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僕は登城する際に連れてきた、従者の格好をさせたトビーを近くの部屋に待機させてもらうようにお願いしていた。
いつもの仕事を済ませてハリソン殿下の部屋を出た後、トビーを呼んでもらい、ハリソン殿下から聞いた客室候補の部屋の下見に行くことにした。
ゆっくりと周りを眺めながら先導されていると、斜め後ろを歩くトビーから、カチカチという音が聞こえてきた。
先導する騎士に聞こえないように、トビーはカフスボタンをカチカチと、指で弾いて鳴らした音で話し始めた。
『この城を堂々と歩く日が来るとは、夢にも思いませんでした』
僕は苦笑して、懐に入れていた万年筆を取り出した。後ろ手に万年筆を握り、蓋を弾いて音を鳴らし、僕も会話をした。
『彼が来るまでに、もう一度調査に入ってもらうかも。潜り込めそうな場所とか、一応把握しておきたい』
『了解』
カチカチと鳴らしているうちに着いたそこは、王族居住区から最も離れている場所だった。あからさま過ぎるかなと少し考えたが、遠い事で防げることもあるかと納得した。
警備の配置を考えながら中に入ると、少し手狭だが寝室とリビングが分かれており、家具も大きく重厚な物が使われていた。
一人で滞在する分には十分と言えた。
着いてきた騎士には部屋の前で待機してもらい、扉を完全に閉めてから、トビーに下見を任せる。
僕は入って正面に見える窓にかかっているカーテンを開き、景色を確認した。
王宮の広々とした芝生が広がり、窓近くには大きな木は植えられていない。
寝室側にも入り、伝って下りれそうな木は無いかなと確認して振り返ると、トビーは薄く迫り出した腰壁に、器用に足をかけて天井の状態をチェックしていた。
僕は改めて素晴らしい身体能力に感嘆する。
「本当に凄いなトビー」
声をかけると、僕に視線を向けた後に音もなく着地したトビーは、部屋を見回しながら意見を述べた。
「無理に押せば開きそうな箇所があったので、裏から開かないよう補強したら良いかと。シャンデリアは鎖を太めなものに変えて、出来るだけ天井近くに。そこさえ出来ればここで良いかと」
「補強はお願いできる?まさか王宮の使用人に“屋根裏に行け”と言うわけにいかないしね?」
「そうですね」
クスリと笑った身軽なトビーをまじまじと観察して、僕はその容姿に感心する。
細身で中背、ニコと同じ栗色の長めに揃えた髪。細くやや垂れ気味の目の上にある、下がった形の眉。通った鼻筋に大きいが薄い唇。
街に居れば埋没してしまいそうな容姿なのに、目の前にいるトビーはとても存在感があるように感じる。
「ほんと、髪型一つで変わるもんだね」
昨日の聞き取りの時には自然に流した髪も、今日は横を綺麗に後ろへ撫でつけ、前髪を遊ばせていた。
髪型のせいかなと考えていたところ、トビーから言葉が返ってきた。
「お褒めいただき?ありがとうございます。服装のおかげもあるんですけど。それにしてもこれ、汚しちゃわないかヒヤヒヤします」
戯けて上着のラペルを摘むトビーに、僕は苦笑した。
「慣れておいて。それあげるから」
「え!困る!」
「これから機会が増えるかもだしね」
「レイの方が適任じゃないですか?」
「色んなところから恋文貰っちゃうくらい印象に残っちゃうのも考えものだよ。場合によっては頼むと思うけど」
それは主様見てればわかりますと、心中で呟くトビーは、苦さを含んだ笑みで「ああー。わかりました」と返事をしたのだった。




