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野球帽をかぶった少女  作者: ケト
第一章 出会い
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エース争い

──野球部生活2日目


「よし、今日はバッティング練習だ! あ、土山さんはブルペンで投げ込みをしてくれ」


 キャプテンが皆に練習の指示を出す。


「じゃあ、行こうか土山」

「ハイ!」


 副キャプテンと土山のバッテリーがブルペンに向かう。俺は二人の背中をまじまじと見つめる。


「青空、お前の彼女が別の男の女房になってずいぶんと悔しそうだな」


 小馬鹿にして笑いながら相沢先輩が俺の背中を叩いてきた。

 

「別に俺はあいつの彼女じゃないですよ」

「じゃあ、なんであいつとお前は一緒に野球部に入ってきたんだ?」

「それは土山が誘ってくれたから……」

「お前ら中学校一緒だったのか?」

「いや、違います。土山とは高校に入ってから同じクラスになっただけで、それでいきなり野球部に入らないかって土山が言ってきて……」

「ふーん……」


 自分からしゃべりかけたくせに、相沢先輩は興味の無い様子で対応する。


「相沢先輩」

「どうした、望月?」


 望月先輩がのっそりと近づいてきた。


「キャッチャーの事を『女房役』って言うので、最初の『お前の彼女が別の男の女房になる』ってセリフ間違ってますよ」

「うるせぇよ!! 細けえんだよ!! ってか言ってくるの遅ぇんだよ!!」


 相沢先輩が望月先輩にむかって怒鳴り散らかす。

 俺も突っ込もうか迷ったけど……望月先輩はよく堂々と言えるな……。


「ほら、望月も青空もさっさとバッティング練習行くぞ!」


 足取り荒く大股でグラウンドへ向かう相沢先輩に望月先輩はのっそり着いて行く。

 相沢先輩は不意に立ち止まっては振り返り


「だったら、何で土山はお前を誘ったんだ?」

「え……」


 俺は一瞬ひるんだ。


(確かに何でなんだろう……)


 考えてみたが、その答えは土山にしか分かり得ない答えだった

「まぁ、そんな怖い顔であの二人を見るのはもう止めておけよ」


 相沢先輩は土山と副キャプテンの方を指さす。

 そんなに怖い顔をしていたのかな俺……。

 でも、確かにあの二人を見て、苛立ちを覚えたのは確かだ。もちろん思慕の情で見ていた訳では無い。

 俺は我慢出来ずにキャプテンにお願いをしに行った。


「キャプテン! 俺にピッチャーをやらせてください!」

「ダメだ」


 速攻で拒否された。


「え、どうして!?」

「一打席勝負で、俺は土山さんの球をヒットに出来なかった。だけど、青空君の球はヒットに出来た。それが理由だ」

「そんな!? あんな一回きりの勝負で!?」

「……」


 普段の姿からは想像が出来ないほど真剣な表情で悩んでいる。


「分かった、青空君がそこまで言うなら、挑戦の機会をあげよう」


 そう言うと、ブルペンに向かって歩き出し


「慶治! 今の話聞いていたか?」


 副キャプテンが立ち上がりマスクを取ってこちらに振り返る。


「分かったよ! 青空、マウンドに行ってくれ」

「ハイ!」


 俺は元気良く返事をしてブルペンのマウンドに向かう。


「どうしたのシン?」


 事の経緯を知らない土山が首を傾げて訊いてきた。

 俺は周りの空気を勢いよく吸い込み


「エースの座を賭けて勝負だ、土山!!」


 柄にもなく俺は吠えた。

 それほど、この勝負には負けたくなかったのだ。

 俺が苛ついていた理由は、土山にピッチャーを取られることが許せなかったからだ。


 土山は俺の咆吼に怯むことなく、唇をにんまりさせて


「望むところだよ、シン!!」


 笑顔で受け答えた。

 そのセリフから土山に絶対に負けられないという信念を感じた。

 俺も土山につられて顔が綻ぶ。

 こうして、絶対に負けられないエース争いが始まった。


(でもエース争いってどうやって決めるんだ?)


「それは俺が決めるよ」


 約18.4m先から副キャプテンが指示を出す。


「とりあえず、30球ほど投げてみろお前ら!まずは、青空からだ!!」

「ハイ!」


 俺は大きく体を振りかぶり、キャッチャーのミットに目がけて全力で投げた。


「パシン」


 乾いた音がブルペンに鳴り響く。


「よし、ドンドン投げてこい!」


 その後、俺はカーブ、スライダーと変化球も加えながら30球投げ終えた。

 ストレートは球速は130kmほど出ていたと思うし、変化球もしっかり投げ分けられたので個人的には申し分ない結果だと思う。これで女子に、しかも高校から野球を初めたやつに負ける訳がない。


 俺は勝利を確信し、土山に順番を譲った。


「見ててねシン!」


 そう言って、土山はプレートに足を掛けて、キャッチャーのミットに視線を向ける。それを俺は後ろから見守る。

 土山はキャッチャーのサインにうなずき、汗をぬぐって投球動作に入る。そして、左足を大きく上げて、グローブを大きく前に出して右腕を大きく振り下ろした。

 放たれたボールは真っ直ぐキャッチャーの元へ飛んでいき


「スパァーン」


 快音と共にミットに収まった。

 俺は彼女の一部始終を瞬きせずに見ていた。

 いや、見てしまった。彼女の一挙手一投足に目を奪われたのである。


「ナイスボールだ、土山!どんどん投げてこい!」


 そう言って、副キャプテンは土山にボールを投げ返し


「ハイ!」


 土山は元気よくそれに答えた。



 ──その後、土山は30球投げ終えた。

 球速は120kmぐらいだった。女子しては見事な数字であるが、この程度の数字じゃ甲子園なんかは夢のまた夢である。

 まぁ、俺の球でも抑えられるはずがないんだけどな。それに、土山はストレートの1種類だけしか投げられないようだった。


(勝ったな)


 俺は心の中で勝利を確信する。


「よし!二人とも投げ終わったな。じゃあこっちに来い」


 副キャプテンが俺たちを呼び寄せる。


「コホン、じゃあエース勝負の結果を発表したいと思います」


 わざとらしい咳払いをして、俺たちの緊張を煽ってくる。

 土山は両手を胸の前で握り締めて祈っている。


(そんなことやっても無駄だよ土山。相手が悪かったのだよ)


 俺はにやけそうな唇を隠すように必死にかみしめて、土山と同じポーズで副キャプテンの発表を待つ。


 そして、副キャプテンの口が開き──


「勝者は土山~!!」

「え、や、ヤッター!!」


 土山は子どもっぽくぴょんぴょん跳び跳ねる。 


「え!? ど、どうして!?」


 そんな、馬鹿な!! 何かの間違いだろう!?


「納得できないって顔だな。まぁ、今から理由を言うから待っとけ……」


 そう言うと、少し悩んだ顔をして──


「土山、まだ投げれるか!?」

「ハイ、大丈夫です!!」


 そう言って、土山はマウンドにひょいひょいと向かっていった。


「青空は俺の後ろで見ておけ」


 そう言われたので、俺はキャッチャーの真後ろ、ちょうど審判の位置にネットを挟んで土山のピッチングを見守ることにした。


 俺はキャッチャーの後ろから土山の一連の動作を見守る。

 土山は大きく左足を上げて右腕を思いっきり振り下ろす。


「スパァーン」


 快音が鳴り響く。


「こういうことだ。分かったか、青空」

「いや……何も分からないですよ」


 土山の球をじっくり見たが俺より優れているとは到底思えない。


「それもそうだな。青空は自分の球筋を見れていないからな。よし、じゃあ位置から説明してやるよ」


 副キャプテンは俺の方を向いて説明を始めた。


「まず、今の土山の球をどう思った?」

「いや、綺麗なストレートだなぁって……」

「……違うぞ?」

「え?」


 俺は土山のストレートを不本意ながらも褒めたが、否定されてしまった。


「あれはストレートじゃないぞ」

「え?」

「土山が今まで投げていたのはツーシームだ」

「え、本当ですか?」

「ああ。ほんの少しだけど曲がっている。だけど、それがバッターのミートポイントを上手く外すからそれが良いんだ。要するに、土山は打たせて抑えるタイプのピッチャーだな」

「でも、球速は俺の方が速かったですよ?」


 俺はたまらず尋ねてみる。


「球速だけな。回転数は土山の方が上だ。土山の方が音が綺麗に響いただろう?」


 確かに土山の球の方が、ボールがミットに入る音が響いていた。


「それに青空のボールは、シュート回転していて、回転数も少ないから当てただけで遠くに飛んでいくぞ。球速は,いくら速くても意味ないぞ。それから──」


 俺へのダメだしが止まらない。


「でも、俺は変化球も投げられます」


 俺はたまらず否定する。


「あれもダメだ。小手先だと抑えられないのはお前が一番分かるだろ? それに、青空はたった30球で最後の方は疲れていただろう? それに、コントロールは悪くないが、ボール球とストライクがはっきりしている。それに──」


 またもやダメだしが続いてしまった。

 泣きそう……。俺ってこんなに才能が無かったのか……。


「まぁ、そんな落ち込むなよ青空。球速が速いってことは肩が強いっていうことだ。つまりはお前は外野手に向いているってことだ」

「……」


 フォローをしてくれるが、俺の心はまだ晴れない。


「土山はピッチャーとして練習していた。青空はピッチャーとして練習していなかった。ここが勝負の分かれ目だったな。お前だって、ピッチャーになることがそんなに楽じゃないことは分かるだろう?」

「……」


 俺の鼓動が急に速くなった。冷や汗が止まらない。


「青空は中学生の時に野球部に入っていたんだろう?」 


 ついに、核心をつかれた。

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