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 招待客達は、顔を見合わせて「どうする?」とは口にせず相談しているようだった。


 先ほどの“妨害”は、“毒”が混入されたのではなく、改良を否定していて、改良したこと自体を“毒”と指していたのだろうか?そんな戸惑いを顔に浮かべている。


 皆この国の王太子殿下が口にした物に、難癖をつけるわけにもいかず迷っていると、招待した側の生徒が、毒について否定を口にする。



「この試食会の前に、皆でメニューを決めるために何度も試食したよ」

「毒だというなら僕らは?実際に生きてるよ?」

「どこにも害は無いけどなぁ?」



 招待客の身近な人物からの後押しがあり、やっとそれぞれメニューから注文を出し始めた。

 動き出した給仕係を見て、僕らはひとまず安堵の吐息を漏らした。


 先ほどよりは緩まったと言える雰囲気の中、僕はトビーを呼び寄せて指示を出す。



「アレを尋問する」



 トビーは小さく頷くと、直ぐに行動に移った。そしてハリソン殿下に近づき、話しかけた。



「どうしますか?一応は乗り越えたと思われますが」

「ここは静観だ。今ある物で証拠を固める」

「では、私は捕らえた者のところへ行きます。ニコラウス殿、この場は任せます」

「はいっ!お任せを」



 僕はニコラウスにこの場を任せると、そのまま食堂棟を出た。

 渡り廊下を行くと、レイが後を追って出てくる。近くに人がいない事を確認して、僕はレイに向き直った。



「レイ、あの女とはどこで?」



 僕のピリついた空気を感じ取ってか、いつに無い話し方で、レイは返事をした。



「いえ、全く知らない者です。潜入先で会ったという事も有りません」

「しかしあの女は“レイ”と確かに言っていた。では何処で?」

「見当もつきません」

「……チッ。ここで話しても見えるものはないな。行こう。尋問にはトビーだけか?」

「………ジュリが向かったと報告が……」

「急ぐぞっ」



 ****



 昨夜からの不審者は全て、教員棟の2階倉庫へ押し込めていた。


 僕とレイが倉庫へ向かうと、扉前に近衛騎士が立っていて厳重に監視されていた。近衛騎士は僕らに気づくと、軽く目礼をしたので、それに合わせて目礼を返す。


「入らせていただきます」



 扉を開け入ると、縛られて転がされている人が何人か見える。その中で椅子に固定されているのが2人。その前でトビーとジュリが立ち、何事かを言っているようだった。


 レイが僕の後から入ると、完全に扉を閉めた。

 トビーが僕らに振り向き、近づこうとする動きで椅子に固定されていた者達の視線がこちらに向いた。


 その中の1人、エミリー嬢は嬉しそうに顔を綻ばせて呼び掛けた。



「あぁ、助けに来てくれたのねレイ!待っていたわ!私よ?覚えているでしょ?」



 その瞬間部屋に居たトビー、ジュリらの鋭い視線がレイに突き刺さる。レイは、両手を胸の前でひらひらと振りながら、困った顔で弁明する。



「その疑いと、殺気の篭った目を向けないでよ。誤解だし、そんな子全然知らないし」

「うそよっ!だって私の事、見てたんでしょ?!」

「あのねぇ、崖っぷちだからって僕を巻き込まないでくれるぅ?大体いつ見たって言うのさ?」



 レイが表情を変えず、しかし底冷えする瞳でエミリー嬢を射抜く。



「下町で…私をつけたんでしょ?」



 エミリー嬢の言葉に、彼らの主人として、僕は事実だけを告げる。



「君とニコラウスの事で少々調査はさせたが、彼を君に付けさせた事はない。興味も湧かない平民の一生徒に監視など命じるはずもない。あくまでニコラウスといたからこそだ。それに何処で知った……?」

「え?ニコラウスとの事見られてたの?!ぃやだ、いつの間に?でも誤解なの、彼とはお友達なの!安心して?」



 僕は話の通じていないエミリー嬢に、眉を顰めてもう一度問いただす。



「もう一度聞く。ちゃんと答えないと、苦痛を伴う尋問に変わることを心しておけ」



 エミリー嬢はビクッと肩を跳ねさせ、木製の椅子の肘掛に縛られた手を握りしめた。


「何処で知った?彼は本名を仕事上では滅多に使わない。その名を何処で知ったのだ」

「えっっ」

「答えろ。何処で知った?」



 驚きから大きく見開いた目は、次の言葉でウロウロと左右に彷徨いだした。



「ぃや、だってそれは……」



 まだ言う気が起きないのかと、苛立ちが募るばかりの僕はジュリに「ペンチを」というと、ジュリは手にしていた黒い布でできた巻物状の道具入れを広げて、その中から鈍く光るペンチを取り出し、エミリー嬢の元へ近づいて立て膝をついた。



「なっっっ何?!」

「あらー、お綺麗な爪ですわね。勿体無いけど仕方ないわね?話さない方が悪いのですもの」



 ジュリは握り込んだエミリー嬢の掌を無理やりこじ開け、人差し指をガッチリ掴むと、爪にペンチを挟むところでエミリー嬢が叫び出した。



「やめっっやめてやめてやめてよー!言う、言うからさ、それやめて!!いやーー!」



 少し残念そうな顔をしたジュリは、特に引かず、そのままの態勢で止めた。



「ちゃんと言うならやらないかも?このまま話して」



 恐怖に顔を歪めたエミリー嬢は、荒唐無稽な事を口にしだした。



「こ、ここは乙女ゲームの世界なの!レイはそこに出て来るから知っていたの!レイが私を知るのは私が9歳の時、レイが孤児院にいた頃よ!」

「おとめ、ゲーム?孤児院の事も把握済みか。ますます厄介だ」

「え?!いや、私には前世の記憶があって、そこでココと同じ世界のゲーム……本があって…」



 ***



 僕は、あまりに支離滅裂な言い分を纏めて要約した。



「要するに、この世界を舞台にした、多重する脚本があり、読み手の選択次第で脚本の先が変わる…と言いたいのか?」

「大まかにはそうです。その中にはあなたも居て。けどちゃんと出会えなかったから失敗して…」


「ちゃんと?まぁ出会ったところで毛ほどの興味も湧かないけど。それで?その脚本で彼を知ったと?では一方的に知ったと言うのだな」

「そうよ。でも私が9歳の時に、落とし物を拾ってくれて、家まで届けてくれるはずで……!」


「孤児院から勝手に出ない子らが外での落とし物にどうやって気付くの?なぜわざわざ知りもしない子供の家に届けなければいけない?」

「そ、それは…落とした所を見て後をつけて…」

「その場で渡すだろう。普通は」



 僕が至極当たり前のことを言うと、エミリー嬢は頬を染めながらもじもじとして答えた。



「えっと…私が可愛くて一目惚れしちゃって声をかけられなかったから……じゃないかな」



 一瞬の間が開いた後、横から盛大に吹き出す音がした。ペンチを持ったままだったジュリは、吹き出して、お腹を抱えて笑い出した。



「すんごい妄想癖な上に、勘違い、その上ナルシストとかっっっっ!やめてよ〜ぅ!涙出ちゃうぅ!!」

「お、おいジュリ!」



 トビーが止めようとするが、ジュリは笑いが抑えられないのか、プルプルしていた。



「だ、だぁってっっ自分の進退極めるこの中でよ?『私、可愛い』ってっっっ!あり得なくない?!自意識過剰もすんごくない?!」



 いやまぁそうなんだけどと、どこか白けた空気が漂い始める。発言した本人は、顔を羞恥で赤くしながら俯き震えていた。



「だ…だって私はこの世界のヒロインなのよ!皆惚れるのよぉ!それが当たり前なの!!」

「ひぃぃやめてぇぇぇぇ!!来たよ『私ヒロイン!』」

「オースティン様も子供の頃に街で出会って、私に一目惚れするし!学園で再会して、私を溺愛する筈だったんだから!!」

「あり得ないな。お前の何処に惹かれるのか見当もつかない」

「えっと確か…私の無邪気な笑顔…で?」


「邪気しかないお前の笑顔が無邪気だと?寝言は大概にしろ。…チッ話が進まないっ。まぁレイと繋がりはないことが判っただけ良しとするか。

 では今日のことだが、貴様判っているのだろうな?

 皆が時間と労力を費やして用意した場を、滅茶苦茶にした事」

「えっでもあのスープには毒が…!」

「毒の混入はない。係もそれを確認した上で出している。貴様は国の貴族が多数集まる中で、王太子殿下が推進するアカデミーが生み出したものを、有りもしない毒騒ぎを起こして研究成果、ひいては王太子殿下を貶めた。

 平民の暮らしを真面目に考え、向き合う殿下を。平民のお前がだ」


「ぇ……あ………でも、シナリオで…あの侯爵に指示された毒味の人が運ぶ直前に毒を……!」



 エミリー嬢の言葉に、毒味役として確認を行う者に紛れていたレイは、はっきりと断言した。



「僕はそこにいたけど、誰も入れられる隙なんか無かったよ。検知薬にも反応がなかったしね」



 給仕役として紛れていたトビーも、毒がない事を確認し、事実を述べる。




「どこにも毒は無かった。そこにいる君が持っていたもの以外にはね」

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― 新着の感想 ―
エミリーが可哀想すぎて胸糞悪い
[気になる点] 爪を剥がしたら次は焼きゴテあたりを予定だったのかな…? ヒッ [一言] そろそろ特大の叙述トリックや伏線がドーン!と開示されそうな、そうでないような。
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