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僕の可愛い婚約者の為ならば。  作者: ユウキ
幕間-マティアス編
99/110

-3

 案内してくれた大きな薬草園はとても広く、一角にはドーム状の温室もあった。

 水質や気温、環境に拘り、手先が荒れるのも気にせず、土いじりを自らするのだという。


 マティアス一行が来た日はちょうど土の入れ替えをしていて、その日のうちにやりたかったので顔を出せなかったそうだ。


 そう言って見せてくれた通常に育った薬草と、環境に拘った薬草は葉の付き具合も大きさも異なっていた。

「薬効も違うのよ」と得意げに言った彼女の鼻に付いた土を、直接触れて拭いたい衝動に駆られたが、横からニュッと出てきたハンカチに遮られて我に返った。


 セリがハンカチを出さなければ、このまま触れていたであろう、途中まで上げてしまった手に視線をやって、その自然な動作に自分自身で驚いてしまった。


 一日中話をする中で、自国のアカデミーについて話すと、目を輝かせて興味を示した。



「見に行きたいわ!きっとお父様も興味があるはず!」



 興奮して話す彼女の表情が忘れられず、朝早くに目が覚めてしまったのにもかかわらず、与えられた部屋に帰ってもぽけーっと窓から茜色に染まる空を眺めていた。


 どうしてこんなに見入ってしまうのか。



「お綺麗ですね」

「あぁ……とても………ん?」



 いつからそこに居たのか、またもや斜め後ろに佇むセリに目をやれば、与えられた客室のリビングに食事の用意をしてくれていた。


 今日の晩餐は、皆手が離せないために各自で摂ることになった。厨房から運んで毒味を済ませたためか、立ち上る湯気はゆっくりだ。



「まだ温かいうちにお召し上がりください」



 椅子を引いて待つセリに急かされて、名残惜しさを感じながらも窓辺から離れた。


 食事が済むと、公爵領で趣味で作ったという紅茶を淹れてもらい、味と香りを楽しんでいると、セリが徐に尋ねてきた。



「気になりますか?」

「何がだ?」

「……。お調べしますか?」

「何をだ?」



 なんだかしょっぱい物でも口に含んだような複雑な顔をしたセリは、次の瞬間には無表情に戻り、礼をして食事の終わった食器類をワゴンに片付けると、そのまま護衛に合図を送って部屋から出て行った。


 何を調べると言うんだ…と口の中でぶつくさと呟いて、また窓から空を見やればすっかり陽は暮れ、宵の明星が輝き出していた。


 聞こえるのはカサカサと風に揺れる葉の音、鳥の羽ばたきが何処からか微かに聞こえるくらいだ。


 自国でこんなにも景色を眺めたことがあっただろうか?きっと初めての異国で感慨にふけってしまっているだけなのだろう。

 四六時中付き纏う声も、まとわりつく様な目も無いからだろう。


 きっとそうだ。こんなにゆっくりと静かな場所にいたことが無かった。だからだろう。そうに違いない。


 そう心に思い、いつの間にか飾られていた茜色のポピーの花を見つめるのであった。


 ***


 その日からマティアスは、何かとマリアンデールと共に居た。


 彼女は3年制の学校を1年という速さで卒業した才媛で、その後はすぐに領地に戻り、薬草に向き合いゆくゆくは薬学に進みたいのだと言う。


 そんなマリアンデールの話はとても興味深く見識があり、鼻にかけるでもなくマティアスの質問に快く答えてくれる姿勢に好感を持った。


 ただちょっと引っかかるのは、マティアスに対する言葉や接し方が、まるで弟へのものの様で癪に障ることくらいか。


 ちょっと自分より身長が高くて、2つ年上なだけ。

 年上ぶっているわけでもなんでもない。親しみを持って接してくれている。


 なんの文句があるというのだろう?


 心地よさとモヤモヤとする相反する気持ちを抱えながら、久しく作っていなかった眉間のシワを、セリに指摘され思わず呻いてしまった。



 ***


 そうして1週間が過ぎた頃、愛称で呼び合う程仲良くなったマリアンデールを、朝食後いつものように会えないかなと、領主館の廊下を歩いていると、サロンに美しい令嬢が立っていた。


 クリーム色のドレスに胸元のレース、腰に巻いた幅の広いリボンが瞳と同じ浅葱色をしていて、公爵令嬢らしく金のネックレスには同じ色の宝石が輝いている。

 編み込まれた髪はハーフアップに結われ、窓から差し込む陽を反射して、キラキラと輝く金の髪飾りが茜色の髪によく映えていた。


 窓辺に佇むその令嬢ーマリアンデールに息をするのも忘れて見つめていると、気付いた彼女が「おはよう、マシュー」と微笑みかける。



「おはようマリア。美しくて一瞬誰だかわからなかった。今日は何かあるのか?」

「ふふ、褒め言葉よね?ありがとう。あまり楽しい予定ではないのだけど」



 苦さを含んだ笑顔でそう言う彼女からは、いつもの快活さは無く、これが彼女の“外面”なのかなと、まじまじと観察してしまう。



「どんな予定かわからないけど、邪魔でなかったら付き合おうか?」

「いえ……そうね。相手が良ければね」

「相手って誰?」


「侯爵家の方よ。お爺様の代で交流があってね。その侯爵領では技術を持った職人が多くて、オリーブ園の搾油機を作ってくれたのもそこの職人なのよ。

 今後の薬学で必要な機器の提供にも協力してくれないか聞いているところなの」

「へぇ、そんな領が……是非見に行きたい。

 元々そういう技術を目にするのが好きなんだ。予定にねじ込めないかな?」


「どうかしら?あちらはお忙しいみたいで、なかなか都合がつかないのよね…同席できたら直接交渉出来るかも」



 にっこりと微笑む彼女に任せて、エントランスに出迎えに行く後ろ姿を見送り、そのままサロンで待つことにした。

 暫くすると、執事が呼びにきて、ミュージックルームへ通される。



「こちらはスタンドール様よ。スタンドール様、こちらはマティアス様」



 そうして簡単に挨拶を交わし、ミュージックルームの大窓から見える景色を堪能しながら、お茶を楽しんだのだった。

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