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すみません、週初めから連れまわされて疲れて寝落ちしました(泣
仕事を終えて自邸に戻り、もう慣れたように大型犬の出迎えを受けた。
髪を極短かくツンツンとさせた頭は、駆け寄る姿と相まって一層暑苦し…修行だ。修行と思おう。
そのままにしていても鬱陶しいことこの上ないので、監視を含めた警護を題材に、警護プランを考えるように言い、紙束を渡した。
嬉しそうに持っていく姿も、これまた犬っぽい…と思ってしまったのは致し方のない事だろう。
すれ違いに屋敷の奥から早歩きで寄ってくるウィズリーを見て、僕は言葉をかけた。
「ウィズリー、変わったことは無かった?」
「それが、ヴォリシウス家が不穏な言動を溢していると」
「そうか。そっちには二人ほど居るんだったね。必要なら増員も考える。そう伝えて」
「畏まりました」
「いっそ病にでもかかって頂きたいが、まだ様子見かな〜」
急ぎ連絡を取るべく、側を離れていくウィズリー。それを見送って自室に足を向けるとトビーがそのまま追従する。
何か言いたいことでもあるのだろうか。
黙ったまま自室まで到着すると、トビーも中に入り、扉を閉める。
僕は上着を脱いで首元を飾っていたタイを緩めると、長椅子に腰掛けて聞いた。
「どうかした?」
トビーは目を伏せ、言いにくそうにしていた。切り出す言葉を悩んでいるのか、ただでさえ下がり気味の眉が、一層下がって見えた。
「あの、聞いておこうと思って。主様は、組織として立ち上げはしましたが、調査や潜入での情報収集以外お命じにならない。………今後はどうなのかなと」
僕は思わぬ質問に、呆けてしまった。
「え?何?ヤりたいの?」
「いえっ、しかしご命令ならばと……」
「はぁ。潜入をやらせている事自体も褒められたことじゃないんだけど、いち早く把握するには仕方ないとは思っている。それで防げた事もたくさんあったからね。君たちには、いつも本当に感謝しているよ」
「あ、いえ、お役に立てているならそれで」
「んー。何というか、君達は僕の一領民で、しかも今や欠かせない部下だ。そんな大事な僕の“モノ”にそんな事を強要しないし、求めもしないよ。ま、最悪の場合、危険にならないように動けなくしては欲しいけどね?後はやりたい人に任せればいいんだよ。
なんせこう見えて、僕もまだ未成年なんだし?」
「……そう、でしたね」
情けなく下がった眉のまま、声を抑えながら笑うトビーの悩みが消えたようで何よりだ。
それにしても「そうでしたね」とは何事か。
僕は今年13歳だ。成人まで3年もあるんだぞ。
「何はともあれ、君もニコも安心して僕に力を貸してくれ」
「はっ。もちろんです」
どこか晴れやかな顔になったトビーを見て、僕も安心する。
今や諜報組織の実力者であるトビーに、嫌な誤解をされなくて何よりだ。
もし仮にそんな事をしようものなら、僕は胸を張ってフランシーヌの隣に立てるのか?
トビーに告げた事も本心だけど、フランシーヌに言えないような事もしたくない。そう思うからこそ甘いと言われようと、絶対に選びたくない選択肢だった。
「じゃ早速。ウズヴェリアの彼は、どのルートで来ると思う?そして彼はプランティエ殿下を気に入るかな?」
「ルートですか…わざわざ遠回りして来そうな予感もします。何せ、気分屋でらっしゃいましたから。
女性には…どうでしょうか?調査期間中は興味を持った方は居なかったと思います」
確かに、潜入を指示してから噂に上がって、王宮に連れてこられてから、実際に見たのは1ヶ月未満だったかと思うと、仕方ない話かと諦めることにした。
「まぁ期間も短かったし、仕方ないよね。じゃ、下がっていいよ。例の客室の天井裏から補強する件、よろしく」
僕がそういうと、トビーは一礼して下がる。トビーが部屋を出る際に、入れ替わるように入ってきたウィズリーが扉が閉まるのを確認してから、「珍しいですね」と呟いた。
「そうだね。組織の先行きの確認かな。ちょっと不安にさせたみたいだ」
「先行きですか?」
「いつか人を“消す”事は、仕事になるのかってね」
「…………」
ジッと見てくるウィズリーに、僕はため息を吐いてから口を開いた。
「あのねぇ、まだ13歳の子供にそんな物騒な事聞かないでくれるかな?そういう労力のいる作業は僕らじゃなくて、やりたい人に丸投げするのが一番良いんだよ」
虚を突かれたように、きょとんとするウィズリーに僕はまたも失礼なやつだなと呆れたのだった。
***
さっきウィズリーが言っていた情報。
今までもあの家に傾倒する家にも監視を置き、事が起きる前に失敗させてきた。それもあって実にならないと感じた小物は徐々に離れていき、ヴォリシウス家の勢力は以前ほどは大きくない。
そのヴォリシウス家が不穏な言葉を吐くなら、焦りから周りの残っている小物が意を汲んで勝手に暴走する可能性もある。
残っている小物にも今一度探りを入れて、計画を崩していくとして。ヴォリシウス家が直接動けば手っ取り早いが、流石になかなか動かない。
仕方ないかな。監視だけは怠らないようにしよう。
でも、手をこまねく気はないので、手元でおもちゃを与えて遊ばせている諜報員に、お願いしに行こうかな。