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 伯爵の対応は、とても迅速だった。


 その日のうちに子供たちから聞き取りを行い、証言を纏めた。翌日には孤児院へ人を遣い、職員全員を尋問。明らかに関わっていない者は解放し、一時的な封鎖により有給休暇を伝えて解散させる。

 そして少し老朽化していた事もあり、これを機に全面的に改装する事を決定した。


 ただ修繕するのではなく、使う側の意見を取り入れて改装しようとなり、改装を請け負う職人1名とフランシーヌとマーサ、子供たちの世話を真面目にしていた職員2名を交えて話し合うことになった。

 そこへ僕も良い経験になるかと思い、話し合いに参加させてもらった。


 伯爵家にはちょっとした会議ができる談話室があり、そこで職人が引いた図面を広げて説明をしてくれた。



「──それでこれが現在の大まかな図面になっています」



 入り口から玄関ホール、展示スペースがあって廊下に続く。左側は採光の窓と眺望を考えて小さめの庭。T字路になっていて曲がると、面談室や職員用の作業用の部屋、当直用の部屋があって、突き当たりに院長室。廊下を曲がらず進めば炊事場や食堂、遊技場、子供の寝室、遊技場からは運動用の庭園がある。

 皆で眺めてから僕は徐に口を開いた。



「なんだか大人と子供のスペースが隔絶されていますね」

「はい、一般の貴族様の建物を元にして作られていますので」

「これは仕事をする上で問題はないのかな?」



 そう言って孤児院の職員に促すと、おずおずと話し出した。



「ええ、とても不便です。子供たちからどうしても目が離れてしまいますし。気がついた時には…と言うことが多々ありまして」

「そうですよね。改装ってどのくらいの自由が利きますか?」

「伯爵様からは自由にと。ただあまり変更が大規模になると閉鎖期間が延びてしまいますので、注意が必要ですね」


「フランシーヌはどう思う?」

「そうですわね、子供たちの部屋に灯りがなくても明るくて、子供たちからもお仕事中の大人の姿が見えると嬉しいですわ」


「姿が?」

「私でさえお父様やお母様の姿が見えると、どこか安心しますわ。親のいない子供たちが安心できるようにできればと思いますの。それに私、新しいことも試したいのですわ」


「そうか…新しいことって?」

「文字や数字を教えたいのです。今回の事だって、他に文字を書く事が出来る子や大人が居たら、報告できる手段も増えていたかもしれないと…」

「確かにね。ふむ…じゃぁこんなのはどうかな?」



 僕が提案したのは遊戯室を真ん中に、広くとった開放的な空間。何処へ行くにも遊戯室から見えるようにした配置。壁を出来る限り取り払い、壁に開口部をつけるようにした。



「部屋の中に窓ですか?」

「窓というか穴だね。何も嵌めない。声も通すし姿を確認しやすい」


「そうですね、これなら余計なものを取っ払って整えるだけですし、工期も短く済むと思います」

「後ですが、洗濯場と台所はどうしましょうか?」


「食堂と厨房との間も開口部を。お店のようにカウンターのようにしてしまえば、料理を運びやすいですよね」

「あ、それは良いねぇ。いつか子達と一緒に楽しくおやつや料理を作ったりして、食べてる笑顔をいつでも見られたらと思ってたんだよ」



 と言うのはマーサ。確かに現状ドアを挟んでいるので、厨房からは全く様子が食堂や子供達の状態は伝わらない状態だった。



「あの、可能でしたら洗濯を干す場所に、雨除け用の簡単な屋根を付けることって出来ませんか?子供たちの洗濯物って結構多くて、急な雨でもびしょ濡れにならないようなものがあれば、とても有難いのですが」



 職員達もおずおずと意見を出し始める。

 洗濯物か。考えもしなかったな。職人は図面を睨み顎髭をさすりながら考え込んでいるようだった。



「出来れば雨の日でも干せれば嬉しいですが、こればっかりは湿気もありますしね」

「いや、えーっと…炊事場の横の倉庫を洗濯場に変えましょう。窓を出来るだけつけて陽が入るようにして…厨房の窯の熱で隣の部屋も暑くなるので、いつでも干せると思いますよ。倉庫は逆隣の部屋を使いましょう」

「ほんとですか!すごい!!助かります!」



 感動しきりの職員の横で、成程と納得していた僕は、熱源を最大限に利用できないか聞いてみた。



「その窯の熱を利用して、お湯は作れるのかな?」

「お湯ですか?炊事場の水場から管を引いて窯のところに這わせればなんとかなるかと思いますが」

「管は作らせる必要が出ますね…」

「ええっと、炊事場と倉庫は端にあるので、改装後管が出来次第取り付けでどうでしょう?」


「あ、そうか。それは良いですね。これでお湯を使って洗濯もできるし、大きめの桶があれば子供達が遊んで汚れてもお風呂に入れやすくなりますよね」

「わぁ!それは本当に助かります!」


「じゃぁ洗濯場は水を流しやすくして…と。こんな感じでどうでしょうか?」

「とてもいいと思う。フランシーヌはどう?」

「いいと思いますわ!では費用などを早急に纏めて持ってきていただけるかしら?」

「はい、大凡ですが2週間程度でどうにかなると思いますが、伯爵様へ予算書と図面を今日中にお届けしましょう」



***



 職人は言った通り、その日の夕方には図面と予算書を持って伯爵家へ訪れていた。


 執務室に通された職人は、伯爵が座る対面のソファに勧められて腰掛けると、予算書を渡した。

 予算書を一見して伯爵は眉を上げて感想を漏らした。



「思ったより安いな。あまり作り替えないのか?」

「それはこちらを御覧ください」



 職人はそう言うと、持ってきた図面を広げて説明をした。



「外観の補修は塗装と気になる部分の補修だけで済みそうです。内装では不要な壁を取り払って必要な柱などは残して、壁に窓のない穴のような開口部を作ります。取って整えるだけなのでそこまで工期も費用もかからないかと」


「成程。中央に大きく遊戯室を据えたのだな」

「問題は倉庫を改装して、洗濯場にする事ですね。ここは建物の外周に当たるので最後の仕組みを作るくらいは改装後に少しお邪魔するくらい出来ますので、工期には入れていません。それで少し費用がかかりました」


「いや、それでもこれで済むなら問題はない。正直に言うと、娘が張り切って全て作り替えるのではとも思っていたからね」

「実は私もどんな事を言われるかとヒヤヒヤしていたんですが。子供たちが早く帰れる事を気にしていたようで、坊ちゃんが案を出してくださったんですよ」


「ほう、これをあの子が」



 職人は話し合っている時に出た、熱を利用してお湯を作るのもエリオットのアイデアだと伝えた。



「いやぁ、なかなか面白い事を考えなさる」

「ふぅん。…確かに面白い子だね。それじゃ早速それで進めてくれ。頼んだよ」

「ありがとうございます。出来るだけ最短で終わらせます」



 職人が退出した後、執事が場を片付け、主人に声をかけた。



「エリオット様はなかなか面白くなりそうですね。ようございました」

「娘に骨抜きで、親に従順なだけの子と思っていた割にはな。しかし…デレデレデレデレするのは気にくわん。まだまだ娘はやれんなっ」

「左様でございますか」



 やれないではなく、やらないんだろうなぁと将来のエリオットに掛かるであろう苦労を思い、少し気の毒になる執事であった。

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