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お互い剣を立てると、見合って踏み込む間を窺っていた。
一瞬後にはニコラウスから切り込み、相手の剣と交差する。素早く体の反対側へ肘を上げる様に剣を返すと、相手の懐に突き刺す体勢になり、押し込むかと思いきや相手が瞬時に後方へ勢い良く下がり、間合いを取る。
また切り込んで剣で押さえられ、交差したまま上へ跳ね上げると、頭上でお互いの剣が軽快な音を鳴らし光を反射しながら舞う。
また切り結び、今度は力で抑え合っている為か、お互いの腕は胸前まで曲げて剣越しで睨み合っていた。
ギリギリという金属が鈍く擦れ合う音がし、見ている側にも力が入り、歓声が「抑えろー!」「押し負けるなー!」と入り出した。
ややあって一瞬の隙をついて相手が腕ごと上に跳ね上げたと同時に、剣を鋭く返してニコラウスの肩の装備に一撃を入れた。
「そこまでっ!!」
団長の声に緊迫していた空気は霧散し、観客からは「おぉ!」と歓声が上がる。
ニコラウスは、相手と握手して礼をとっていた。
負けたが清々しい顔で戻ってきたニコラウスは、興奮のまま「いやぁ、素晴らしい技術だった!」と感想を吐いていた。
「我が息子が、ここまでやるとは思わなかった。成長したな」
そう言って目元を緩める団長は、父親の顔をしていた……が、
「よし、久々に稽古を付けてやるか。見てたやつ、かかってこい!!」
ニコラウスの打ち合いに触発された様で、そう口にした団長は肩から掛けていた団長服を打ち合い済みの騎士に投げやり、余っていた模造剣を片手に豪快に振り回していた。
「父上、完全に遊びに火がついてますね」
ニコラウスは団長の斬り合い始めた姿を見て、ウンウンと頷いていたが、何を納得しているんだと半目になってしまったのは言うまでもない。
丁度第一と第二候補がいる様なので、日除のある通路まで一緒に下がり、終わるまで鍛錬や騎士団の日常について話を聞くことにした。
小一時間もすると、スッキリとした、それでいて汚れ一つついていない団長が戻り、後ろには燃え尽きた団員たちが転がっていた。
その時、建物の方向から走り寄ってきた人物が、団長を見つけると、「だんちょーう!ここに居たんですかー!」と大声で呼び、同じ後方の光景を目にして、一瞬のうちに鬼の様な顔に変わって突進し始める。
恐らく予定を無視した行動をしたのであろう団長は「見つかってしまったか!」と言い、反省の色もない様子でカラカラと笑っていた。
***
騎士団訓練所からの去り際、僕は団長に呼び止められた。ニコラウスは何か察してか、「では先に行っております」と一礼して退出していった。
応接セットのソファに勧められて腰を落ち着かせると、正面にどっかりと大股で座った団長は、フーッと息を吐くと、ゆっくり話し始めた。
「個人的な話ですが、あれの事、お手数をお掛けした。ありがとう」
ガバリと頭を下げた団長は、頭をあげて父親としての言葉を続けた。
「あれも才能は有るのだが、調子に乗って驕ってしまった。あのまま行けば弟の才に妬み出して歪む事も考えられたので、才ある人材が揃う側近候補に上がれば、現実を見るかと思っていたのだが………」
「いえ、私はただ(痛い)現実を(抉る様に)見せて、本人の意思を確認したまでです。彼の今の姿勢は彼の選択した結果であり、掴みたい未来があるためです」
「そうですか……そうですな。
それにしても、アレが帰ってきた時はびっくりしましたぞ!あの拘ってた髪型もサッパリしてしまって、空いた時間は何をするでもなかった奴が、戦略について質問攻めにしてくる。なかなか愉快に変わって、私は感謝しておりますよ!」
「そう言っていただければ此方としても、(諜報員の皆が)一緒に鍛錬しがいがあったというものです」
「一緒にと?それはそれはっ、また貴殿とも打ち合いをしたいものですな!」
「またいつか、お時間がありましたら」
僕は笑みを崩さず、貴族的に遠回しな断りを入れておいたが、伝わったどうかは定かではない。