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休暇期間に入り、ほぼ入学前の生活に戻ったと言える。
── 暑苦しい大型犬が増えた以外は。
休暇期間に入った僕の生活は、朝に新聞を確認し、元侯爵家孤児院にいた子達の手紙の確認。ウィズリーとの情報すり合わせと指示出し…と諸々し終わってから、持ち帰っていたハリソン殿下からの“課題”の報告書を持って登城。時間があったらフランシーヌへ手土産を用意してお伺いする。時々代理として母とお茶会や夜会へ、顔繋ぎに出席する。
5日も過ぎれば勘も戻って、余裕さえ生まれてくるものだ。
昨日と同じように僕はハリソン殿下の執務室に入り、報告書を渡して、朝儀に上がった議題について話し合ったりしていた。
「まぁ、そんなところだ。ところでエリオット。弄っている最中とは思うが、アレの経過はどうだ?」
ハリソン殿下の言葉に、僕は遠い目をしてしまうのを止められなかった。
「ご心配なく。(見た目は)順調です」
「ふぅん?使いものになりそうか?」
「(性格に目をつぶれば)使えるようになりますよ」
「………そうか。お前が言うなら“問題なく”仕上げるのだな」
「……能力に問題はありません。なんとか矯正する様に努力中とだけ」
思わず寄ってしまった眉根を、指でグリグリと揉み解すと、長い吐息が口から流れ出た。
***
ニコラウス改造計画だが、能力は順調以上の速度で上がってはいたものの、熱血っぷりが加速して止まらない。
ある日、思わず駆け寄ってきたニコラウスに「暑苦しい」と溢れてしまった本音に、下手に取り繕って言ってしまった。
「いえ、髪が伸びましたねと。鬱陶しければ整えさせましょうか?」
「ああ、髪ですか。元々横と後ろ以外は長めにしていたので。確かに伸びたと感じるな。それじゃぁ…」
そういうと、近くにいたお仕着せを着た諜報員に「暗器持ってます?ちょっと貸してください」と、借り受け、隠れた刃部分を剥き出しにすると、徐に長く伸びた赤銅色した髪をグイッと掴んでザックザックと切り出したのである。
「な……!ニコラウス殿!?」
「これでヨシ!サッパリしました!」
止めるためにあげた中途半端な手の行き場がなく、宙を彷徨く。
「いやぁ、邪魔だ邪魔だとは思っていたので、爽快だな!」
半開きになった口をきゅっと閉じて、僕は諦観の境地に至り、使えればいいか使えれば。と気持ちを切り替える事にしたのだった。
***
面白そうに眺めるハリソン殿下もきっとニコラウスが戻れば、同じ様に遠い目になるのだろうかと想像して、心中で謝罪した。
あまり突っ込まれても言葉にしにくいので、気になっていた事に強引に話題を持って行った。
「プランティエ殿下は如何ですか?纏まりそうですか?」
「互いに調整中だ。ただ、彼方側が直接見たいとわがままを言っている」
面倒な事だと、今度はハリソン殿下の眉根が寄る。
「そうですか。どこかでお見合いでもさせるのですか?会ったら最後な気もしますが…」
「うむ。同意見だ」
これまたお互い渋い顔で、ため息をつく。
「市井でお育ちなので、考えもそっち寄りなのでしょうか。国家間のやりとりや、その為の婚姻には考えが及ばない…と」
「そうかもしれんな。何かいい案があれば持ってきてくれ」
「畏まりました」
そう言うと、僕は一礼して執務室を後にした。
頭の上でニコラウスとプランティエ殿下、ウズヴェリア国の人物がフワフワと浮かんでは纏わり付く様で、王宮の回廊を歩きながら、頭の上をブンブンと険しい顔で払ってしまったのだった。