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化け物との戦い*

案の定だ。

ライチは地面に倒れ込み、土埃舞い上がる辺りを見渡す。

大量の化け物達がライチ達を取り囲んでいる。


「クソ、どうなってやがる」


フリーズが舌打ちをして剣を構え直した。

他の討伐チームの肉片を彼女は踏み付けているが気が付いていない。構わないのかもしれない。

オニツカとニコも神経を張り詰め化け物達を睨む。


ライチ達が化け物がよく出没するという所に来てすぐのことだった。

偶々近くにいた女に罠のことを話して注意を呼び掛けている、その後ろで悲鳴が上がる。

化け物が出たのだ。

咄嗟にオニツカがライチの体を勢いよく押した……横にいた女の首が飛ぶ。

後方と右手からも化け物は来ていた。否、集まっていた討伐チームを取り囲むように化け物は来ていた。


化け物は40はいるだろうか。

全てがゆっくりと動き人々を殺そうとジリジリ近づいて来る。


「僕の後ろに」


ニコに言われ慌てて皆が彼の背後に立った。

彼はすぐに麺を外すと瞬間、白い槍が辺りから降ってきた。化け物が体液を撒き散らし死んでいく。

しかしそれでも死んだのは10程度だろう。

化け物は仲間が死んだのを見ると散り散りに走り出した。


「おいニコ! もう一回だ!」


「……ダメだ。狙いが定まらない」


「お前なら出来るって!」


「君たちを犠牲にすればね」


冷えた言葉にフリーズは黙る。

そして腰から下げた剣を取り出した。


「オレが行く……。だが全部は無理だ」


彼女は他のチームを見る。化け物に体を真っ二つにされた者もいれば、既に化け物を殺している者もいる。それなりの実力者もいるのだろう。だが数は10人程度だ。

やたらに多くても仕方がないが30の化け物を半数で戦うのは厳しいものがあった。


「撤退するか? いや、そういう訳にもいかないか。

どこかしこにもいやがる……」


「一箇所に集めてニコの槍で殺そう」


「オニツカ。お前も戦えよ」


「分かってる」


彼は吊った左手の三角筋の中からバールを取り出す。

錆び付いた汚い、灰色のバールだ。


「ライチ。君は怪我した人の手当てを……間に合わないかもしれないけど」


「分かりました」


ライチは腹に穴の空いた女に駆け寄る。

彼女は膝をつき「痛いよ」と泣きながら呻く。


「て、手当てをします」


「助けて……! こんなとこで死にたくない!

こんなはずじゃなかった。ここは、こんなに化け物が集まるようなところじゃ……。あいつらなんで、クソ、なんで私がこんな目にあわなきゃいけない!」


ライチは彼女の背中をさすりながら腹の傷を見る。

大きな穴だ……内臓はもうやられているし出血も多い。

早く止めないと手遅れになるだろう。

着ていた服を脱いで穴に当てる。女が悲鳴を上げた。


「苦しい! ああ、死ぬのは怖い。こんな世界で死んで何になるの? 何が残るの!?

助けてよ、お願い、お願い」


「落ち着いて。今手当てしますから」


だがこの場で出来る手当てなんてたかが知れている。

ライチは腹を圧迫しながら彼女の荷物を漁る。

何も無い……役に立ちそうなものは何も……。


「お願いお願い! なんでもするわ! 助けて……」


「ごめんなさい……」


「怖いのよ……。こんな所で、こんな風に死にたくなんてなかった……。

ここは何も無い……墓場みたいな場所……」


女の声が小さくなっていく。ライチは必死で手を握った。


「寂しい……」


「私がついてます」


「……ここは、暗くて、寂しい場所だわ……」


掠れていく彼女の声。

消えていくのが嫌でライチはその体に抱きつく。

だがもう生命の息吹は感じられなかった。


「……ごめんなさい。何も出来ない……ごめんなさい……」


ライチの目からとめどなく涙が溢れ出す。

彼女は死にたくはないのだ。生きていたい。

なのにライチはそれを叶えてやることは出来ない。無力な自分が悲しかった。

女の体から離れる。腹に空いた大きな穴。

それを直視するのが怖くてライチはシャツを当てたままにした。

あんな簡単に、人の体に穴を開けられる恐ろしい化け物……。

彼女は戦う人々を見る。


フリーズは興奮したように叫びながら化け物の体を引き千切っている。

意外にもオニツカは片手でもバールを華麗に操り的確に化け物の体を抉っていた。

他にも善戦しているものも多い。

だがその足元には幾多の死体が転がっていた。


「……誘導はうまくいかなそうだ」


ライチの側に来たニコがポツリと呟く。

彼のシャツは胸元が破け血が滲んでいた。

どうやら守護の力が切れてしまっているらしい。


「もっと化け物に近づいて槍を当てるしかないか。

体力には自信が無いけど……仕方がない。

君はどこかに……」


「……いえ。ニコさん。私を使ってください」


「どういう意味?」


「私を盾にしてください」


ニコは暫し言葉を失ったようだ。だが化け物にやられた討伐チームの声で我に帰る。


「本気?

いや、やめておこう。盾なら死体でいい」


「私なら一緒に走れます。化け物の攻撃を見ながら庇うことだって出来ます」


「……なんでセシルが君に死んで欲しくないって言ってるか分からない?」


「セシルさんは今この場にいません。

それに今私には守護の力がかかっています。

この状況を脱するならなんだってするべきです」


ニコは逡巡し、首を振った。


「悪いけどチームのランキングじゃセシルが1番なんだ。

君の言うことは聞けない」


「……なら、勝手にやりますよ」


「え、あ、ちょっと……!?」


ライチはニコの手を握り走り出しす。

化け物の一匹が近付いて来る。

それは鎌状の手を振り上げた。

ライチはニコを庇うように前を走りながら化け物の間合いギリギリまで駆けて行く。


「あー! もう! 後で一緒にセシルに怒られるんだよ!」


ニコは面を外していた。白い槍が飛び出る。

槍は化け物の腹を貫通した。不気味な、甲高い悲鳴が上がり腕を振り下ろされる。

ライチは咄嗟に左手を構えてニコを庇った。何かに弾かれるように鎌が跳ね返る。

セシルの守護の力だ。


「もう一回!」


ニコが叫び再び槍が発射された。

だが息つく間もなく背後に化け物が立っていた。

ライチは素早く間に回り込む。化け物はこれまた鎌状の腕をライチへ繰り出した。

キン、キンと何度も何度も音がする。守護の力はどこまで有効だろうか……。


「ライチ! 油断しない方がいい。

気付いてないかもしれないけどもう相当な数の攻撃を食らってるんだ!」


「……そのようですね」


微かな音がした。人の溜息のような風のような音だ。

その音が聞こえた次の瞬間から攻撃はライチに直接当たるようになっている。

彼女は間一髪で鎌の攻撃を避けた。


「セシルの守護は連続した攻撃に弱いんだ」


間合いを図りニコが槍を発射する。しかしそれが当たることなく化け物は素早く移動しライチの胸部を切り裂いた。


「ライチ!」


「あ、さい。大丈夫です」


切られた傷を押さえる。

血が噴出したが臓器までは達しなかったようだ。


「く、嫌だなコレは!」


今度こそニコの槍は化け物の体を串刺しにした。

彼はライチの腕を引き化け物から離れる。


「大丈夫!?」


「これくらい平気です。

……あ、ニコさん!」


ライチの視線の先には倒れこむフリーズの姿があった。

その横に立つオニツカが化け物を殴り殺している。


「オニツカの後ろにまた……!

走れる!?」


「ハイ!」


2人は50メートルほど先のフリーズの横に駆け込んだ。地面には幾つもの、化け物と人の死体が転がっている。

ライチが駆けると道しるべのように赤い点が溢れていった。


「フリーズさん!」


フリーズはふくらはぎに大きな傷を作っていた。

血が鼓動に合わせドクドクと流れ出る。ライチは自分の肌着を切り裂いて止血を始めた。


「は、お前よくそんな傷で走れるな……」


顔色は悪いものの他に外傷は無さそうだ。ライチはホッと息を吐く。


「オニツカ! 後ろに来てるのは僕がやる!」


「ありがとう。

……クソ、キリがない」


ニコとオニツカの2人がほぼ同時に化け物を殺す。

しかし周囲にもまだ化け物はいた。


「なーんか、やたらに強いんだよな……」


「ここも罠だったんじゃ。

オニツカ、来てるよ」


オニツカの右側の木陰から化け物が飛び出す。

彼は片手で軽く攻撃を流すと素早くバールを化け物の胸に打ち込んだ。

嫌な鳴き声をあげ化け物が手をあげる。それはオニツカの首を引き裂く。


「オニツカっ!!」


「落ち着けよ、傷は浅い。

お前はじっとしてライチちゃんを守ってるんだ」


「クソ……」


動こうとするフリーズをライチは抱き締めて止めた。

このまま血を流し続けさせるわけにはいかない。


「離せよ!」


「ダメです!」


オニツカが疲弊しきった瞳でフリーズを見た。

討伐チームと化け物の数は最早比べるまでもないだろう。このまま時間が経過していけばいずれ……。

その時だった。

ニコが槍を打ち込むより早く、三本の矢が化け物の背中に刺さった。


「これは!」


「三本同時にとなると……アクアだな」


ニコの視線がスッと射手へと向けられる。

三つ目の男が弓を構え立っていた。

周りには団員たちが化け物に斬りかかっている。


「大丈夫か」


黒く長い髭をビーズで結わえ、更に髪も同じビーズで1つに結んだ壮年の男だ。

青い肌にはシワが刻まれている。

ライチは彼を何度か見かけたことがあった。彼女がここに来るよりも前からここにいる、安定したチームの団長だ。


「助かった。とても手に負える数じゃない」


オニツカは大きく息を吐くとバールをダラリと下げた。首からの血は止まっていない。

ニコもホッとしたように面を付け直している。

アクアの団員たちは周りの化け物を次々と殺していた。最早オニツカたちに出る幕はない。


「そのようだな。

もう大丈夫だ、俺の闘志が団員に伝わっていっている。負けることはない。

にしても最近化け物共の様子が変だな。まるで知略があるかのように動く」


「セシルは誰かの罠だと言っていた」


「ああ、その話なら聞いた。

だが化け物を自由に動かすことは出来んだろ。どうやって配置できたんだ?」


その時、ライチは視線を感じ顔を上げた。

……女がいた。背中に羽をもがれた骨だけの翼が生えた白い髪の女だ。

あの女はライチの元いたチームの1人。確か名前はダブルだ。

彼女から何かされたことは無かったがいつも白目の無い瞳で殴られるライチを見ていた。


「どうした?」


「いえ……知り合いです」


「ああ。お前のいた元チームからアクアのチームに移ったのか……やるな」


フリーズが馬鹿にしたようにハン、と鼻を鳴らした。


「あの人も大きいチームばかり渡り歩いてるみたいです」


「いるよなそういう奴。

1人じゃなんも出来ねえのさ。金魚の糞みてえによ。

恥ずかしいと思わねえか?」


「あ、それは私もそうなので……」


「可哀想な奴」


2人がボソボソと話している横で、アクアたちも会話を続けている。

ライチはフリーズと話しながらも耳の端で盗み聞いていた。

ニコは口元をへの字にしてオニツカの横にいた。何か嫌なことがあるのだろうか?


「あのチームに人は殆どいないみたいだな。色んなチームにバラバラに分かれたんだ。

団長が死んだんじゃ仕方ないな。

俺のチームにも何人かそこから来たのがいる」


「そうなのか。

うちのチームにも、あそこにいる黒髪の子がそこから来たんだ」


オニツカはライチを指差した。

視線が集まり彼女は軽く会釈する。


「お前と似てるな。兄妹か?」


「いや、故郷が同じなんだ」


「ああ……そりゃ良かったな。探さないとそんなの会えないだろう」


「セシルが同郷を探してるからな。

……そろそろ行くよ。頭は少し貰っていくけど……」


「お前たちが倒した分持って行け。

ああそうだ。どっかの御石を拾ってある。

お前たちのかもしれないから一応確認してくれ」


「流石に御石を落としたりは……うーん、サワンちゃん」


「落としてねえよ!」


アクアは例の骨格だけの羽を持つ女……ダブルを呼び寄せる。


「お前に渡してただろ。見せてやってくれ」


「……今は持ってなくて」


「何言ってるんだ。首から下げてるやつの話だぞ」


ダブルの様子がおかしい。

アクアの指摘に黙って御石を見せるも、微かに手が震えていた。顔色も悪い。


「俺たちのとは違う気がするけど……。サワンちゃん」


「違うって言ってんだろ」


それでも一応フリーズとライチも確認した。

灰色の少し汚い感じのする石だ。いや違う、これは。


「歯……」


「歯? なんて?」


「これ御石じゃ」


ない、と言おうとしたライチの声はゴボゴボとした水音に変わる。

喉を掻き切られたのだ。


「ライチちゃん!」


ライチは悲鳴をあげる間も無く地面に倒れた。

喉からは血がまるで湧き水のように溢れ出ている。


「テメェ、何しやがる!」


フリーズが怒鳴る。しかし彼女は一瞥もくれることなく、ライチの喉を切ったナイフを今度はアクアの腹を引き裂いた。


「な、んで」


青い血を流しながら地面にしゃがみ込み、ダブルを睨めあげるアクア。


「いずれこうするつもりだった」


ダブルの囁く声だけが頭に響く。

このままじゃまずい。ライチは持っていたナイフを己の首の傷に突き刺した。

早く絶命して再び蘇らないと。

横にいたニコが小さく悲鳴をあげていたが構っていられない。


「おい! ノエラ!」


アクアは近くにまだ残っていた団員の名を叫ぶ。

深緑色の肌をした長髪の男だ。居酒屋で見た……。

彼は苦しげにアクアを見ていた。動こうとしない。


「見てないで、なんとかしろ……!」


「……すみません、団長。オレ……」


「……そういうことか……」


「すみません。あなたに恩は感じています。

でもダブルさんにつけば、もうこんなことしなくてよくなるんです」


「どういう、意味だ」


一同の目がダブルに降り注ぐ。

彼女は先程の石を掲げてみせた。


「その女の言った通り。これは石ではなく、歯なんだ」


「それがどうしたよ! なんでライチとアクアを」


「そうイラつかないで。

見せてあげよう」


ダブルが化け物の方へと歩き出した。

いきなりの事に警戒しているアクアの団員たちが彼女を避けるように間を取った。

化け物がダブルの方を向く。だが、不思議なことにそれは彼女を襲わず近くにいた団員に襲い掛かった。


「……まさか。そんな」


ニコが混乱したように呟いた。

蘇生しつつあるライチも目を見張る。


「これがあれば化け物を操ることが出来る……。女神に供物を捧げる必要は無くなる!」


「遺骨か」


ダブルを睨みつけながらオニツカはそう呟いた。

遺骨。アレは何故か化け物を自分の意識を使って操ることが出来る。

しかしこれの存在を知っている人は殆どいない。現にアクアも御石と勘違いしたのだ。


「知ってるの?」


ダブルがぐるりと白目のない目をオニツカに向ける。


「少しだけな。

まあ、なんだって良いだろう? それは俺たちが貰う」


彼はバールを構えた。だが片手の彼に何が出来る? 加えて首からはまだ血が流れ出ているというのに。

ダブルも同じことを思ったようで馬鹿にしたように口角を上げた。


「何を言ってるんだか……。

言っておくが、こっちは化け物を操れるんだ。

戦う必要性すら感じない」


「やれるだけやるさ」


「そっちに居るのは手負いばかりなのに……。

強気なのかハッタリなのか。いずれにせよ敗北を認められないのは哀れなものだ」


彼女の視線に耐えられずライチは俯く。アクアはもう息も絶え絶えだ。動くどころか死が迫っている。

主力であるフリーズは足に大怪我を負って満足に戦えそうもない。オニツカだって化け物を倒せていたとはいえもう余力は無いだろう。

ニコはまだ戦えそうだ。しかし彼だけでどこまで出来るか……。


「この、ギリギリの状況が良いんだろうが」


掠れた声だった。

オニツカを見ると彼は異様にギラついた瞳をダブルに向けていた。普段の穏やかさはカケラもない。


「なあ、どっちが勝つかな? どっちに賭ける?」


「ハア? 私達が勝つ以外あると?」


「俺は俺が勝つ方に賭ける」


自信に満ちた言葉だった。

ダブルはそれをフンと鼻で笑う。


「ここにいる奴ら全員皆殺しだ!」


彼女の掛け声と共に化け物も、アクアを裏切った団員達も一斉に襲い掛かってきた。

これを皮切りにそこは戦場と化す。アクアの団員と裏切り者は殺し合いを始めその横から化け物が殺戮を始める。

赤い血と黒い血が混ざり合った。辺りには体液の吐き気を催す悪臭が広がっていく。

ライチは動けないフリーズに覆い被さる。

しかし背後で幾つもの悲鳴が聞こえた。

ニコの白い槍と……弓矢。

アクアだ。彼は肩で大きく息をしながらも弓を射る。


「……デカく、なりすぎた……。

祝福があったとしても……無駄か。裏切り者が……出ることを、考えておく、べきだった」


「アクアさん……!」


「セシルの言っていた罠も……ダブル。お前が……仕掛けたのか!」


槍を避けながらダブルがニンマリ笑みを浮かべた。


「そうだ」


「何故!?」


「ただの練習。

コレをどう使えば良いのか試したかった」


彼女はするりするりとニコの攻撃を避ける。

これだけ派手に行動を起こしているということは恐らく例の自治チームはこのことを知っていた。

だが今はそこを考えるべきじゃない。このままじゃ此方がやられるだろう。

ライチは立ち上がりアクアの弓を支えた。


「私も一緒に」


「……助かる」


ニコとアクアの雨のような攻撃のお陰で化け物は近くまで来られないようだ。

だが長くは持たない。どうしたものか。

ライチは顔を上げフリーズを縋るように見つめた。

……彼女の横にはオニツカが立っている。

彼は自分の左手を吊っていた布巾を外した。

左手首の先が無い。


「悪いが、返してもらおうかな」


彼はフリーズの左手を掴んだ。手袋を外す。


「……オニツカ……」


「まあ、また貸すから」


彼女の左手は右手に比べて大きかった。骨張って血管も浮いている。男の腕だ。

あ、とライチは声を上げた。

左手首がスッとおもちゃのように外れる。

彼はそれを自分の左手に合わせると何度も手を握り直した。

それはピッタリとオニツカの手に合っている。


「久し振りの感覚だ」


彼は冷ややかな笑みを浮かべる。

黒い瞳が糸のように細められた。


「手が治ったからなんだ?」


「特に何も無いよ。ただ動きやすいってだけ」


オニツカは素早くフリーズの脇の下に手を入れ体を引きずりながらライチの横に置いた。


「見ててあげて」


「オニツカさんのそれは……」


「俺の祝福だよ。貸し出しと返却。

トイチだからね……フリーズには長いこと貸してたし、今動けないかも」


「ええ……!?」


慌ててライチはフリーズの顔を覗き込む。

青白い顔で薄く口を開け「目が回る……」と舌足らずに言っていた。


「フリーズの力を利息として少し貰ったから」


オニツカがバールを構える。鉄の塊が、目の前に来た男の頭に振り下ろされた。

血飛沫と男の脳髄が舞うがオニツカはそれを見ることもなく次の獲物へと襲い掛かった。


「強い……」


「化け物の頭を、潰してるけど……な」


アクアの言う通り確かにオニツカは次々と現れる化け物の頭をまるで卵のようにグシャリと潰している。

あれじゃ供物として捧げられないだろう。

だが誰も止めなかった。今やるべきはこの状況を打破すべきであって、供物は二の次なのだ。

焦りからライチは唇を噛み締める。

セシルがいれば……。


「あいつハイになってんだな。

ライチ。セシル呼んで来い」


「でも」


「弓はオレが支えておく。

今はオニツカもニコも優勢だが数じゃ負けてんだ。向こうは化け物操ってるしよ……。

セシルの守護の力があればなんとかなる。早く」


「……分かりました」


弓をフリーズに預けライチは駆け出した。

足元は濁った血で濡れている。

ここに仲間の血が混ざる前に、一刻も早く彼を連れて来なくては。

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