」

「来ないよ」 


 キャプテンの返答を遮ったのは白髪の50代くらいの男性だった。


「新入部員は君たち二人だけだったよ。終わってみれば、まぁ例年通りだったね」


 入部届けの締め切りは今日の午前までだった。あんなに土山は頑張って勧誘したが、やっぱり一人も来なかった。


「そうですか……」


 土山は残念そうな顔をする。


「じゃあ、私はこれで職員室に戻るよ」


 男性は回れ右してゆっくりした足取りで職員室へ戻っていった。


「キャプテンあの人は?」

「あぁ、顧問の薬師丸先生だよ。ユニフォームの注文の時に話さなかったかい?」


 言われてみればそうかも……。


「薬師丸先生は良い先生ですよ。だけど、野球の知識は一切ないから監督としては期待してもダメですけどね」


 川岡先輩が説明を加えてくれた。


「合宿も手配してくれるから良い先生だよ」

「馬鹿やろう、望月! その話は秘密だろ!!」


 秘密だと言う話を大声で言う相沢先輩はどうなのだろうか……。


「合宿~?」

「その話はあとでね、凛音ちゃん」

「はい、カオリ先輩!」


 二人はいつの間にか下の名前で呼び合う程仲良くなっていた。


「いつの間に仲良くなったんだ土山?」

「うーん、内緒?」


 土山は本条先輩に目配せをしてにこやかに笑う。


「青空君も私のこと下の名前で呼んでもいいんだよ?」

「いや……、遠慮しときます」

「ほらほら、みんな練習行くよ!」


 キャプテンの号令でみんなの雰囲気が一気に変わり練習に入った。



──帰り道


「今日も疲れたね、シン」

「ああ」

「明日も明後日も休みだけどどうするの?」

「俺は用事があるから」

「ふーん、そっか~」


 本当は用事なんて無かったが、そうでも言わないとまた土山が誘うかもしれないと思ったからだ。


「じゃあ月曜日の朝に会おうね、シン!」

「ああ」

「ここの公園で6時だから寝坊しないでね~」


 土山はそう言って公園の向こう側へ走って行った。俺もその背中を見送り家路についた。

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