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 院長室に入ると、横並びに立った人の対面に、伯爵とフランシーヌと僕が並んで立った。

 視線だけで人を見回した伯爵は、咳払いをしてから言葉を発した。



「さて、手早く済ませよう。まず今回の件、気づかなかった私にも責はある。一からまた試行錯誤しながらやって行ってもらえればと思う。帳簿や仕入れに関しては、こちらから出来る者を常に1人か2人居る様にするつもりだ。そして職員としての人数はここに居る6人で回してくれ。人数の増減はその都度相談に乗るとする」



 集められた人の中にいた、恰幅の良い中年女性─マーサが声を上げた。



「あの、宜しいですか?」

「何かな?」

「伯爵家からの人員というのは、時と場合によって手伝いをお願いしても構わないのかい?」

「そうだね、構わない。それと…フランシーヌ」



 伯爵は視線を横にやり、並ぶ娘を促した。



「はい、お父様。皆さま、これから私ももう少し来るようにしますわ。今後この院でやりたい事、試したい事もたくさん有りますの。その時は是非協力してくださいまし。そしてマーサさん」

「はい、お嬢様」

「あなたに次の院長をお任せしたいのだけど」


「ええ!私が?!…ここに呼ばれたのはお手伝いの延長じゃないのかい?」

「あら?確かお呼びする時に、誰か書面を渡したと思ったのだけれど?」



 マーサは視線を泳がせて、申し訳なさそうに眉尻を下げて謝った。



「すまないねぇお嬢様、値段は分かるんだけどねぇ、字の方はあまり読めないんだよ。なんか『継続して手を貸してくれ』って言うんで、『子供たちのためなら良いさ』って答えて、母印を押したんだけど」



 バツが悪そうに笑うマーサを前に、どうしましょう?と困り顔のフランシーヌ。僕はフランシーヌの背をポンポンと優しく叩き、任せるようにと目配せした。



「マーサさん、子供たちのことお好きですか?」

「そりゃそうさね。自分には子供がいなかったから、皆どの子も可愛く見えるよ」

「子供たちと一緒に居たくありませんか?」

「そうだね。でも院長なんて柄じゃないよ」



 困ったねと笑うマーサさんをじっと見つめて、言葉を重ねる。



「院長と言っても、やる事なんて難しくありませんよ?毎日顔を見て慈しみ、時には正して、笑顔で居られるようにする。それだけですから。帳簿は伯爵家の方が暫く管理しますし、後任が見つかればその人が引き継ぐはずです。たまにはおかしく無かったかチェックしてくれたらそれで上々。親になりたい人が現れたら徹底的に見定める。あとは子供たちと遊ぶなり料理するなり自由ですよ」


「そんなことで良いのかい?でも他に適任が居るんじゃ無いのかい??」



 そう言うと不安げに周りを見回すマーサ。僕は不安を押し除ける様にやや強く言った。



「子供たちの食事ですぐに気づいた貴女だからこそですよ。ね?フランシーヌ」



 実際食事も酷いものだった。戦争中でも無いのに芋と豆ばかりだった。院長に直談判したのはマーサだけだったというのも、フランシーヌが評価した点だった。



「そうですわ。子供たちはみんなあなたの事を好きと言っていたわ。怖い院長に言ってくれたって。それに私もマーサさんのことが気に入りましたし。ね?良いですわよね?」

「あ…ありがたいことです、私なんかに務まるか分かりませんが精一杯やってみるよ」



 やりましたわ!と喜ぶフランシーヌの横で、血判付契約書もあるし、なし崩しで働いてもらって気づけば院長になっていました。的なルートを考えていた伯爵は、そうと思わせない社交用笑顔で口を開いた。



「マーサさんの夫は庭師と聞いたのだが、今はどこかの専属で契約されているのかな?」

「それが今のところは何処にも。一時期足を痛めてからその日その日で呼ばれるくらいですよ」

「それなら丁度いい。ここで庭師を出来ないか訊いてほしいのだがどうだろうか?」


「え!夫までお世話に?!良いんですか?」

「もちろん。是非お願いするよ。人手も足りない事だし」



 夫婦揃って囲う事で、人手も増えて家の事に気を取られる事もなくなるのか…勉強になります。と僕は内心伯爵へ称賛の拍手を送ったのだった。

お父様、やり手だけあって黒いですが娘の前では素敵ダディです。

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