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父様は母様を愛しすぎてた  作者: うにたむ
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6・ 柩と猫と双子

 賑やかな食事を終えて短い昼休憩を楽しんだあと、父は名残を惜しむように母と軽く抱擁を交わしてから部屋を出て行った。それは家族にとって、見慣れた日常の一コマだ。

 兄が昼食時に母を茶化して言った言葉も、両親の睦まじさを知っているからだ。

 父と母は政略結婚が当たり前の身分でありながら、互いに想いを貫いて結ばれた。吟遊詩人が歌う恋物語(ロマンステイル)として他国にまで広まったその大恋愛は語り草となっている。

 そのせいなのだろう、父はどんなに側室を勧められても母以外の女性はいらないと言う。

 子供心にそれは嬉しい。王族としての義務は理解しているが、正直なところ母以外の女性が父と一緒にいる事など想像できない。

 けれど、それが必ずしも良いことなのかはわからなかった。貴族社会での影響力と結びつきを考えるのならば、王族の婚姻ほど有効なカードはない。

 女性ならば同盟強化のために他国の王家に嫁す場合があるように、王族でありながら恋愛結婚が成立した父母が異質なのだ。

 物語には数多存在する王子王女の恋愛も、現実にすればほぼありえないと言って良い。

 一度目の人生の時は得体の知れない男と婚姻する事になったが、二度目の今回はそんな事にならないようにしなければと思う。

 何の力も持たない自分ができる事は限られているのだから。

 止めどない思考を巡らせている間に、兄二人も午後の予定のために部屋を辞すという。

 長兄のエルセオンは午後から近衛を伴って軍部に顔を出すのだそうだ。次兄のシュテファンはダンスの授業があるようだ。

 父の時同様扉の前で兄二人を見送ってすぐ、母がこちらを向いて口を開く。

「さて、わたくし達も参りましょうか」

 午後の予定は特に聞いていなかったはずだ。そう思って首を傾げる。

「母様、どこに行くのですか?」

 問いかけると、母はまたいたずらっ子のように笑った。

「それは行ってみてのお楽しみ」



 ミレイヤを伴って母と共にやって来たのは、柩の間と称された部屋だった。

 存在そのものは知っていたが、ここに来るのは初めてだ。

 重厚なオーク材の扉が、目の前の壁に隙間なく嵌っている。それは髪の一筋程の光も通さぬと言わんばかりの嵌りようで、この扉がきちんと開くのかどうか心配になるほどだった。今は子供の背丈だから、見上げる程の大きさにひときわそう感じるのかもしれないが。

「開けてごらんなさい」

「わたくしがですか? 開けられるのかしら」

 いかにも重そうなその扉が、子供の力で動かせるのかどうかさえ心配だった。

 母を見上げてそう言うと、また意味ありげな顔をして笑っている。

「残念だけど母様とミレイヤには開けられないの。ティナにお願いしても良いかしら?」

 大人二人が開けられない扉が自分に開けられるとは思わなかったが、今はそれを詮索しても仕方がないので、黙ってその言葉に従った。

 クリスティーンがハンドルに手を掛けると、扉はひとりでに奥へと押されて開かれて行った。音もなく静かに、まるで今まで来訪を待っていたかのようだ。

 それに目を丸くしていると、母はふふふと楽しそうに笑う。

「入りましょう」

 母に手を引かれて内側へと足を踏み入れる。

 踏み入れたその場所は、部屋全体が大きな書庫だった。窓のない部屋の壁全てに書架があり、そこに隙間なく本や紙を閉じただけの書類のようなものや古い巻物が収まっていた。

 窓もなく、まして灯りさえないのに、部屋の中は日の光が差し込んでいるかのように明るい。

 そして、一番目を引いたのは、奥に向かって縦長の部屋に進んだその先に置かれたガラスの柩だった。少し高くなった台のようなものの上に置かれている。それは不思議な事に、大きな造形物でありながら一筋の継ぎ目もないように見えた。

 思わず母の手を離し、柩に近寄ってとろりとしたその肌を撫でようと手を伸ばす。

 その瞬間、パチン、と肌が反発したような軽い痛みを受けて手を引っ込める。

 思わず指先を反対の方の手でさすっていると、耳馴染みのない声が聞こえた。

「おやおや、ご主人様かと思ったら……この子はクリスの子孫だね」

 反射的に声の方へ視線を向けると、ガラスの柩の上に白い猫が一匹座っていた。

 人間だと思って見てみれば猫だ。ではさっきの声は誰のものだろう。

「ご主人様の匂いそっくり。こんなに力の強い子は初めてかもしれないわね」

 また、別の方から声が聞こえた。先ほどの声と似ているが、違う人のような気がする。

 クリスティーンは違和感を抱えたまま、またその声のする方へと顔を向ける。

 柩の足元の方に、今度は黒い猫が座っている。またしても人ではない。

「さっきからおしゃべりしているのは、あなたたちなの?」

 怪訝な表情でそう問いかけると、後ろに立った母がクスリ、と笑った。

「あなたには何か見えているのですね……。わたくしは感じるだけで何も見えないのだけど」

 では、この二匹の猫は母には見えていないのだ。

「母様、猫が二匹いるのです。白猫と、黒猫」

「わたしには全く見えません……」

 驚いたように、ミレイヤがそう漏らす。

「驚いた、君は僕らの姿が見えるんだね。それに、君のお母さんも感じる事はできるんだね」

「あなた達は一体何者?」

 クリスティーンの問いかけに、二匹の猫は揃ってにゃーんと鳴き声を上げた。

 白と黒の色が靄のように広がって伸びたかと思うと、柩の上に男性と女性が腰掛けていた。身にまとった衣類は、絵本の神話に出てくるような古臭いデザインだ。

 いきなり現れたその若い男女は、合わせ鏡のように似ていた。明らかに双子だが、どんな加減か分からないが確かに性別が違っている。

「クリスティーン、ご挨拶を。この方々は人の(ことわり)の外にある方々です」

 母はそう言って、国賓に対するようにスカートの裾をもって腰を沈めて礼をした。それは、この国の王太子妃として他者に対する最上位の礼だった。

 クリスティーンも母に倣って、同じように礼をする。二人の後ろで、ミレイヤも騎士の礼を取った。

「お初にお目にかかります、神の世界にあられる方々」

「あなたは……なるほど。(しゅ)の影響を受けた人なんだね。だから僕らの気配がわかったのか」

 そう、男の方が言う。

「面白いわね。この子はクリスティーンというのね……今度は本物の女の子だわ」

 女がそう言う。

「はじめまして、アレクサンドラ。僕らはヤヌスという。君たちの(もとい)になった存在に仕えていた。そして今は次の(あるじ)を待っている」

 男のその言葉に、クリスティーンは目を丸くする。母はまだ名乗っていなかった。それなのに、男は母の名を知っている。

 母が言うように神の世界の存在ならば、それもおかしいことではないのだろう。

「なるほど、あなたは次元を越えてしまったのね。今は二回目……でも気をつけて、三回目はないから」

 女がそう言った。

「わたくしが死んで戻って来たのがわかるの?」

「ええ、力の痕跡が残っているから」

「でも、どうして三回目がないってわかるの?」

「人間が次元を渡るのは、帰るときの一度きりと決まっているからよ。肉体は次元を越えられない。超えられるのは精神だけなの。だからあれだけの力を持っていたご主人様も精神しか帰って来ることはできなかった」

 クリスティーンには女の言葉の半分も理解できなかったが、ともかく、今回の人生できちんとやり直す事ができなければ、もう二度と不幸は回避できないのだという事はわかった。

「君が繰り返せたのは、小さな偶然が積み重なった結果だったんだ。まずは君自身が、ご主人様と同じ紅と黒を持って生まれた事。夜の力が一番強い時に産まれ、そして死んだ事。リオノワールの黒い護符を持ち、次元の扉を開く紅い陣を持っていた。そこに、聖女の名を持つ君が、次元を渡るための血を自ら捧げた事。帰りたいと願った事で、シルバルドのいる場所にたどり着いたんだ。すなわち、今の君の体にね」

「どうして八歳の今なの?」

「それは、今が一番幸せだと君が思っていたからじゃないかな」

 確かにそうかもしれない。八歳以前の記憶となると、ひどく曖昧だった。

 家族全員がまだ生きていて、兄達と遊んだ事も覚えている今が一番幸せだったと無意識で思っていたのだろう。

「ヤヌス様、次の主を待っているとおっしゃいましたね? そしてお言葉から、娘はヤヌス様の以前仕えていらした方に似ていると感じられるのですが」

 母の言葉に、とっさに傍らの母を見上げる。

「うん、そうだね。この子は君らが言う始祖の力が強い」

「クリスティーンが次の主になる事は可能ですか?」

「システム的には可能なのかしら……純然たる人間に仕えた事などないからわからないけれど。私たち闇の眷属は、仕えた主から力をもらって格を上げていくの。始祖に仕えた事で概念(からだ)を得て低級魔になった。柩の番人をする事でもう一つ力を得て、始祖の血を見守る事でより高位へと成長してきた。そういう契約だったから。主として使役するには相応の対価が必要なのよ」

「対価としての支払いに耐えうるものは、何ですか? 例えば、命……とか」

 母の言葉に、男のヤヌスは表情の乏しい顔にうっすらと笑みを浮かべた。少なくとも、クリスティーンにはそう見えた。

「君はお母さんなんだね、アレクサンドラ。でも、僕らには寿命なんてものはないからね。人間の命なんかもらったって神格を得る事はできないんだ」

「私たちが対価として受け取るのは"色"だけよ。でもよく考えて、人間が持つ色は二つしかない。それを使い切ってしまえば、後にはもう何も残らない」

 ヤヌスの最後の言葉が消える頃、人ならざる者は跡形もなく消え去っていた。

「母様……わたくし、半分以上理解できませんでした」

 そう言ったクリスティーンの手を再び握り、母は苦笑した。

「そうですね、わたくしもです。でも、分かった事はたくさんありました。ティナ、あなたのおかげで、最悪の事態に手を打つことができる」

 そう言って笑った母の横顔は頼もしかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ヤヌスの登場に、大興奮です!!! ストーリーが、繋がっていく感じが、面白いですね(*´艸`) クリスティーンの目が赤いというのも納得でしたw [一言] 最初の方で出てきたクリストファーの存…
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