エメラルドグリーンの石
質素なシャワースペースを出て綺麗なシャツとズボンに着替える。
サッパリした。
ライチはホーッと長く息を吐く。
良い気分だ。
小屋に戻ると長ソファにセシルが頬杖をついて横たわっていた。彼だとソファは小さいようで足がダランと床に垂れていた。
「汚れは取れたか?」
「ハイ! ありがとうございます」
「大事なもん渡し忘れてた」
セシルはしなやかに身を起こすと手を差し出してきた。
チーム共通の石……御石だ。セシルの瞳のようなエメラルドグリーンに輝いている。
「ありがとうございます」
ライチは慎重にそれを受け取った。
チェーンが付いていたので手首に巻く。
「首に掛けた方が邪魔にならないんじゃないか?」
「首はよく刎ねられるので……。
手首ならいざという時握っておけます」
ライチの返答にセシルは顔を歪める。
「男の目を潰す力があるのに、簡単に首刎ねられるなよ」
「あの時は火事場の馬鹿力というやつでした」
「……まあいい。
俺も体洗ってくる」
スルリとソファから降りた彼はライチの頭を軽く叩いて部屋を出た。
彼女はセシルの座っていたソファに腰掛けて石を眺める。
このチームにいてもいいという証だ。
……いずれ邪魔者扱いされるまで彼女の手首にあり続ける。
「ライチ」
険のある声で呼ばれ彼女は振り返った。
ジーナだ。眉間にシワを寄せたまま奥の扉を指差す。
7つ並んだ部屋の右から2番目だ。
「部屋に案内するから来て」
「ハイ」
ジーナは乱暴に扉を開ける。立て付けが悪いらしい。
部屋は小さく埃っぽかった。全く使われていないらしい。
質素な机と椅子、何もかかっていないベッドが置いてある。
「あなたの左隣が倉庫になってるから使えそうなものは勝手に使って。右隣はセシルの部屋」
「分かりました」
ジーナはまた部屋を出ると順番に指差して行った。
「いい? 右からセシル、あなた、倉庫、オニツカ、フリーズ、ニコ、私の部屋の順よ。
人の部屋に勝手に入らない、物を使わない。
特にフリーズは部屋に入れないこと」
財布をスられたことを思い出しライチは深く頷く。
何を盗られるか分からない。
「鐘が5回鳴る頃にまた化け物を狩りに行く。
それまで好きにして」
それだけ言うとジーナは部屋に戻って行った。
キツイ性格のようだが同時に真面目で几帳面な性格のようだ。
ライチは早速部屋に必要なものを借りることにした。
流石に布団が無いと寒いだろう。
倉庫を開けると独特の匂いと共に埃が舞った。
部屋いっぱいに荷物がある。
どうやらこの小屋の使っていない家具なんかも一緒に入れているらしい。
荷物を漁っていると入口から声がかかる。
「手伝おうか?」
オニツカだ。
黒い髪に黒い瞳。柔和な表情。
30代くらいだろうか? 落ち着いた印象だ。
筋肉は付いているのだろうが嫌な威圧感は感じない。
同じ日本人であるということを抜いても多少親しみの持てる男だった。
「何探してるの?」
「布団があればと思いまして……」
「ああ……。あるかな。
どこかで見た気がしたけど」
彼は片手で荷物を漁り始めた。ライチは慌てて止める。
「手、怪我してるのに。
私は大丈夫ですよ」
「そう? あっでもあった。これだ」
オニツカが椅子と椅子の間に挟まっていた毛布を取り出した。
紫色の、キルティングで作られた毛布だ。
ライチは礼を言って受け取る。
「この辺りあったかいからそれで大丈夫だと思う」
「ハイ! ありがとうございます!」
「返事良いね」
愉快そうに唇を歪めながらオニツカがライチの背中を押した。
大きな手のひらだった。
「ここ埃っぽいから早く出よう。
その毛布も一回干したほうがいいよ」
「そうします」
外に干すスペースはあっただろうか?
彼女は毛布を抱え小屋を出ようとするとオニツカにまた声を掛けられる。
「もう干す?」
「スペースがあれば……。
でも、いつでも大丈夫です」
「良いんだ。タバコ吸いたいだけだから……。
干した毛布に臭い付いたら嫌でしょう」
オニツカがズボンのポケットから四角い箱を見せてきた。
蓋の隙間から白い筒状の物が見える。
ライチは微かに息を飲んだ。
アレはタバコそっくりだが、中身はより毒性の強いものだ。麻薬と同じようなものだとライチは思っている。
オニツカは知らないのか……彼の顔をこっそり見ると「吸う?」と微笑みながらそれを差し出してきた。
「い、いえ。吸いません」
「やっぱり。皆これ嫌がるんだよ。
……ライチちゃんは未成年だったよね?」
「……ここに来た時は」
ただあれからどれくらいの月日が流れたのか。ライチは正確に把握していなかった。
オニツカはライチの返答を聞いていないのか「ライチって漢字でどう書くの?」と、また新たな質問をぶつけて来た。
「……来るに知るで、来知です……」
「変わった名前だよね。
どこ出身?」
「……東京」
「東京か。東京の人は名前もオシャレだね。
俺は京都。
今も関西弁喋ってるつもりなんだけど、多分標準語に聞こえてるんだろうね」
ライチは頷いた。訛りなど一切感じない。
そもそもこの異世界に来てから言葉の壁を感じた事はなかった。
全員ライチの知る、日本語の、所謂標準語を喋っているように聞こえる。
「俺もそうなんだ。全員日本語の標準語に聞こえる。
不思議だよね……女神様パワーってやつか。
全員関西弁でもいいと思うんだけどね。
文字は読めないんだけど……」
オニツカはタバコの箱を眺める。
そこにはウネウネとした文字が書かれていた。
ライチにもそれは読めない。
「不思議な世界だよここは……」
「あの」
「ん?」
「……いえ。
ジーナさんから鐘が5回鳴った後また化け物を倒しに行くと聞きました。
ただ私は……戦うのは得意ではなくて」
「あーそうなんだ。
けど大丈夫だよ。戦いは基本、センちゃんとジーナとサワンちゃんがやる」
「センちゃんとサワンちゃんってどなたですか?」
「セシルとフリーズのことだよ」
セシルがセンちゃんなのはまだしも、フリーズがサワンとはどういう意味だろう。
ライチは首を傾げる。
ライチの疑問に気づかないオニツカはふうと息を吐いた。
「俺とニコは……今回は留守番かな。場合によるけど、ここも手薄にしたくないし」
ニコと聞いてライチは彼の部屋の扉を見た。
先程まで観察されていた気がしたが……。
「なんでライチちゃんはセンちゃんに付いて来ようと思ったの?」
不意に聞かれてライチは答えに詰まる。
なんで、か。
「元々いたチームの団長が女神に殺されて……足手まといだった私は追い出されました。
その後困っているところをセシルさんに助けていただいて、タイミングよくチームに勧誘されて、ここに」
「そっか。大変だったね。
俺が言うことじゃないと思うけど、サワンちゃんもジーナもニコも、中々癖のある人たちだし……。
……嫌になって抜けたくなったら手伝うよ」
「そういえばニコさんは……」
「ああ。あんまり気にしなくて良いよ。
彼はねえ、全てのものにランキングを付けて、そのランキング圏外の人とは話さないんだ。
君は来たばかりだからランキング付けようがないでしょう。だから様子を見てるんだと思うよ」
ライチは彼の言っている意味が分からずぽかんと口を開けた。
「大丈夫? アホみたいなツラになってるけど」
「ランキングって……なんですか?」
「人生においての優先順位というかなあ……。
もしどちらかを選ばなきゃいけない場合ランキング上位の方を選ぶ、らしいよ。極端だよね」
ライチは頷く。本当に極端だ。
「ちなみにこのチームでのランキングは1位がセンちゃん、2位が俺、3位がジーナ、4位が紅茶、5位がソファ、飛んで77位が雑巾、78位にサワンちゃん」
サワンちゃん、つまりフリーズは一体何をして雑巾以下の順位になってしまったのだろうか。
「まあ妥当かな」
「妥当なんですか」
「サワンちゃん悪い子だから」
苦笑しながらオニツカが言う。
出会い頭にスリを働く人は違う。ライチはしみじみと思った。
「布団干して来たら?」
オニツカが玄関の扉を指差す。
「でもタバコ……」
「ありがとう。でも大丈夫。
離れたところで吸うからね」
「じゃあちょっと干して来ます」
キルティングの毛布を抱えライチは外に出た。
ここは常に薄暗い。
*
「なあ、今回狩りに行くのはオレ様とジーナとセシルだけなのか?」
1つのソファにはセシルが、その横のソファにライチ、その前のソファにオニツカとフリーズが座ってぎこちない会話をしていると、不意にフリーズがそう言った。
「その予定だけど。良いだろ?」
「別に文句は無いさ。
ただ新入りちゃんの実力が気になって」
「実力も何もライチは戦闘要員じゃない。
お前たちは部屋を汚すわ料理はしないわで滅茶苦茶にするだろ?
彼女には部屋の掃除とか料理をしてもらう為に来てもらったんだ」
セシルの返答にフリーズは「なんだ」と言ってソファに深くもたれかかる。
「つまらねえなあ」
「つまらないって何が?」
オニツカが首を傾げるとフリーズの灰色の目がキラリと輝いた。
「人の祝福を見るのが好きなんだ。
超能力っぽくて面白いだろ? なあライチはどんな祝福なんだ?」
キラキラした瞳はそのままライチに向けられる。
彼女は瞬間、たじろいだ。
「えっと」
「不死身の力だそうだ」
「不死身か。良いな」
ニカッと彼女は笑う。
「オレ様はなー……。
……いや。ここで言うのはやめておこう」
「どうして」
「だって言っちゃったらつまんねえだろ。
ライチも狩りに来いよ。ジーナとか面白いし……。
ニコは、来ないか。まあ皆面白いよ」
ライチは逡巡した。
ここでチームの人たちの能力を知れるならそれに越したことはないだろう。
だがライチが行ったところで何になる?
また囮になるだけだ。
「もし行きたいなら来るか?」
セシルに問われる。
「別に俺たちはそれでも良い。好きにしろよ」
「……なら、一緒に行きたいです」
「分かった」
彼は鷹揚に頷く。フリーズが嬉しそうに笑っていた。
「センちゃん。ジーナに言った方が良いんじゃない?
勝手に予定変えるとまた怒るよ」
このオニツカの言葉にセシルは思い切り顔を顰めた。
首から提げていた小さな巾着からクシャクシャになった札を取り出しオニツカに投げる。
「どうも、セシル」
彼は鼻を鳴らし、豹の体を器用に動かしながらスルリとソファから降りる。
ジーナに話すことにしたようだ。
「ライチちゃんは家事が得意なんだね」
「得意というか……それしか出来ないと言いますか……」
「いやあ。家事出来るなんて凄いよ。
ね、サワンちゃん」
「う、うるさい。オレ様だってやろうと思えば出来るんだ。
やらないだけで」
「やれって話だよ」
フリーズはバツが悪そうな顔をして黙る。
背後でジーナの扉が勢いよく閉まる音がした。
「……怒った?」
オニツカが聞くとセシルは「ま、いつも通りだな」と答えていた。