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「──以上です。他になければ本日は解散」
学園祭の会議が終わり、皆が会議室から散っていく中、1人の女生徒に声をかけられた。
メイアン=ブロウズ嬢、ニコラウスの婚約者だ。
「何かございましたか?ブロウズ嬢」
「いや、あの……お聞きしたい事が……」
そう言うとブロウズ嬢は、ハリソン殿下と話しているニコラウスを横目でチラッと見た。
ああ、そう言うことかと気づいた僕は、ブロウズ嬢を伴って廊下に出た。
「アレは……ニコラウスで間違い無いのよね?」
やはりそう感じますか。
僕は何と言うべきかを考えて、答えが遅れてしまった。
「やはり似た別人と言うこと?!」
「落ち着いてください。一緒です、本人ですよ。ただちょっと人生観が変わった…と言いますか。目標を定めたと言いますか……」
「本人……。いえ、良いのだけれど、余りにも態度が違ったものだから」
「何かありましたか?」
失礼な態度を取ったのなら、調きょ……ではなく鍛えたものとして制裁するのもやぶさかでは無い。
そう思って聞いたのだが………
「教室前で、土下座されたわ」
「…………え?」
「『今までの非道な振る舞い、謝罪しても許されることは無いと存じておりますが、謝罪させてください!』って土下座されたわ」
いや、許可もらう前に土下座しちゃったんですか……。マテが出来ない駄犬めっ!
「エスコートを申し出たり、荷物を持とうとしたり。余りの変化に気味が悪くて……」
「まぁ早い話が引いてしまったと」
「そうね」
とは言っても、治し方なんて知らないしなぁ。と言うか病気でも無いのか。うーむ。
やはり遠い目になる僕は、ブロウズ嬢に慣れてもらうべく提案した。
「前学期までの彼は、死んだものと思ってください。今の彼が本物です。やっと現実を見て、必死で這い上がろうとしているのです。認められる日も近いですので、彼を助けてはいただけませんか?」
「オースティン様……ニコラウス様のことをそこまで…」
あれ?擁護し過ぎたかな?あぁ、ハリソン殿下の側近として、ニコラウスを擁護したとか思われたのかな?まぁいいか。
「以前の事を許せないならそれでも良いです。ただ、これからの彼も評価してあげてください」
「…そうね。わかったわ。今まで以上に厳しく見守らせてもらうわ。…それに、今の方が前よりは好ましく感じるもの」
「そ…………そうですか?」
ふふっと軽やかに微笑むブロウズ嬢の笑顔から黒いものを感じるのは、きっと気のせいに違いない。
「ま、まぁ、程々が宜しいのではないでしょうか……ね?」
「ふふ、ではオースティン様、また」
話が終わったとばかりに踵を返して、心なしか軽やかに去っていくブロウズ嬢。
きっと良い方向に進んでいるのだと信じて、僕は未来のプロバースド家夫婦像を頭の中から振り払った。
今考えるべきは、もうすぐ始まる学園祭だ。
進捗は順調。前倒し出来ているところもある。各生徒への招待状も本日配送済み。
後は学園祭を待つばかりだ。
気になるのはイレギュラー要素であるウズヴェリアのバルド殿下、久々に登校したプランティエ殿下、そして親玉の動きだな。
さぁ、いっそ楽しもうじゃないか。
僕がフランシーヌとの時間を僅かに削ってまで費やしたこの催事を、揺るがすつもりなら、それが誰であろうと……
「 許さないよ? 」