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時系列順にまとめられた簡易報告書の紙束を置いて、ジュリとエリスを仕事に戻らせた。
簡易報告書をローテーブルの上に広げて皆で覗き込んだ。
「あの数時間で尋問から簡易といえどもここまで纏めるとは、エリオットの持つ人材は流石だな」
「お褒めに与り恐縮です。有能ではあるのですが、癖が強いのでお勧めは致しません」
「そうね、距離を置いたところから眺めるので丁度いいですわね」
僕とニコラウスは思わず無言で頷いた。
……ニコラウス、首振りすぎじゃないかな。
「この時系列でいくと、9歳で何かしらの出会いが始まるのだな。だが………ニコラウスの部分と学園祭での事件以外思い当たる節はないな」
「あ、殿下、ここの”生徒会のお手伝いをする“は、生徒会室に乱入してきた時ではございませんか?」
「そうだな。そんな事もあったな」
ハリソン殿下とキャロリアーナ嬢は、悪意なく話しているのだろうが、ニコラウスの顔色はそろそろ後悔で土気色になりつつあるので、勘弁してあげて欲しいものだ。
「殿下方、その辺で。そもそも人物設定なるものが違っているのですから、進みようがありません。
まともな感性があるなら、入学式に遅れて一時中断するほどの大音量を立てて入ってくる女子生徒に好感を持つなんて、あり得ません」
「そうだな」
「ではこれは終わりということで。日も暮れましたが今日の残りの公務に戻りますよ」
「ああ。我が側近は、息つく暇も与えてはくれないか。仕方ない、キャロ、また明日学園で」
「ええ、殿下。御前失礼いたしますわ」
優雅に一礼して、キャロリアーナ嬢が退出すると、ニコラウスも退出する旨を告げる。
「殿下、詰所にて本日の確認に行って参りますので、私も一旦失礼いたします」
「ああ、そうだニコラウス」
立ち上がり礼をしたところで呼び止められたニコラウスは、顔を上げて続きを待った。
「帰りに身分証を受け取るように。以上だ。行って良い」
そのままの姿勢でポカーンと固まったニコラウス。
見かねて僕は立ち上がり、刈り上げてよく見えるようになった耳を引っ張った。
「側近候補から、側近に昇格だ。何か言葉は無いのか?」
「い、痛い!夢じゃ無いのですか?え…あ、あの、謹んで承り、今度こそ誠心誠意お力になれるようつ……つくしますっ!!」
あーあ、泣いてしまったよこの大型犬。これから詰所に行くのに…まぁ良いか。
「オースティン殿!ありがっっブフっ」
僕は煩く泣き喚く大型犬の顔に、ハンカチを真正面から押し付けて忠告を口にした。
「さぁ、今度こそ“誠心誠意”の意味を履き違えないようにしてください」
「は、はい!」
「あ、それと……今後は(同僚となったことですし)エリオットで良いですよ」
「オースティ…いえっエリオットどの゛ぉぉぉ〜っっっ」
「鬱陶しいっっっ!さっさと行け、駄犬がっ」
「は、はいぃぃぃ!失礼しますっ」
去っていくニコラウスを見送ると、執務机に移動してゆったりと座るハリソン殿下が、喉を鳴らして笑っているのに気づく。
「賑やかで良い」
「はぁ、まぁ賑やかではありますが。ようやく側近が2人ですか。あと最低でも1人は欲しいところなので、お考えください」
「一から考えるのは面倒だが仕方ない。考えておこう」
こうして、波乱の1日が終わったのであった。
***
そして数日後。
ヴォリシウス侯爵は、査問会の呼び出しに堂々と顔を出したのだが、今回使われた毒の元になった生物─猛毒の粘液を分泌する毒ガエルが、ご丁寧に売買契約書と共に見つかり、逃げられない証拠であったため認めざるを得なかった。
マティアス殿下の母方の実家での騒動のため、一連の事件は公表されずに侯爵が毒杯を賜ることが内々に決定した。
空位となったヴォリシウス侯爵は、伯爵位に落とし、人望厚いと定評のある親戚筋の壮年の男性が継承する事になった。
後ろ盾を無くした側妃は離宮に篭り、表に出ることは無くなると思われる。
マティアス殿下の母君の実家が、事実上無くなったことで第二王子派は鎮静化。マティアス殿下は晴れて柵がなくなり、自分の思う道に自由に羽ばたけるようになった。そこで第一歩として学園祭に来ていたウズヴェリアの彼女と正式に婚約が結ばれ、遠距離ながら国に帰った今もせっせと手紙や贈り物をしているそうだ。
そのマティアス殿下の婚約が成立した今、バルド殿下とプランティエ殿下の婚約も着々と進んでいる。ほぼ決定したと言って良いだろう。本当にスムーズに行って良かった。
問題があるとすれば、盛大に脚色された“ロイヤルラブロマンス”が小説になり、王宮で密かに回っていたことくらいだろうか。
トビーから報告を受けたときは、証拠隠滅にかかる労力を頭の中で天秤にかけて……放置する事にした。文章上は悪意が見られなかったからね。事実はどうあれ。うん。
学園祭ではアカデミーでの成果を持ち帰り、一部地域から試して上手くいけば徐々に広げようという貴族も多数現れたり、新しい素材や製品の大量購入契約の話も舞い込んだ。
ゆくゆくは専用の工場を作り、大きな雇用に繋がっていければと、ハリソン殿下はお考えのようだ。
そしてやっと落ち着いた今日、僕はウィンダリア伯爵邸の庭で3人でのお茶会に参加していた。
「これが言っていた報告書なのね?」
「簡易だけどね。時間をかけて書かせると面倒だからそこで止めさせたんだよ」
興味深そうに眺めるフランシーヌと、所々で「ウヘェ」と苦い顔をするチャールズ。
学園祭の毒事件の全容は、ほぼ秘密裏に処理されたので知られていないが、エミリー=クラスターの起こした騒動はもちろん広まっていた。
あの場でのフォローのおかげで、研究に否定的な考えを持った生徒が、ハリソン殿下に抗議を込めて騒ぎを起こした事となっている。
そして事実無根の毒騒ぎと、学園の品位を著しく下げた上、学園での素行も悪かった事もあり、表向きは退学処分となって去ったとされている。
フランシーヌとチャールズはその場にいなかったので、後日僕に詳細を尋ねてきた。
そこでヴォリシウス侯爵以外の部分を実際のところを含めて話したら、「簡易報告書を読みたい」と言われたのだった。
「私、このお話の中だと、Cクラスとなっていますわ。それにこのドリルのような髪……自分からやるのかしら?」
「さぁ、王家のお茶会でドリル頭の令嬢を何人か見かけたから、僕との関係が良好で無ければ何処かで試した可能性はあるのかもね?」
「そういえばエリオット、ドリルの髪の女の子に絡まれた事があったよね。
姉上の頭の先から爪先まで、エリオット好みに整えているから、今の関係では実現しないよな」
「婚約者の特権を余すところなく使うのは、当たり前だろう?この絹のような髪に焼きごてを当てて、わざわざ絡めて傷めてドリルを形成しなければならないのか、疑問しか湧かないね。
それにただでさえ美しいフランを、化粧で隠す必要がどこにあるというのかな?
あぁ、でも虫除けになるのか……?いや寄せてしまうか……」
ぶつぶつと考え出した僕に、フランシーヌとチャールズは苦笑する。フランシーヌは考え込む僕の頬に手を添えて、顔を向けさせると柔らかに微笑んだ。
「リオと仲良くできて私幸せよ」
「くぅっっっ!」
片手で顔を押さえて天を仰ぐ僕に、チャールズは呆れた声で選択肢を提示してくれた。
「ハンカチ?それとも脛を蹴る?」
「脛で……!くっっっ!痛みが染みる…」
チャールズの対処で鎮静化した僕は、お茶を飲んで一息ついてから口を開いた。
「まぁ何はともあれ、人間なんて些細なきっかけで姿も考えも変わるものだ。色んな要素が加味されれば、状況も変化する。それを人生かけて、現れるか分からない1本の道にすがろうなんて、まさに狂気の沙汰と言える」
「そりゃそうだね。俺のきっかけはエリオットが突っ込んで来たことか。あれは、きっといつまでも忘れないね」
「僕のきっかけはフランだ」
「あら、私もリオよ?ふふ、侯爵家の庭で顔を合わせた時ね。お父様の書斎にあった冒険物の小説を読んで、どうしても石投げをしてみたかったのよね。うちには池がないんですもの。今のリオがいなかったらなんて、想像もできないわ」
「怖いことを言うねフラン。僕もだよ。君のためならば、僕は何だってするし、何にだってなれるよ」
そうして僕は、隣に座る愛しい婚約者の髪を一筋掬い、口付けたのだった。
ーfinー
最後までお付き合いいただきありがとうございました!評価、ブックマーク、誤字報告に励まされてなんとかたどり着けました;
この最後の部分だけ大分考え込みました。
どうしてもお腹真っ黒な部分が染み出しちゃって。
エリオットの黒い言葉が脳裏を駆け巡っては消してを繰り返しました(´^`;)
最後くらい爽やかなエンドマークで終わりたかったんです(泣笑
稚拙な文章にお付き合いいただき、本当にありがとうございました!