野球部生活1日目
自己紹介のために俺は前へ一歩踏み出した。
「僕の名前は青空真です。学年は一年生です。右投げ右打ちです。先輩方には迷惑ばかり掛けると思いますがこれからよろしくお願いします」
俺はありきたりな挨拶で場の空気を荒らさないようにした。当然だ。最初から一年生が調子に乗っていたら嫌われてしまうから。だから最初は個性を出さない挨拶にしないといけない。俺はマニュアル通りの挨拶を終え、自分の場所に帰ろうとすると。
「おい、ポジションはどこなんだ?」
相沢先輩がいきなり俺に聞いてきた。
「そうだな……。残りの守備位置はライトとピッチャーで、土山さんはピッチャー希望だから……青空君はライトで決まりだな!」
キャプテンが俺の返事を聞く前に話を終わらせてしまった。
「よし、じゃあ青空君はの守備位置はライトで決まり!!」
キャプテンの声に続きみんなが拍手する。
(本当にいいのかよそれで……)
だが、俺は何も言わなかった。
「それで、野球経験はあるのか?」
「え?」
いきなり飛んできた質問に背筋が凍る。
「中学校まで野球していたのか??」
副キャプテンが俺に聞いてきた。
「えっと……」
俺は反応に困った。
聞かれる事が容易に考えられる質問だった。……なのに俺はその返事を考えていなかった。
「……」
俺は返事に詰まり……。
「ありません」
とても小さな声で答えた。
「そうなんだシン。私と一緒だね」
土山は屈託のない笑顔で俺に目線を向けている。
俺の暗い顔とは対照的な明るい笑顔で。
「おっ、じゃあ最後に土山さん。自己紹介言ってみようか」
「はい!」
まるで小学生のような返事で土山は答える。
「私の名前は土山凛音です。学年は一年生で、右投げ右打ちです。ポジションはエースです!!」
おいおい、エースはポジションじゃないだろ!? ……っていうか入部早々、喧嘩を売っているのかお前は!?
「そして……夢は甲子園に行くことです!!」
他の部活のかけ声を消すような大声で土山は叫んだ。
(こいつ、やりやがった……)
しかし、先輩達は軽蔑の眼差しを向けることなく、むしろ土山と同じようにまっすぐな目で土山のことを見ていた。
本気なのだろうか……いや、本気なはずがない。
第一、うちの学校は進学校だ。文武両道が校訓ではあるが、実際には全国出場した部活は一つもない。それも当然だ。休日に部活もしてない奴らが、勉強や寝る間を惜しんで部活をしている生徒に勝てる訳がない。
ましてや、種目は一番メジャーなスポーツである野球だ。強豪校と言われるメンバーは小学生から休日に遊ぶ暇も惜しんでバットを振ってきた奴らだ。そんな奴らに、高校から野球を始めた女子が、9人しかいない弱小校が甲子園に行けるはずがないんだ。
これが小説や漫画ならそんなサクセスストーリーは起こるかもしれない。だけど、これは現実だ。
俺は現実の無情さを知っている。だからハッキリ言える。俺たちが、甲子園に行ける訳がないと。
……なのに、……なのに土山や先輩達はまっすぐな目をしている。
俺はそんなみんなに苛立ちを覚えた
。
彼らは現実の無情さを知らない。だからまっすぐな目をしているんだ。
俺はそうやって、勝手に理由付けをした。
そうするしかなかった。そうでもしないと、この場にいる俺だけが仲間はずれみたいで嫌だったから。
「じゃあ、全員自己紹介が済んだところでそろそろ練習に入ろうか」
「え?」
「どうした、青空君?」
思わずすっとんきょうな声を出してしまった。
「どうしたんだ青空君?怖がらずに言ってごらん?」
どうやら俺は、キャプテンから見て分かるほどひどく恐怖に怯えた顔をしているみたいだ。
別にキャプテンのことを怖がっている訳ではない。ただ、後ろからの圧倒するオーラを放つ本条先輩に恐れおののいているのだ。
「どうした、青空?」
みんなが俺に注目する。
みんなー!後ろ!!後ろ!!
「本条先輩は自己紹介しないんですか?」
みんなが俺に注目している中、土山が助けの手を差し伸べてくれた。
「え?」
キャプテンが後ろを振り向くと、本条先輩がにこやかな顔をして返してくれた。が、眉をひそめていたので怒りであふれていたのは誰の目から見ても明らかだった。
わざとらしい足音を立てて、本条先輩は円陣へと近づいてきた。
「3年の本条佳織です。右投げ右打ちで、マネージャーをやっています。だけど、2・3年生のみんなは私がいなくても関係ないみたいなので、1年生だけと仲良くしたいと思います」
そう言って、勢いよく振り返り自分の場所へと帰っていった。
「「「すみませんでした……」」」
「ふんだ!!」
本条先輩はわざとらしく顔を膨らませている。その様子は、最初の印象とはずいぶん違って子どもっぽく見えて可愛げがあった。
「……よし、じゃあ今度は本当に全員の自己紹介が済んだから練習に行こうか」
ということで、野球部初めての練習が始まった。
練習内容は、ランニング、キャッチボール、ノックと、ごく普通の練習だった。さすが高校生というべきか、先輩達はそれなりに上手いプレイをしていた。
だけど、やはりテレビで見る甲子園で行われるプレイとは比べものにはならなかった。
昨日の一打席勝負の時に女子とは思えないほどの速球を放っていた土山だが、守備の方はひどいものだった。
ノックの時、土山はピッチャーについていたが、普通のピッチャーゴロでもさばききれない所を見ると、今まで野球をやったことないというのはやはり本当だったらしい。
だったら、どうして土山はあんな速球を投げられたのか?あれは天賦の才能なのか?
でも、今まで野球をやったことないヤツがどうしていきなり甲子園に行きたいなんて言い出したのだろうか?
土山のプレイを見れば見るほど疑問が増えていく。
今日はまだ1日目だ。この先、土山のことを知る機会が増えていくだろう。
(そのうち聞けばいいだろう……)
ちなみに、俺はライトで守っていたが先輩達に褒められるくらいのプレイはすることができた。
だけど、それより驚くべき事があった。なんと、ノッカーは本条先輩だった。男子さながらの打球を次々と打っていた。
本条先輩がジャージを着ていたのはこれが理由だったのか。っていうかどうなってんだよ……うちの高校の女子生徒は。
こうして、野球部の初日は終わった。
──そして、帰り道。
「楽しかったね、シン!」
俺は昨日と同じく土山と一緒に下校している。先輩達はみんな逆方向だったので仕方なく土山と帰っているのだ。
「また、明日ね!シン!!」
「ああ」
ここからは帰り道が違うため公園で分かれの挨拶を告げる。
どうやらこうやって部活をして、土山と一緒に帰ることが俺の日常になりそうだ。俺はそんなことを思いながら公園を横切って走って行く土山の背中を見送った後に家路についた。