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西門から入り、あまり人が通らない通路を通って、無事部屋までたどり着くと、僕らは一仕事終えた様な達成感に包まれたが、そんな場合じゃなかった。
用意した客室のリビングに置かれた、重厚な革張りのソファに腰かけたバルド殿下の前に立ち、紹介やらをしていく。
「こちらで用意した護衛は、出迎えに出た者以外に8名ほどおります。交代しながら昼夜問わず、常時側におりますのでご安心ください。出かける際は必ずお連れください。簡単に出入りできない場所がございますので。
それと、こちらが専属侍女のジュリと、エリス。滞在中は身の回りの世話を致しますので、何なりとお申し付けください」
護衛は丁寧な礼を取ると、壁際に控え、場所を入れ替わる様にワゴンを押して2人が進み出てきた。
優雅にカーテシーを息ぴったりに披露し顔を上げる。ジュリは押してきたワゴンの上からティーポットを傾けて、カップに注ぐと、静かにバルド殿下の前にそっと置いた。
カップからはふわりと香りと共に湯気が立ち上り、適温であることを知らせていた。
他の挨拶をしている内に、計算して用意しておいたのだろう。さすがだと思った。
「本日の御予定は、王妃殿下とハリソン王太子殿下とご一緒に晩餐、その後お時間をとり、ご歓談のみとなっております。何かご希望の事はございますか?」
僕がそう尋ねると、部屋を見渡してから後方に視線をやり、考える様に口を曲げていた。
「そうだなぁ。んーー……特に無い。この国の人に会えるんだったらそれで良いや」
「畏まりました。部屋に色々と用意いたしましたので、ご自由にお使いください。
もし、出過ぎた真似とお考えでしたら先にお詫び申し上げます。
我々はこれで下がります。ごゆっくりお寛ぎください」
僕とニコラウスはゆっくり頭を下げると、そのまま下がったのだった。
***
扉が閉まり、室内にはバルド殿下、ジュリとエリス、扉側に護衛が1人となった。
静かになった室内で、ポツリとバルド殿下が零す。
「そういやなんで出迎「バルド殿下、宜しければお着替えなさいませんか?」」
「ええ、外出着のままですし、色々用意してございます。ぜひ御覧くださいませ!」
「ゆったりリラックスなら、こちらがお勧めですわ!」
「気分を変えて、キリッと優雅に!こちらなんて如何でしょう?」
「「お似合いになりますわ〜ぁ!」」
「お、おう、ありがとう。んじゃおすすめの方で。ども」
ジュリとエリスの強引なヨイショにも悪く思わず、寧ろ「まぁいいか」と楽しむのであった。
****
客室を出た僕とニコラウスは、並んで歩きながらハリソン殿下の執務室を目指していた。
隣を歩くニコラウスから、気まずげに声をかけられた。
「あの、オースティン殿……あれは良いのでしょうか?」
「あれとは?」
「あの、さっきのは侯爵家の特殊なもの…でしょう?」
「ですね。それが?」
「他国の王族に何もしないとは思うのですが………なにぶん不安を感じると言うか……」
僕はニコラウスの居心地の悪そうな、不安げな顔を見ながら暫し歩いてから口を開いた。
「貴殿の時の様にハニートラップは(恐らく)致しませんのでご安心ください?」
「ぬぁぁぁぁぁぁ!知っていたのですか?!」
ニコラウスが頭を抱えて立ち止まってしまったので、僕もついでに止まっておく。
「当たり前でしょう。我が屋敷で起こった事は残さず知っておかなければ。報告書で余すところなく、お聞きしておりますよ?」
またも「ぬぉぉ!」と叫び、まさに四つん這い状態になりつつあるニコラウスの肩にポンっと手を置いて、労る様に優しい声をかけた。
「私も報告書で知った後には、あの2人にお話し致しました。ちゃんと知れたからこそ、取れた手段だと思いませんか?報告書って大事ですね」
「え?あ、そうですね?報告…大事です?」
あれ?そんな話だったか?みたいな顔をしたニコラウスに、「さぁ、立ちましょう」と手を貸して立たせた。
「オースティン殿がお説教してくださったのなら、安心ですね」
「ええ、有意義なアドバイスができました。ありがとうございます。さぁ、ボヤボヤしていられません。まずはお忙しい殿下に案内完了のご報告を」
「そうですね!行きましょう!オースティン殿!!」
そうして復活したニコラウスは、僕と共に足早に執務室へ向かうのだった。