87
長い休暇期間が明けました。
本日より朝からフランシーヌと、ついでにチャールズを迎えに行き、一緒に登校だ。
本当にこの時間が無ければとっくの昔に、卒業資格を取っているのだろうなとしみじみ思う。
「おはようフラン。久しぶりに見る制服を纏う姿も、可憐だね。あぁ、僕が贈った口紅?この優しい色はやはり最高に似合うね」
「おはようリオ。もう気づきましたの?貴方が贈ってくれるものは、いつだって素敵で、大好きですわ。ありがとう」
そう言って僕の腕にするりと手を絡ませて頬寄せるフランシーヌに、僕は何度気絶しかけたらいいのだろうかと思っていると、後ろからチャールズの野暮な声がかかる。
「はいはぃ、大好きなのは分かりましたから、行きましょう」
「仕方がない、行こうフラン」
それでも馬車の中で、学園祭で発表する、完成間近の服やドレスの話で興奮するフランシーヌを愛でられるので良しとした。
***
基本科目の出席が必要な授業を受けた後は、生徒会室に行き準備に向けての作業をこなした。
暫くすると、ハリソン殿下が入室してきた。
「エリオット、おはよう。もう来ていたのか」
「おはようございます。学園祭も近いですからね。どうします?何から聞きたいですか?」
ハリソン殿下は生徒会長席に深く座ると、優雅にその長い足を組む。
「厄介事から聞こう」
「では」
僕は自席の上に置いておいた書類を持ち、生徒会長席の前に立つと、報告を始めた。
「案の定第2王子派の下っ端が、妨害工作を企みまして……全て失敗させておきました。余りにせせこましいので、動き回る羽虫の枕元に警告を置きましたところ、現在は引きこ……沈黙しております。
やはりと言いますか、親玉が相当苛立ちを募らせており、特殊な商人を呼び寄せて話をしていたという情報が入りました」
「特殊とは?」
「貴族向けのペットを扱う商人だそうです」
「ペット……人ではないだろうな」
「ええ、人は扱っておりません。間違い無く人以外ですが……」
言葉を少し濁しただけで聡いハリソン殿下は、眉間にシワを寄せて答えにたどり着く。
「そうか。毒か。飽きないな」
「あれからどうでしょう?効果のほどは」
「検知薬、素晴らしいな。遅効性の毒すら検知できるとは。安心して手をつけられるのは心が休まる」
「お労しい。量産を依頼しましたので、どんどんお使いください。ですが念のための毒味役は置いてくださいね」
「そうだな。ありがとう」
「今のところ、厄介どころの最新情報はこれくらいですね」
僕は厄介どころの報告書をハリソン殿下に渡した。ハリソン殿下は、チラリと流し読むと、呆れたようなため息を溢してから、机に伏せて置いた。
気分を切り替えるように息を吸い込むと、口角を上げて、次の報告を促した。
「マティアス殿下、想いが成就いたしまして、正式な婚約契約書を取り交わす直前まで纏めて戻られました。後は国同士での話し合いですが、双方にとって益しかないのでほぼ決まりですね。気がかりといえば親玉の動きが影響しないか……だけですか。ま、陛下が出張れば終わる話ですので、そこまで心配はしておりませんが」
「そうだな。私からも陛下に話をしておこう」
「次はプランティエ殿下ですが、最近様子が変わられたと専らの噂です。ぼんやりとしておいでだとか。こっそり勉強し始めているとか。学園祭では護衛と侍女を伴って来る予定です」
「クククっお前の侍女の事は聞いておるぞ。バルド殿が『バカは嫌い』と言っていたとか吹き込んだりしたらしいな」
「それだけではありませんよ。誉め殺しながら、今までの服装を根本から貶して、邪魔をする連中は出入り禁止にしているとか」
「それはすごい。そのような事が出来るのか?」
眉を上げて興味深そうに目を輝かせるハリソン殿下。正式な手続きを踏まれてしまえば、嫌でも会わないとは言えない時もあるものだ。
だがしかし……
「褒められた事ではございませんよ?
ズボンの縫製された糸を上手く切って、時間差で尻が破けるようにしたり、登城した令嬢に気まずげに『機嫌の悪い姫さまが似たドレスをお召しでございまして……』と囁いてみたり」
「ククっそれは良いな!両方居た堪れず早急に帰るしか選択肢があるまいっ」
おかしそうに口元を隠して笑うハリソン殿下。
「余りに続くのでおかしいと言い出した男は、『サイズをお直し致しましょうか?』と提案したり……可愛い程度に留めながら引っ掻き回しておりますので、ご容赦ください」
「よい、クククっサイズ直しとな。暗に太ったと言うたか。アレの周りは見目ばかり気にする者が多い。もう暫くは出て来られないだろうな」
「そうでしょうね。思春期ですし、トラウマにならなければよいのですが」
「そうだな」
あとの報告は学園祭関連となるので、実行委員を含めた全員が揃った時に擦り合わせようと言う話で終わったのだった。