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王都の中流階級の人々が多く居を構える地区にて。
大通りに面した3階建ての庭付きの屋敷は、昔とある伯爵が愛人に与えた屋敷だったとか。
いつもは客を迎え入れる様に開いていた門が、その日は珍しく固く閉じていて、通りからは中の様子は窺えそうになかった。
そこの2階の広間にいつの間にか集まった面々は、大きな円卓の前に着き、各々小さな小瓶や紙包みを置き、静かに始まりを待っていた。
僕は空いていた椅子に着くと、持ってきた紙袋から茶色く色付けされた瓶を取り出して、円卓の上へ置く。周りを見渡すと、皆僕が持ってきた物に興味深そうに視線を注いでいた。
そしてやっと開催を告げるべく僕は口を開いた。
「皆、短期間でこれだけの量を集めてくれてありがとう。教授が作ってくれた検知薬がこれだ。早速だけど、やってみよう。白い小皿をここへ」
そう言うと、壁際にいた使用人が小皿を持ち、僕の前へ並べてくれた。
「最初は誰にしよう?」
そう言って始まった、毒検知薬の調査会。
その部屋の窓は全て閉め切り、分厚いカーテンを閉め、円卓の周りだけを照らしていると、とっても怪しげだ。
しかも途中から皆腰を浮かして、じっくり見るためにだんだん寄ってくる。
だが、誰も注意するものはなく、その検知薬の反応に「おお!」やら「これなら?!」と興奮気味だ。
途中誰かが「調理中に入れられた毒では反応するのかな?」と言ったので、小さな小鍋を使い、3種類料理を急遽用意してからかけてみたり……と盛り上が(って良いのか?)った。
***
「えーっと、結果として反応は大変素晴らしい。致死性の高い毒ほど瞬時に黒くなり、薄めた睡眠薬や痺れ薬にもぼんやりとだが必ず反応する。とても使える検知薬と証明された。問題は、公の場での確認方法だが……」
「はいはーい!検知薬を染み込ませた布を使うとかはどうですかー?」
「レイ、それは良いな。試してみよう」
僕は壁際の使用人に目を向けると、心得た様に頷いて、壁際に置かれていたワゴンの籠から真新しく綺麗に折り畳まれたナプキンを数枚持ってきてくれた。
4つ折りにしたナプキンの真ん中に、薬液を垂らして毒が含まれている料理を少量とって載せる。
すると、料理の周りが黒ずんでいった。
「うん、分かりやすくて良いな。白く小さめの布を常時用意させよう」
「主様、飲み物はどうします?」
「うーーん、出す前なら同じように、検知薬を含ませた布や小皿に垂らせば良いけどね」
「もう検知薬を飲む覚悟で数滴垂らすしか無いですかね」
そう言って難しい顔をしたトビーは続ける。
「一番厄介なのは色が黒に近い様な、赤ワインでしょうか。数滴垂らしても分かりづらそうです」
「そうだね…布に含ませれば、色も分かりやすいんだけど」
その後も頭を寄せ合って唸ってみたが、これと言って良い案は出なかった。最悪の場合、飲み物を口に少量含み、布に出すのはどうかというレイの意見を採用することにした。
***
翌日僕は、検知薬を1瓶とその結果を持ってハリソン殿下にお持ちすることにした。
ハリソン殿下の執務室に入ると、その日はキャロリアーナ嬢とニコラウスが先に来ていた。
応接ソファに座るハリソン殿下にひとまず挨拶を済ませると、目を爛々と輝かせているニコラウスを他所に、扇子でこっち来なと呼ばれたキャロリアーナ嬢に近寄った。僕が近づくと、扇子を広げて顔半分隠した彼女は小声で話し始めた。
「ちょっと、エリオット様。あれは何ですの?暑苦しさが異常ですわよっ」
「ああ、あれ(大型犬)ですか?あれは……そう、生まれ変わったのです。長い目で見てやってください。使えるはずですので」
遠い目をしたキャロリアーナ嬢から静かに離れ、隣に座るハリソン殿下にキャロリアーナ嬢とニコラウス以外の人払いをお願いした。
サッと人払いを指示して他に人がいなくなった室内で、僕は応接ソファの前に据えられたローテーブルに紙袋を置き、中から検知薬の入った瓶を取り出して説明をした。
持ってきた実験結果をハリソン殿下に渡すと、興味深そうに内容に目を通していた。
読み終わると、僕は資料を受け取り、ニコラウスへも促して読ませた。
「この通り、効果を上げることで毒検知薬の性能がさらに高まり、とても使える薬となりましたので、ご報告をと」
「うむ、素晴らしい。これがあれば、毒味役がそれで命を落とす事もなくなるのか」
「はい、最近頻度が増えているとも伺いました。しかし、一部信頼できる者以外には秘匿すべきかと」
「そうだな」
「あの……念のため伺っても良いでしょうか?」
資料から顔を上げたニコラウスがおずおずと声をかけた。
「なんだ」
「秘匿するのは、敵側に油断させるためですよね。知られないためには、使用しているところを制限する必要が出るかと」
成長したニコラウスの発言に、周りは目を丸くして見つめる。あれかな「まともな事を言っている」と言ったところか。分かるが。
「そうですね、よくお気づきで。王宮での方法を考えて、提出してください。出来ますね?ニコラウス殿」
「はい!やってみます!!」
そう言うや否や、執務室を後にしたニコラウスを目を丸くしたまま見送ったキャロリアーナ嬢とハリソン殿下であった。
現場をチェックしにいった大型犬は、きっと隅々迄(匂い)チェックをするかと...