それぞれの能力
ジーナの宣言通りの時刻になった。
時間の流れが変則的なこの世界だが、街の中央には鐘楼がある。
多くの人々はその音を頼りに暮らしていた。
鐘を鳴らしているのは自治チームの団員だ。
ライチはソッとセシルの顔を盗み見る。
多くの討伐チームの目標が、自治チームに入ることだが……彼はどうなのだろうか。
「……なんだ?」
「い、いえっ! 大分森の中を歩いて来たなと……」
ライチはカゴをかかえ直して答える。
小屋を出るとき便利だからと持つように言われたのだ。
「もう少し歩くぞ」
先頭を歩くのはフリーズだ。
その後ろをジーナが、最後尾をセシルとライチが歩いている。
フリーズは会った時と変わらないズルズルとしたモノトーンの服を着て腰に剣を提げている。
ジーナもまた同じような制服のような服だ。彼女は武器を持っていない。
武器といえば、セシルはボウガンだ。
黒く艶やかなそれを背負っている。
近代的な武器を作る自治チームもいる。その誰かから譲り受けたのだろう。
ボウガンを見つめるライチにセシルは話を続けていた。
「ここらのも大分いなくなってきたからな。
ルパートの方には馬鹿みたいに強い化け物どもがいやがるらしい。
今後はそっちの方に向かうか……」
化け物たちは群れが大きくなればなるほど強くなる。
その為アレらが集まっているのを放っておくと強力な化け物となってしまい大変なことになるのだ。
ルパートは寒く人が住むには厳しい環境の為放って置かれていたのだろう。
「倒せますか」
「さあな。
だからといって放っておくわけにもいかないだろ。
いずれ対処する羽目になるかもしれない。なら早めに殺すべきだ」
「そうですね……。
寒いところらしいんですけど」
「ならセシルの毛皮が役に立つ」
突然フリーズが会話に入ってくる。彼女はふらりと揺れながらライチの肩を抱いた。頭の角がガツンとこめかみに当たる。
咄嗟に財布の位置を確認していた。
大丈夫、スられていない。
「やっぱり毛があると違うもんだな!」
彼女はライチの仕草を気にも留めず、セシルの背中を撫でさすった。その手をセシルは嫌そうに振り払う。
「剥ごうとしてねえだろうな」
「元の世界じゃ高く売れたんだろうけどなあ。
残念だよ。
ライチも触ってみな、気持ちいいぜ」
フリーズに手を掴まれ半ば無理矢理セシルの背中に触れるライチ。
確かに艶やかな毛皮は気持ちがいい。
見た目よりも硬い毛だ。手入れはきちんとしているらしくベタつきは無い。
「ツヤツヤ……」
「あー、セシルの毛皮を布団にして寝てみたいもんだよ」
フリーズはギュッと握っていた手を離した。
不意にライチは違和感を覚えた。
……手袋をしている左手が右手より大きく見えたのだ。
だがどういうことか分かる前にセシルの声が降ってきた。
「お前は……恐ろしいこと言うな」
「あはは……。
でも言いたいことは分かります。
あったかいし、包まれて寝たらさぞ気持ちいいんでしょうね……」
言ってからライチはしまった、と口を覆った。
彼は刑によってこの姿になったのだ。
あまり触れられたくないのではないだろうか。
焦りから喉奥からグッと音が漏れる。
ライチは手を離し恐る恐るセシルを見るが、彼は気にする風でも無かった。
「身の危険を感じるよ全く」
それだけ言って苦笑する。
彼女はホッと息を吐いた。
「随分楽しそうですね。化け物とも遊んで来ます?」
ジーナの嫌味な声にライチは身を硬くした。
つい、楽しく会話をしてしまっていたがここは化け物の出る森だ。
いつ襲われてもおかしくない……。
「そんな言い方するなよ。
親睦を深めてたんだけだってえ」
フリーズがジーナにしなだれかかるが、ジーナは鼻を鳴らしバシッと彼女の手を叩いた。
「獣臭くなるの嫌なの」
「おっと、俺に流れ弾が来てるぞ」
「ゴメンゴメン」
フリーズは軽やかに謝りセシルに向かってウィンクした。
セシルは片手を上げて答える。
言ってしまえば緊張感の無いやり取りだ。
だが、こうしている間もセシルは守護の力をそれぞれにかけているし、フリーズもなんだかんだ言いながらも周りを警戒している。
やはり実力のあるチームなのだとライチは実感する。
このチームなら並みの化け物には負けない……
「あ」
フリーズが声を上げた、と思った瞬間彼女は吹き飛ばされていた。
セシルがライチとジーナの腕を掴んで引き寄せた。
「ボサッとしてるから!」
ジーナの苛ついた声が聞こえる。
化け物が目の前に立っていた。針金のような腕を杵のように変形させ振り回している。
ライチは砂埃の中に目を走らせた。フリーズは?
彼女は素早く起き上がると「やってくれたな!」と叫んだ。
頭から血を流してはいるが元気そうだ。
守護の力は化け物からの攻撃を守ってくれるらしい。とはいえ転けた際の怪我までは範囲外のようだ。
「セシルと呑気に話してるからでしょう」
ジーナは落ち着いたもので、嫌そうに顔をしかめながら服についた埃を払っていた。
反対にライチはいきなりの襲撃に心臓がバクバクと煩いくらいに脈打っている。
「悪かったって。いつもはこの辺りまで出ないからさ……」
「ハン。どうだか。
新入りに浮かれていたんじゃないですか?」
「うるせえ。
ライチ、大丈夫か」
「は、ハイ。
いきなりだったので驚いただけです」
だが……そういうライチの体は僅かに震えていた。
針金のようなあの細く鋭い体にライチはどうしても恐怖と嫌悪感を覚える。足が竦む。
奴らとどれだけ対峙しても慣れることはない。
「無理しなくていい。
ジーナの横にいろ」
セシルの優しい声に、彼女は安堵の息を吐いた。
責められていない……。
言われた通りジーナの横に付く。彼女は左手首を掴み、一切瞬きをせず茶色の瞳でジッとフリーズを見ていた。
「あの」
「静かにして」
ぴしゃりと言われライチは黙り、フリーズを見た。
「コイツ一体だけみたいだ! ワハハ!!」
何が楽しいのかライチには分からないが、彼女は楽しくて仕方がないとでも言わんばかりにブンブンと剣を振り回している。
「見てろよ新入り! オレ様は! 最強っ! だからな!」
フリーズはそう叫ぶと握っていた剣を化け物に突き立てる。
針金の体がよろめいた。また剣を引き抜きそして突き立てる。
滅茶苦茶な動きだ。剣技を習っているものの動きではないだろう。
だが彼女の攻撃は確実に化け物を追い詰めていた。
剣を引き抜くたび、奴等の黒い体液と臓物が飛び散り悪臭を放つ。
高笑いが止まらない。フリーズはハイになっているようだ。
角を振り回し笑いながら化け物の腕を引き千切った。
それも素手で。
「脆いなあ!! もっと筋肉付けた方が良いんじゃねえのお?」
それから彼女は化け物に飛び掛かり頭を掴むとそのまま引っこ抜いた。
ブシュッと嫌な音がし、化け物の体液が辺りに撒き散らされる。近くにいたフリーズは勿論ひっ被った。
「よっしゃあ!」
「汚い。本当に汚い」
「殺せりゃ良いんだよ」
笑いながらフリーズはライチの持っていたカゴにそれを入れた。
首には脊椎のようなものや血管のようなものが付いたままで、ライチは吐き気を堪える。
「見たか? オレ様の圧倒的パワー」
「見ました」
「オレ様の祝福は増幅。
こうやって力を増幅させることが出来るってわけだよ」
ニコッと笑う彼女。
その顔には、化け物の体液が飛び散っていた。
「セシルは奥に行った。行くわよ」
「アイツ一人でカッコつけようとしてるな?
させるかよ」
ゲラゲラ笑いながら奥へと進んで行く。
そんなフリーズの姿をライチは恐ろしく思いながら後に続いた。
*
セシルは既に2体倒していた。
ボウガンの矢が化け物を磔にするように、木に留めていた。
「オイオイ、オレ様が今回の主役だろう?
良いとこ持っていくなよなあ」
「悪いな。
奥から来るぞ」
「任せとけよ!」
だがそう叫んだフリーズの体を、無慈悲な槍が貫いた。
化け物が投擲してきたのだ。
黒い槍が引き抜かれ真っ赤な血が噴き出す。
遠くに立つ化け物が再び槍を投擲しようとしているのが視界の端に見えた。今度の狙いはセシルだ。
ライチはセシルの方へ駆け寄る。
自分が盾になれば……。
だが踏み出した足は何故か一歩も動いていなかった。
え、と思いライチは辺りを見渡す。
槍で貫かれたはずのフリーズが立ち上がっていた。
「あそこにいたのか」
槍が投擲されると同時にフリーズに手を引かれる。
先程までいた場所に槍が投げ込まれた。
「あ、あれ!? 今」
「ジーナだよ」
「フリーズ、守護の力を掛け直す」
「頼むよ」
ライチは首を振る。
どういうことだ。時間が戻っている……?
ジーナを見ると手首を押さえたまま、化け物を睨みつけていた。
「今オレ達に掛けられてるセシルの守護の力は一定の衝撃を受けると無くなるから。見えないのが厄介なんだよなあ。
まあ覚えておけよ」
「は、い……」
「ん? あー、ジーナは一定範囲の時間を10拍分戻せるんだよ。
今それを使った」
再度、ライチはジーナを見た。
なんて力だ。
「槍の投擲か。
アイツらこっちの攻撃覚えてたな。そんな知能ある奴いないと思ってたんだが」
セシルが大きく息を吐く。
それからボウガンを構え直した。
「きっと奥にいます」
「何?」
「頭良いのが奥に居るんですよ。
どっかが恥知らずな虚偽の報告してる」
ジーナが苛立ったように舌打ちをした。
「虚偽の報告って、そんなことしたら自治チームにどんな目にあわされるか……」
「馬鹿共め。
……あなた、今は敵に集中しなさい。
私の側に……フリーズの横にいたら攻撃食らうわよ」
ライチは慌ててジーナの横に立った。
フリーズがパン、と手を叩く。
「なんだって良いさ。とにかくコイツらにお返しをしねえとな!」
「あんまり調子乗るなよ。
前みたいにはいかないんだろ?」
「大したことないさ。
セシル。剣使えよ」
フリーズは剣を地面に突き立て駆け出した。
槍が迫る。彼女はそれを片手で受け止めるとそのままひしゃげさせた。
セシルはというと、フリーズの突き立てた剣を引き抜いてしなやかな動きで化け物に斬り掛かる。
フリーズとセシルの動きは対照的だ。
フリーズは激しく荒っぽく、セシルは軽やかで確実、そうやって化け物を攻めていく。
またライチはジーナを見た。手首を押さえ瞬きをしないで2人を見ている。
彼女はリセットボタンだ。2人のどちらかが致命傷を負えば、力を発動させる。
2人から目を離さないのはその為だろう。
フリーズという剣、セシルという盾、ジーナという疑似的な回復役。
バランスのとれたチームだ。
彼等だからこそライチの元いたチームが立ちいかなくなるほど化け物を殺せて来たのだ。
ライチが呆然としている間に化け物は1体残らず殺されていた。フリーズが首を鳴らしながらライチのカゴに首を入れていく。
2人だけで5体も倒せていた。
2人で1体倒せれば良い方だというのに。
「重いだろ。持つよ」
セシルがカゴを掴んだ。だがライチは離さなかった。
「私が運びます。
これくらいやらせてください」
「そうか。
別に荷物運びとして連れて来たわけじゃないんだけどな……」
彼はライチの頭を乱暴に撫でる。
「戻るか」
「ハイ」
彼女はカゴを抱き締めトボトボと歩く。
フリーズとジーナは先を歩いていた。
カゴの中を覗き込む。黒い体液と、醜い頭。
彼女はいつまでも終わらない悪夢を思い出した。
喉が裂けるほど叫んでも聞こえることはない……。
「ライチ」
セシルに呼びかけられライチは慌てて顔を上げた。
嫌なことを思い出していた。もう忘れなくては。
「お前は戦闘に参加しなくて良い」
「ハイ。分かっています」
「……ならなんであの時俺を庇った」
「え?」
「ジーナが時間を戻す前、化け物が槍を構えた時お前は俺の前に駆けて来た。
俺を庇うつもりだったんだろ」
その言葉にライチは頷いた。その通りだった。
「私は不死身です。怪我をしてもすぐに治りますから」
「俺より力無い奴を盾にする気はない」
セシルの声音は強い。責めている響きはなく、芯のようなものを感じる。
「俺は守護の力があるしジーナの巻き戻しもある。
完全じゃないがそれでも、お前が庇う必要は無いんだ。今までそれでやってきた。
もうやるなよ」
「でも私は誰かが死ぬところを見るのは耐えられないんです」
「俺もそうだ。
俺にとってその誰かにお前が含まれてる。
分かるな? 例え生き返るとしても死んで欲しくない」
彼女は言葉を失う。
今までライチに対して「死んで欲しくない」と言ってくれた人がいただろうか。
死を望む声は嫌という程聞いてきたというのに。
この人は私が生きることを望んでくれているんだ……。
ライチの心に暖かいものが染み渡っていく感覚がした。