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遅れました!(汗
織布科のショーが終わり、観劇に行かなかった、およそ半分ほどの招待客を食堂棟に招き入れた。
貴賓席は2階で3年生の接客担当がもてなし、それ以外は1階の客席に順に埋まっていった。
全ての席が埋まると、食堂棟の入り口側に背を向け、客席に声を張ってハリソン殿下が声を発した。
「展示は如何だっただろうか?このアカデミーの成果は、皆に還元出来る様に国民で有れば誰にでも提供する。是非気になる展示が有れば、声を掛けてもらいたい。
そして今回その中でも改良された、野菜や小麦の安全性と、より美味しくなった味を実際に堪能していただくために、こうして試食会を用意した。この成果を舌でも是非味わって欲しい。料理をここへ!」
その号令で、毒味係が検分し終わった料理をハリソン殿下の元へ運ぶ。供される料理の中で、全ての素材が使われた、小麦と野菜のトマトスープだ。
温かな湯気が立ち昇る器に、給仕係の男子生徒がスプーンを付けようと慌てて寄ろうとするが、近衛騎士に制された。
カトラリーは殿下が既に持っているので、必要なかったのだ。
ハリソン殿下は置かれたスープに、持っていたスプーンを沈ませたが、一度止めてテーブルの上に用意しておいた白いナプキンでスプーンを軽く拭った。
「申し訳ない、カトラリーの汚れが気になったもので。失礼した」
少し戯けて言うと、周りの訝しむ空気が和らいだ。
もう一度スプーンを沈ませると具材と共に掬い、ゆっくりと持ち上げる。僕はそれを厨房側の、距離を少し置いた位置で見つめていた。
ゆっくりと持ち上げて口元へ運ばれるスプーンを、ハリソン殿下の口がゆっくりと開いて迎える。
中に入れようとした瞬間に、客席全ての視線が集まり
「 食べちゃダメーーーーーーーー!! 」
客席から女生徒が大声で叫んで立ち上がった。
その場にいた全員が、叫び声を上げた女生徒ーエミリー=クラスターに目を向ける。
周りを気にせず、ガタガタとテーブルにぶつかりながらハリソン殿下の元へ近寄ろうとしていた。
給仕役として一番近くにいたトビーが止めに入り、ハリソン殿下までの間に近衛が入る。ニコラウスがハリソン殿下を後ろ手に庇った。
僕は暗器に手をかけたまま、他から来るかもしれない敵に構えていたが、制圧されたエミリー=クラスター以外は来ないようだった。
厳しい顔をしたレイも、周りに警戒しながら厨房から客席側へ、視線を配りながら現れた。
ニコラウスが状況を判断して、「排除」と短く言うと、近衛騎士はエミリー=クラスターの腕を掴み、食堂棟から連れ出そうとするが、激しく抵抗して大声で見苦しく叫んでいた。
「 ダメなのー!毒なのよー!!あぁ、レイ!!!! 」
その瞬間、館内がザワリと浮き足立ち、不穏な雰囲気に包まれる。
「塞げ」
僕が鋭く言うと、近衛騎士はエミリー=クラスターの口を手で塞ぎ、二人がかりで連れ出す。
出入り口の扉が閉まると、「どういうことだ?」「害があるということか?」と誰もが不安を口にし、騒めき、暗く重い空気が立ち込めていた。
このままでは、これまで費やした時間が全て無駄になる。
僕は、置かれたままの料理に近寄ると、響かせるように声を発した。
「お静かにっ!何やら、心無い者の妨害が入りましたが、毒などという事実はありません!」
そのまま置かれていたカトラリーを手にして、思い切り掬い上げて口に入れ飲み込んだ。
「このように、私たちを含め、何度も安全性の実験や検査を経て、毒の可能性が無いか確認したものを公表しております。安心してお召し上がりください」
にっこりと笑みを向けるも、幾分おさまる程度だ。
その時、ハリソン殿下がニコラウスと共に傍に近づき、給仕役に扮したトビーから新たにカトラリーを受け取り、同じスープを口に運んだ。
注目が集まる中、ハリソン殿下は、はっきりとした声で発した。
「改良に否定的な者も一定数いるかと思うが、安全性は徹底的に確認している。停滞したままではより良い未来は望めない。より良い未来のために、この国の環境に適した種を試して貰えばと思う。まずは、味から試してくれ」
その言葉でようやく、暗く立ち込めていた暗雲が吹き飛んだ、そんな心地がしたのだった。