一打席勝負
俺は土山に連れられて野球部の部室に来た。部室はグラウンドの隅にあった。
ここにたどり着くまでにどれだけ迷ったことか。
(っていうか、何で土山は部室の場所を知らないんだよ)
土山は部室の前に仁王立ちをしている。入らないのか?と思った矢先に
「頼もー!!」
道場破りかよ……。
「私の名は土山凛音!! 野球部を奪いに来た!!」
それだと、本当に道場破りじゃないか。
「俺のことを知りながら、野球部に来たとは何者だ!?」
(俺のことって誰だよ!? っていうか、『何者』だってさっき名乗っていただろう!?)
部員であろう男がノリノリで対応してきた。
「俺はこの野球部のキャプテンの中石恵斗だ! 野球部を奪いたければこの俺を倒してからにしろ!!」
っていうか本当にノリノリだな、こいつら。
「分かったよ! じゃあ、野球勝負だね!」
「え……」
ってことで、なんやかんやで土山と野球部キャプテンの1打席勝負が始まった。
◆
ピッチャーが土山でバッターがキャプテン。ヒット性の当たりを打てば勝ちというシンプルなルールだ。
「なぁ、土山?」
「何、シン?」
いきなり、名前を呼び捨てかよ……まあいい。
「お前、ピッチャーなんて出来るのかよ? マネージャーとして、野球部に来たんだろう?」
「違うよ。エースになりに来たんだよ」
「へ?」
思ってもいない返事に、俺はすっとんきょうな声を出してしまった。
(エースになりに来たってなんだよ? 普通はピッチャーだろ? っていうか、選手志望かよ?)
俺の頭が混乱する中、土山は自信満々に親指を立ててきた。
「見ててシン! 私のピッチングでみんなを甲子園に連れて行くから!! そのために私はアイツを倒す!!」
土山はバッターボックスに向かって指を刺し、悠々とマウンドに向かった。
(おいおい、あの人先輩だぞ。しかも、この部活に入るんなら、味方を倒しちゃいかんだろ)
「さぁ、勝負といこうじゃないか、そこの名も知らぬ少女よ!」
おいおい、さっき名乗っていたじゃないか……。
「そこの隣にいる少年は後で勝負してあげるから、待っておきなさい!」
俺、別に勝負したいなんて一言も言ってないんだけど……。
俺は適当に応じ、二人の勝負をグラウンドの端で見守ることにした。
「おい、これどういうことだ?」
グラウンドに数人ユニフォームを着た生徒が歩いてくる。おそらく、他の野球部員だろう。
「おい、これはどういうことなんだ?」
一人の生徒が俺に声を掛けてきた。
「はぁ、実は……」
俺は事の顛末を説明した。
「なるほど、ありがとう。でも、2人入って来たらようやく9人になるな!これで、試合ができるぜ!」
2人入ったら9人。9-2は7。
つまり、今の選手の数は7人ってことか。
(まじかよ部員数少なすぎるだろう……)
ん、2人?
「って、俺も人数に入ってんじゃねぇか!!」
「おい、勝負が始まるみたいだ!!」
部員の誰かが声を発する。
どうやら勝負が始まったみたいだ。
(っていうか、ただの女子が野球部のキャプテンを抑えることなんて出来るはずがないだろ)
マウンド上の土山がキャッチャーのサインに頷く。
注目の第一球。インコース高めに外れてボール。
(いきなりブラッシュボールかよ……)
「ナイスピッチだ!!要求通りに良いボールが来ているぞ!!」
お前の要求かよ!?
キャッチャーが声を掛けて、ピッチャーにボールを投げ返す。
「今の球って120kmくらい出ていたな」
野球部の誰かが呟く。
高校球児で120kmなんて遅い方である。しかし、投げたのはただの女子高生。
女子にしてはかなり早い方だ。
土山凜音、ただものではないな。
だけど……最低2年近くも野球をやってきた人なら。
「キィン!!」
金属音がグラウンドに鳴り響く。
土山が投げた2球目はあっけなく打たれて、空へと高く舞い上がり……。
──ショートの定位置に落ちた。
……ショートフライだ。
(そこはホームラン打つ流れだっただろ!)
「いやぁー、負けた!負けた!今のって変化球か??」
「ストレートですよ、キャプテン」
キャプテンのひょうきんな態度にキャッチャーが答えた。
「やった!勝った、勝った!勝ったよ、シン!!」
マウンド上の土山が俺に向かって、Vサインを送ってきた。
(なんで、俺に報告するんだよ……)
俺は苦笑いする。
「さぁ、名も無き少女よ!負けたからには聞いてやる!貴様の用件は何だ!?」
キャプテンが、土山に向かって呼びかける。
俺はもう突っ込まないからな。
「お願いします!私を野球部に入れてください!!」
土山がキャプテンに向かって頭を下げる。
「いいだろう!ようこそ、我が野球部へ!!」
「ありがとうございます!!」
ということで、無事に土山が野球部に入ることになった。
道場破りの流れは何だったんだよ。
「やった新入部員だ!」
「よろしくな!!」
見守っていた他の部員たちが土山に歓迎の声を掛ける。
(おめでとうな、土山)
俺はそっと心の中で祝福した。
これで、土山が野球部に入るという目的が達成され、俺は家に帰──。
「よし、じゃあ次はそこの君!さっそくマウンドに上がってくれ!!」
「へ?いや、俺は──」
俺は否定の声を上げようとするが。
「おぉ、頑張れよ!」
「お前も打たれるなよ!」
ギャラリーがそれを許すことはなかった。
「はぁ……」
俺は溜め息をつき、マウンドに向かった。
「じゃあさっきと同じルールで勝負だ!いつでも投げてこい!」
右打席のバッターボックスで立つキャプテンが俺に声を掛ける。
どうしてこんなことに……。
「負けるな!シン!!」
先ほど勝負を終えた土山がベンチから声を出す。
……しょうがない。やるからには全力でいくか。勝負事には全力で!これが俺のモットーだ。
俺はキャッチャーのミットに目がけて大きく振りかぶり、全力で腕を振った。
「キィン!」
が、簡単にはじき返された。結果はセンター前ヒット。
「良い球だったが、それだと俺は抑えきれないぞ!」
キャプテンが俺に向かってとどめの一撃を。はぁ……結構自信あったんだけど……。
まぁ、普通に考えれば最低でも高校で2年間野球をやって来た人に勝てるわけがなかったんだ。
元はと言えば、全部土山のせいだ。あいつが俺を野球部に誘ってきたから……。
「よし、じゃあ集合!」
「「「オス!!!」」」
キャプテンの呼びかけに部員が返事をして円陣を作り出した。俺と土山もそれに続く。
「みんな聞いてくれ! この2人が今日から野球部に入ることになる。みんなで仲良くしような!」
キャプテンがいきなり変なことを言い出した。
「え、土山はいいんですけどなんで俺まで!? 俺は野球部には入らないですよ!!」
俺は慌てて否定する。
「え!? 入らないのかい!? そっかー残念だな……。君が入ればちょうど9人なんだけどなぁ……残念だなぁ……。勝負に負けたのに俺のお願いを聞いてくれないのかぁ……」
わざとらしいため息で俺の顔を横目に見ながら話しかける。
「え~」
「はぁ……入らないのか……」
他の部員もわざとらしいため息を出してきた。
「え~シン入らないの?」
土山が俺のことを上目遣いで見つめてくる。
俺は人に合わせて行動をする人間。だったら、俺が今からやるべき行動は一つ……。
「分かりました……。俺、野球部に入ります……」
「本当かい!?嬉しいよ!!」
「うぉぉ!」
「やったぜ!!」
続々と感嘆の声が上がる。
「ありがとう、シン!これで一緒だね!!」
もとはと言えば全部こいつのせいだが……それは言わないでおこう。
俺と土山の野球部の入部が決まってしまった。
◆
今日は、入部届とかユニフォームの申請なんかで1日が終わってしまった。
ちなみに、父親にメールで相談したところ「お前のやりたいようにやれ」と送られてきた。
「ねぇ、シン! 楽しかったね!!」
一緒に下校している土山が俺に語りかけた。あの後成り行きで一緒に帰ることになった。
「また学校でね、シン!」
「あ、ああ。じゃあな」
公園で土山と別れた。結局、今日1日あいつに振り回されてしまった。
こうして、俺と謎多き土山は一緒に野球部に入ることになった。