75
※後半レイ視点入ります
ニコラウスが退出して、部屋の扉が閉められた事を確認してから、僕は続けた。
「それでですね、問題は敵対派閥の動きなのですが……」
「そうだな……」
「本当にしつこいですわ。王太子宣下もなされましたのに、往生際が悪過ぎます」
「だいぶ求心力は減ってはいるがな」
「ええ、後は目が眩んだままのお方に、キチンと分を弁えていただければ。ずっとボロが出ないかと窺っているのですが、流石と言いますか。今のところ全く掴ませませんね」
「エリオット様が言うと、どこまで把握されているかが気になりますわ」
「知りたいですか?」
「え………遠慮するわっ」
残念と肩を竦めて見せると、ハリソン殿下が僕へ問いかけた。
「あちら方はどう動くと思う?」
「そうですね、精鋭に守られ、防刃布で防がれている今、有るとしたら事故に見せかけるか、毒物による暗殺かと」
「そうだな。そうなると……学園祭を狙うか」
「はい、徹底してお守りいたします」
「クク………お前が言うと心強いな。頼んだ」
不穏な会話をする横で、顔を不安そうに曇らせたキャロリアーナ嬢が、ハリソン殿下の腕にそっと手を添えていた。
僕は一先ずするべき報告が終わったので、礼をとって退出する旨を告げた。
廊下に出ると、専属執事が近くに待機していたので、10分くらいしてからお茶の準備をとだけ指示しておいた。
***
そして遂に、実現して欲しくない知らせを耳にしたのは、休暇期間も残すところ2週間といった日の昼下がりだった。
燦々と輝く陽に照らされた、気持ちの良い景色の見える窓を背に、僕はウィズリーへ問いただす様に尋ねた。
「本人で間違い無いのか?」
「ええ、燃えるような赤髪を惜しげもなく晒していらっしゃった様ですので、間違いようもなく……」
「消えたという話は聞いていたが……まさかトビーの言う通り山道を通り抜けて、国境に着くとは…」
僕は長椅子に腰掛けると、横倒しになってクッションに顔を埋めた。
「せめて学園祭が終わってから、来てくれればいいものを〜!」
苛立った気持ちを溜息と共に吐き出し、ガバッと身を起こすと、そのまま服の乱れを簡単に整えながら指示を出すことにした。
「トビーとレイは今どの辺?」
「ヴォリシウス家の分家の調査に、その方面におりますので、すぐに向かわせれば半日とかからず合流できるかと」
「ああ、よかった。じゃ、トビーにつかせて、レイに偶然出会わせよう。レイには商家の息子のような衣装を着せて。えぇっと、山側から来るなら、6号館が都合がいいな。空いているはずだよね?」
「はい、2日ほど、休暇含めて閉めておりました」
「ああ、じゃ別日に振り替えてあげて。すまないがすぐに整えて、レイの貸し切りとしてもてなしを装わせて。あと誰か早馬を用意して。王宮へ手紙を出す」
「はっ」
ウィズリーは僕の指示を受けると、直ぐに部屋を出ていった。
僕は机に向かって手紙を出して、サラサラと要点を書き、明日に連れて行けるように整える旨だけ書き、封をすると使用人に持たせた。
ハリソン殿下は渋い顔をするのだろうなと想像してこめかみを揉んだのだった。
***レイ視点***
夕方、主様の指示で僕とトビーはすぐに調査から引き上げ、身支度を素早く済ませると、近くの街まで馬を走らせた。
国境を守る関所を目指していると、聞き覚えのある声に呼びかけられる。
「トビー、レイもこっちこっち!」
同じ孤児院出身の、主様より1つか2つ若い男の子は、焦げ茶色の跳ねた髪をそのままに、こちらに手を振っていた。
「来てくれてありがとう。いやぁ、主様には一応と監視で置かれたけど、やってくるとは驚きだよー」
長くなりそうな前置きを、トビーは容赦なく本題へ切り替えさせた。
「それで、対象はまだ関所か?」
「それが、確認するまで待つように言われたはずなんだけど、どうやら強引に突破したらしくって。今は兵がくっついて回っているよ」
呆れた状況に、僕もトビーも、頭痛を感じたかのように眉根を寄せた。
「そりゃぁ強引に手もかけらん無いし、門兵さんも大変だぁ。さっさと合流しに行くかな〜。今はどの辺?」
「それが、お腹空いたとかで、そこの食堂に入ろうとして揉めてるんだよ」
「あはは、仕方ないねぇ〜。騒ぎが大きくなる前に行くね〜。君は監視終了でホームに戻るようにって主様が。ご褒美くれるんじゃ無い?よかったねぇ〜」
そうかな?と撫でられた頭を照れ臭そうに整えながら、身支度のためか去っていった。
僕は早速トビーと分かれて、赤髪の貴人を探しにいった。
その人はすぐに見つかり、食堂の前で門兵と対立して揉めていて、周りに人だかりができていた。
「だから金もあるんだから、いいだろう?!何故お前らに止められなきゃならんのだ!」
「ですから、まだ確認も取れて無いうちに勝手に動かれては困るんですよっ。何かあったら責任問題になるからっ!」
「責任など追及しないっ!自分の金で飯を食いたいだけなんだよ!」
真っ赤な髪を真ん中で分けて、緩くカールした髪はガシガシと頭を掻く動作で乱れ、薄いまぶたから覗く焦げ茶色の瞳には苛立ちを募らせて、高く優美な鼻にはシワを寄せ、上唇が少し厚めの整った唇は不快げに歪んでいた。
僕は苦笑しながらゆっくりと近づき、門兵の横から食堂へ入る直前に、パッとその赤髪の貴人に目を向けると、相手と目が合った。
一瞬顰められた眉に気付かないふりをして、僕は声をかけた。
「あれ〜〜、もしかして、バルド様じゃ無いですか〜〜?」
急に横入りした僕に、門兵らはギョッとして僕に目を向け、赤髪の貴人、ウズヴェリア国の国王の庶子第3王子バルド殿下は、はっきりと訝しさを表した顔で、返答をした。
「誰だお前は。何故俺を知っている?」
「あー、貴方付き女官のマリーシャって覚えてます?あの子と親しくしている友人なんですー」
「マリーシャの?」
「昨日お手紙が来て、彼女が途方に暮れてる様子だったから、気になってたんだよねぇ。まさか目の前に、原因のご本人が居るなんて、世の中わからないもんだねぇ」
「で、では、この方は間違い無いのでしょうか?」
おずおずと横から尋ねる門兵に、僕は笑顔で答える。
「間違い無いと思うよぉ〜。ところでこんな出入り口で何してるのぉ?」
「こいつらが俺を入らせないように、邪魔してるだけだ」
僕はぐるっと周りを見渡して、ニッコリ笑顔を振りまくと、いいことを思い付いたかのように手を打った。
「んーーじゃぁさ、僕が今貸し切っている館が近いからそこにおいでよ、ご飯も寝床もあるし。どうかなー?門兵さんもお仕事中だし、誰か1人一緒について来れば、その間に確認も待機もしやすいでしょー?」
「それは助かるが良いのか?」
門兵も、それなら処罰されないかと安堵し、提案を受け入れた。
「バルド様もあんまり目立つと良く無いんじゃ無いですかぁ?無理にとは言いませんけど〜。僕の方は急に増えても問題無いので来ませんか〜?」
「ふん、まぁ食べられるならどこでも良いけど」
「ふっふっふ〜、すっごい良いシェフが居るので、期待できますよー。さぁ塞いじゃってても、お店に迷惑ですよー行きましょー」
軽くパンっと手を叩いて誘導して行ったのだった。