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僕の可愛い婚約者の為ならば。  作者: ユウキ
幕間-マティアス編
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-1

 寄せては返す潮騒。


 独特な湿り気を帯びた風が頬を撫でて、遊ばせている前髪を優しく揺らしていく。

 風の行く先を視線で追うと、本国では見ない羽のような葉が放射状に生えている。

 ヤシ科の植物だと聞いたそれが、海辺近くの道に等間隔に並ぶ。


 馬車で東へ1週間、エルクォータ国沿の運河まで出て、そこから船で南へ一気に下り3日。


 着いた国は南国の大国イミルキアより東にある海辺の国。そこを始めとして、途中の国を色々見ながら自国へのルートを馬車で辿り、友好国ウズヴェリアを目指す予定だ。


 しかし、初めて国を出て見上げた空の心地良さに、いつもは顰めて作ってしまう眉間のシワは何処へやら。


 ツルーンでホワヮーン顔で、呆けてしまっている。


 本国の“友人”エリオットが付けてくれた侍女が、見かねて声をかけてくれるまで、開放的な空気に浸っていた。



「マティアス様、予定が詰まっておりますので、馬車からでも見てください」

「ああ、そうだな、えっと….?」

「セリでございます。この国での輸出入品リストはこちら、一般的な情勢はこちら、ひた隠しにされている情報がこちらです」


「…….。恐ろしいが助かる。読み込んでおく」

「ウズヴェリアまでの情報は現在収集中ですので、前日にはお届けできると報告がありました」

「ありがとう、エリオットの采配か。ったく、何手先まで用意しているんだあいつ」



 そう吐き捨てるように言うと、セリは宙を見て体の前に重ねられた手の指を折り曲げ始め、明るい金茶のような栗色の髪を高い位置で一つに括った髪がそれに合わせて揺れる。



「数えるな。言うな。怖くなるからやめろ」

「左様ですか?畏まりました」



 ペコリと頭を下げると、他の同行者の集団に紛れて行った。手配された馬車の確認に向かったのかもしれない。



 ****




「じゃ、お外に行ってくれば?」



 まるでちょっとそこまでお出かけしましょうと言う軽さで放たれた言葉に、ポカーンとしたのがつい1ヶ月前の話だ。


 俺を慮って、何ていう冗談を言うんだと思っていたのに、翌日から兄上の側近としての仕事が終わると、資料を片手にやってくるようになった。

 護衛、侍従、侍女….挙句には、伯父の侯爵への目眩しまでしやがった。


 最後に正式な外交に関する許可願いの書状をピラリと出して、口端を吊り上げて言うのだ。



「全部僕がやりましょうか?それとも最後はやって見ます?」



 今思い出すだけでもあの顔は腹が立つ。


 その書状を奪うように受け取り、勢いそのままに兄上の執務室に飛び込んだ。


 その後あれよあれよと言う間に許可が下り、出立準備が整い、今に至る。


 大事に育てられたと言っていい国の王子って、そんな簡単に出られるもんなの…?と半分夢気分で居て、船に乗って気分が夢心地に拍車がかかり、船酔いで現実に戻って、まさかの悪夢….?と思っていたら港に着いて冒頭のように呆けてしまったのだ。


 しかし、煩わしい相手がいないって素晴らしい。


 なんて言っている場合では無く。遊学ではあるが、外交の顔としての役割に奔走する。

 大陸共通語は難なく話せるが、その国での細かいしきたりやタブーには四苦八苦した。


 同行者は有能な者ばかりで、外交官の補佐として働いているという文官も、役職が付いていないなんて嘘だろ?と思うほどだった。



 ****



「いやぁ、平民ですし、まさか急に自分のような者が同行者に選ばれるとは思っていませんでした」



 と、今や気安く話せるようになった文官曰く、ある日王太子殿下の側近様が、仕事場に単身で乗り込んで来たのだという。



「この書類を作成したのは、貴方ですよね?」



 と目の前にかざされたのは、上司の名前が書かれた報告書だった。


 素直に言えずにモゴモゴしていると、まだ幼さの残る顔を皮肉げな笑みに歪めて言ったのだ。



「筆跡を鑑定済みです。それに細やかな情報を書かれた内容を、このサインだけした間抜けな上司に引っ掛けましたが、何一つまともに答えられませんでしたよ。

 あなた、経験がないなどと蔑まれているのですよね?では、1年行ってきてもらえますか?必要でしたらこちらで荷物を整えますが?」



 あまりの畳みかけっぷりに、「いや….あの、準備は….できます…」と呻くような声を漏らすので精一杯だったのだが、その言葉を了承と取り、夢だったのかと思う早さで居なくなったのだが、気がついたら馬車に乗っていたのだとか。



 ***


「わかる、わかるぞその気持ちっ!

 エリオットってそう言うやつなんだよー!」



 きっとお酒があったら肩を組んで呑みそうな勢いの、ある意味被害者の2人。

 しかし、誰も表情が暗くないのは、エリオットの采配に感謝している証拠でもあるのだろう。



「ははは、もう吹っ切れました。自分に回ってきたチャンスを最大限に活かせるように、機会をくださったマティアス殿下のお役に立てるように尽力いたします!」

「お、おう……助かる」



 今更「伯父という名の虫が煩くて」とは言い出せず、その目から放射されるキラキラが突き刺さり、シクシクと鳴く鳩尾を撫でながら、楽しい外交の旅は順調に進むのであった。

何処から番外編を書けばと迷っているうちに時間が経ってしまいました(汗


ランキング入り、ありがとうございます。

見てて変な汗が出てしまい、感激で涙目でした。


皆様の誤字脱字報告と感想、ブクマのおかげです。

ありがとうございます。

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