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野球帽をかぶった少女  作者: ケト
第一章 出会い
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土山凛音という少女

 野球部生活1日目。


 俺はいつも通り朝早くに教室に行く。

 俺は、朝一番に教室に着く。そして、教室の花を入れ替えたり、掃除をする。

 これは誰かにやれと言われてやっていることではない。

 俺は少しでもこのクラスの人気者になりたくて、やっていることだ。


(クラスのカースト制度の上のほうに行かないと、この先大変だからな)

 

 それなのに、土山なんかとからんでいていいのかな……。


 土山凛音。俺と同じ1年6組の生徒だ。

 茶栗色の短い髪に、小柄な身長。クラスのみんなからは、妹みたいな扱いをされている。

 彼女の言動に子供っぽい所があるので、それも原因だろう。

 彼女は、言いたいことははっきりと言うタイプであるから、彼女はみんなからは何かと愛されている立ち位置になる。

 彼女の顔はある程度……いや、かなり整っている。平たく言うと……うるさくて腹が立つこともあるけど小さくて可愛い、という所であろう。


(俺は土山と野球部に入っていいのだろうか……)


 そんなことを掃除しながら考えていると……。


「おっはよ~シン!!」


 いきなり、土山から声を掛けられた。


「おはよう……」

「どうしたのシン?なんか暗いよ??」


 俺とは対照的な土山の明るい様子に自分の考えていることが馬鹿らしくなってきた。


「いや、別に……」

「そう?それより、朝練に行こうよ!シン!」

「朝練?」

「部活って、朝練をやるんでしょ?」 

「知らないのか?」

「え?」

「うちの高校は、朝練禁止だ。それに、部活動は基本的に平日の放課後の1時間のみ。土日の活動も基本的には禁止だけど、練習試合や大会は特例として認めるっていうルールだっただろう?」

「えぇ!!?」


 土山が驚く。

 まさか、知らずに野球部に入ったのか……。


 土山のことを知って数日しか立っていないが、彼女は物事を考えずに動くタイプだ。

 こういう慌ただしいタイプは、その内大きな失敗をするだろう。


「土山がどれだけ本気で言ったのか知らないけど、女子が甲子園に行けるわけないだろう!」

 

 俺は少し口調を荒げる。

 思わず俺は土山のことを強く否定してしまった。何も知らずに、甲子園に行くという不可能なことに腹が立ってしまった。


 何も知らないくせに……。


 だけど土山は……。


「行く!甲子園に行くったら行く!!」


 土山は自信満々に答えた。


 高校野球連合は女子をメンバーにすることを禁止している。

 これは高校野球連合が決めたルールであり、変えることができない絶対的な事実だ。

 

 おそらく、この様子だと土山は知らないであろう。

 

 俺がここで、この真実を土山に伝えることは簡単だ。

 だけど、この時の俺は土山にこのことを伝えることができなかった。

 いや……伝えたくなかったというほうが正しいか。

 

 俺は土山なら何かしてくれるかもしれないという淡い希望を抱いていたのかもしれない。

 まるで蛍の光のような淡い小さな希望を。

 そっと、触れるだけで消えてしまうような儚い希望を。

 

「分かったよ、土山。俺もお前が甲子園に行けるように野球部に入るよ」

「本当、シン!?ありがとうね!」


 まぁ、すぐに諦めるだろう……。

 どうせ、イマドキの女子高生が野球を本気でやるなんて馬鹿なことをやるわけがない。

 どうせ甲子園にも行けるわけがないし、何も将来の役に立たない。

 俺は知ってるんだ。

 

「ねぇ、シン?」

「なんだ?」

「私のこと、下の名前で呼んでもいいよ」


 土山凛音という人間はこうやって、人との距離を詰めてきた。男子を含めてクラスの大半が土山のことを下の名前で呼んでいた。


 だけど、俺は呼ばなかった。

 理由は簡単だ。土山のことを、受け入れられないからだ。


「そのうち呼ぶよ。土山」

 

 俺は適当に受け流す。


「え~、そっか~」


 それ以上土山は名前の件について強要することは無かった。


 俺は本当の自分を見せることができる人しか名前で呼ばない。だから、土山のことを下の名前で呼ぶことはこの先ないだろう。

 ……まぁ、今は下の名前で呼ぶ友達なんて一人もいないんだけどな。


 こんな会話で俺の朝の日課は終わり、HRのチャイムが鳴った。



──そして放課後


「シン! 部室に行くよ!!」


 帰りのHRが終わると同時に俺の席に向かって土山が飛んできた。


「分かった、分かった」


 俺と土山は一緒に野球部の部室に向かった。


 今回は迷わずに野球部の部室に着いた。

 

「頼もー!!」


 そして、今回も道場破りのように土山が勢いよく部室のドアを開けた。


「おぉー、土山と青空じゃないか!?」


 キャプテンが俺たちの対応をする。

 パンツ一丁で……。


「キャーッ!し、失礼しましたー!!」


 土山は顔を真っ赤にして勢いよくドアを閉めた。どうやら、土山はこういうのは苦手らしい。


「意外だな。こういうのは慣れているって思ったけど……」

「ひどいよシン!!私だって女なんだよ!!」

 

 土山には活発でボーイッシュなイメージがあるから、こういうのは平気だと勝手に勘違いしていた。


「悪い、悪い。家でお父さんのとかで見慣れている女子も多いからさ。勝手に土山もこういうのが平気だったと思ったよ」


「……私、一人っ子だからさ。お父さんもそういうことあまり無かったし……」

「へー……」


 土山が俯いたまま答えた。

 すると、部室のドアが開きキャプテンがユニフォーム姿で出てきた。


「ゴメンな、土山。減るものじゃないから許してくれよ」


 それって、男が言う台詞じゃないような……。


「大丈夫ですよ、キャプテン。元はと言えば、いきなり開けた土山悪いんですから」

「そうか?じゃあ、土山と青空は着替えてグラウンドに来てくれ。青空は部室で着替えるとして……土山はどうする?」

「そこの女子トイレで着替えてくるから大丈夫です」

「そうか、じゃあ後でグラウンドでな」


 そう言ってキャプテンがグラウンドに向かって走って行った。


「シン!じゃあまた後でね」

「ああ」

「……」

「どうした、土山?」

「覗かないでね」

「バカか」

「えへへ、冗談冗談」


 顔を緩ませて軽い足取りで女子トイレへ向かっていった。


「はぁ、俺もさっさと着替えるか」


 俺は部室のドアを開けた。

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