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ハリソン殿下の執務室を後にして、何となく大型犬を見てから出ようと考えた。
騎士団詰所は何箇所かあるのだが、今いる場所から近い、王族居住区側の詰所に向かった。
王城内を歩いていると、面した窓から王族居住区の庭が見えてきた。
王族居住区は、城の一角に纏まっていて、階ごとに居住する人も分けられている。
その周りが、王族のみ入ることができる庭である。
その庭の見える景色に、詰所も近いなと考えていると、詰所の入り口が見えた。
少し開いたドアの前に立っていた騎士に、身分証を提示しながら声をかける。
「おはようございます。ハリソン殿下側近のエリオット=オースティンです。こちらにニコラウス=プロバースド殿は来られていないでしょうか?」
丁寧な対応で身分証を確認した騎士は、礼をとってから答えてくれた。
「はい、1時間ほど前に来られて、今は団長と話しておられます」
「な…るほど。……。つかぬ事をお伺いいたしますが、団長とは、騎士団団長でニコラウス殿の父上でらっしゃる?あの?」
恐る恐る尋ねると、騎士はキョトンとした顔で、「そうですよ?」と事もなげに答える。
くっっ、ちょっとした飼い主心を出したのが悪かったのか……!?いや待て、飼い主じゃない。
違う違うと混乱しても仕方なく、俯き加減だった顔を上げ、入室の許可を取ってもらった。
程なくして中に招き入れられた僕は、部屋の奥、窓側に置かれた横長の机に座った壮年の男性と、その横に立って、こちらに輝く目を向けるニコラウスに近づいていった。
「オースティン殿、今日はもうお帰りでしょうか?もしかして、私の様子を見にきてくれたのですか?!」
放たれるキラキラ光線が地味に刺さるようで、目が痛いが、とりあえず挨拶すべく口を開いた。
「お久しぶりです、騎士団長様。お仕事中、お邪魔して申し訳ございません」
「いえ、オースティン殿。よく来てくれた。これも仕事のうちなので問題ない。良かったら座ってくれ」
ニコラウスは座らないようで、書類を持ったまま立っていた。なので、団長の勧めを固辞してそのまま進捗を尋ねた。
「どうでしょう?決められそうですか?」
そういうと、2人は難しい顔をして机の上の騎士団名簿を見つめる。先に口を開いたのはニコラウスだ。
「実力を知っておきたいので、見学しに行きたいとお願いしていたところなのです」
「ニコラウスは、俺の選んだ者では信用できんというのか?」
「そうではないのですっ!やはり人聞きの強さより実際に知る方がと思いまして」
「─ とまぁ、この様に意見の相違がありまして」
苦笑いするも、騎士団長はどこか楽しげだ。親子の語らいの一環だろうか。
「では、騎士団長様の選んだ方は第一候補に。そして騎士団の訓練を見学してみて、気になる人を第二候補に上げていきましょう。そして何人かと手合わせでもしてみては?」
「ああ、成程。それは良いですね。団長、如何でしょうか?」
ちゃんと仕事と認識して呼び方も変えている所に、飼い主として……いや違う。が、感心する。
「ああ、構わない。見学は明日でも宜しいかな?」
「はい。勿論です。よろしくお願いします!」
そう元気よく返事をしたニコラウスに、感じ入る様に肯く騎士団団長。
ちゃんと親子の情が見えて、微笑ましく思っていると、「一緒に見に来られますか?」と尋ねられたので、明日の予定を考えてから「よろしくお願いします」と答えた。
「オースティン殿が来られるなら心強いです!」
と嬉し気に吠える大型犬に乾いた笑いを返して、詰所から退出した。
馬車止めに向かうべく歩いていると、騒がしい集団が一般公開されている庭園の噴水にいるのが見える。
色とりどりの日傘をさして、扇子を広げて笑い声をあげている。
僕はハリソン殿下の、『静かにお茶でも…』と言う言葉が脳裏に蘇り、やっぱり無理でしたかとしみじみ思う。
その真ん中に居る、プランティエ殿下の周りより一層豪奢な格好に、残念なため息が溢れる。
なぜわざわざ一般公開区域の庭でやるのか。そして明るい場所では、悪趣味に映る豪奢なドレス。これを国民が見たら何と思うか………
忠言しても、聞く耳があるかもわからない。下手に絡まれたくもないので、見つからない様に窓側から離れて廊下を進むのであった。