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自邸で皆が集めてくれた情報を整理していた時だった。
書かれた内容を何度見ても、文面が変わるはずもなく。報告者に話を聞こうと、ウィズリーにその人物を呼んでもらった。
「レイ、いつも有難う。助かっているよ」
「いえ、お役に立てたなら自分は満足ですよぉ〜」
レイは数年前にウズヴェリア国や、最近ではプロバースド伯爵家にも調査に行ってもらった。
「それで、この情報の信憑性は?」
「あー、それびっくりですよね。元は専属の侍女からの恋文なんだけど、本人がそう言ってたっぽいのでー。僕としても彼が言い出したら、単身でもやるんじゃないかなぁって」
「止める者は居ないのか?」
「あー……ねー?下手にすばしっこくって。手に余って放置していた間に、抜け道とか見つけちゃったみたいでさー。隙を突いて気がついたら……なーんて?」
「そんなに収まっていられない方なのか?」
「そうだねー。トビーでも油断できないって言っていたしね。無理じゃないかなー?」
予想以上の人物像に嫌な予感しかしないが、それならそれで、いっそ実現してしまった時の対処を考えた方が早いかもしれない。
それには人となりを知っているレイやトビーが必要だと判断した僕は、トビーも呼び寄せる事にした。
***
そんなトビーの第一声は
「あれが来るんですか?!」
だった。
「まぁ、座ってよ」と応接室に通した僕は、ウィズリー、レイ、トビーをソファに座らせ、問題の恋文をローテーブルに置いた。
「そうみたいなんだ。すぐにっていう訳じゃないと思うんだけど。単身で突っ込んで来られても、此方が困るのは目に見えているし。
殿下には明日情報を渡すとしても、どんな人物か知れたらと思って呼んだんだ」
トビーは徐にテーブルに置かれた手紙を手にして、内容を素早く読み、唇が音を出さずに「マジか」と動く。
読み終わった手紙を元の位置に戻すと、両手で頭を抱える様に抑え、深いため息をついた。
僕は益々気が重くなる思いを抑えて、トビーに促した。
「彼の母は、ウズヴェリアの王城で働く下級侍女と聞いています。どんな切っ掛けかは分かりませんが、国王に手をつけられたのですが、その頃王妃も妊娠中で。元々気の強い王妃は激怒し、秘密裏に処理を命じたそうです。
で、そこを命辛々助かったが貧民街に身を隠しているうちに、妊娠が発覚した…というのがあらましですね」
「よく見つからなかったものだね」
「場所が貧民街だったからかと。しかし容貌が……」
「国王そっくりだそうだね。その上ウズヴェリアでは、王家に近しい者ほど鮮やかな赤髪を持つという。
綺麗な赤髪は、貧民街で目立っただろうな」
「お陰で王族とは思えない、大胆で俊敏で…」
「トビー、目が遠くなっているぞ」
ハッとしたトビーは、小さく頭を振って意識を話に戻した。
「王宮に滞在するなら、隠し通路やバルコニーのない部屋をお勧めします。装飾は丈夫で大きめで重い物を」
「そ、そんなになのか。プランティエ殿下と会わせて、影響の少ない要職にもと考えていたのだけど、考え直したほうが良いのかな?」
「下手に利用されない様に、手を回せればそれで良いかと。権力欲がないことが救いですね」
「出荷条件を細かく厳しくするのも、一緒に提案してみよう」
厄介この上なさそうな組み合わせになりそうで、ため息しか出ない聞き取りを終えて、トビーとレイにはしばらく王都に居るよう指示を出しておいた。
***
翌日早速ハリソン殿下に話をした。
眉間にシワを作って、肘掛に置いた肘を支えに立てた片手で額を押さえてしまった。
ややあってハリソン殿下は、重い口を開いた。
「情報源はさておき、その厄介そうな人物が来ると?単身で?」
「そうですね。下手に持っている権力でどこまで突破できるか見当もつきませんが。身分証を持って、それこそ服の装飾を売って路銀にしそうだという情報も…」
「はぁ……………」
「今のうちにプランティエ殿下から遠い位置にある、隠し通路が無く、天井も強固、かつバルコニーはないが、見晴らしのいい部屋を、念のため準備させましょう」
「そうだな。エリオット、来るとしたらいつになると思う?」
「非常に言いにくいのですが、旅程も考えて…学園祭辺りじゃないかと」
ハリソン殿下自身も予測したのか、目を閉じてしまった。
「できる事を今のうちにやってしまいましょう。ハリソン殿下は王城の隠し通路、全てを網羅しているとか。向いている客室はありますか?
あと、動じない使用人も必要ですよね。こちらで用意するので、期間を限定した身分証の発行依頼書を用意します。王宮側の手続きをお願いします」
「わかった。そうしよう」
ゲンナリしたハリソン殿下に、元はと言えば自分が提案したことが発端なので、同情心が湧き出てくる。
償いの意味を込めて、僕はハリソン殿下にお知らせした。
「後で、キャロリアーナ嬢ともお会いになるのですよね?午前の予定の後とお聞きしたので、行き先から小さい品物を殿下にお持ちいただくようにお願いしておきました。お2人で確認して、十分に補充しておいてくださいね」
「ん?わかった。受け取っておこう」
「中身は見てのお楽しみで」と告げて、準備のために執務室を後にした。
ーー▼おまけ▼ーー
その日ハリソン殿下とお茶会をしにきたキャロリアーナ嬢は、昨日急にエリオットから依頼されて、午前中に行った先で受け取った紙袋を渡した。
お茶を出し終わった専属執事は、横目でそれを確認した後一礼して、静かにほかの使用人と共に下がっていった。
いつにない扉の閉まる音がして、扉に顔を向けたキャロリアーナ嬢は、あれ?と目を瞬かせた。
紙袋の中身を見たハリソン殿下は、瞠目した後に目を細めてそれを嬉し気に取り出し、目を瞬かせて扉を振り返っていた、向かいのソファーに座るキャロリアーナ嬢の側へ静かに寄る。
キャロリアーナ嬢は背後の扉から視線をハリソン殿下に戻すべく、顔と体を正面に向けると、果たしてそこは無人だった。
またもあれ?と驚いたキャロリアーナ嬢。左側極近くに立つハリソン殿下に驚きつつも、横へピッタリと座られた。
これまたあれあれ?お茶会は?と思っていると、ハリソン殿下の両手が自身の頭に何かをかけたのがわかった。そしてふわっとした布が耳や頬にかかった感触に戸惑っていると、目の前のハリソン殿下は、極上の笑みを浮かべてキャロリアーナ嬢の背に手を回していた。
「やはりこれもすごく似合うな」
「で、でんか?!」
「2人の時はハリーでと」
「は…ハリー様、これ何ですの?!」
「例のお針子に頼んでいたウサギ耳のカチューシャだ」
「こっこんな物いつの間に?!!」
「震える様が益々可愛らしいね。おいで、キャロ」
「ちょっっ待ってくださいましー!!」
…キャロリアーナ嬢の愛ある受難は、今始まったばかり。