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ニコラウスを拉致し、矯正訓練期間に入った日。
僕はその足でいつも通り伯爵家に向かって、フランシーヌ達を拾ってから学園に向かった。
学園では、これから1週間の授業で、試験に出題された応用問題の解説を行ったりする。
そして明日には採点結果の順位が、各学年ごとに張り出されることになる。
基本科目の授業を聞き、他は特に必要を感じなかったので、出来る限り学園祭の下準備に励んだ。
予算書などの資料を持って生徒会室に入ると、室内にはキャロリアーナ嬢がいた。
「ご機嫌よう、キャロリアーナ嬢。お一人ですか?誰かが来るまで1人騎士を入れておきましょう」
「エリオット様、ご機嫌よう。お気遣いありがとう。もうすぐ殿下も来られると思うわ」
僕は開いている扉から廊下へ顔を出して、1人入室するようにお願いした。
自席に座ると、持ってきた資料に目を通して、学園祭費用一覧に書き込み、金額や数量のおかしなところがないかを確認して行く。
黙々と作業をする中で、キャロリアーナ嬢が思い出した様に話し出す。
「…そういえば、今日ニコラウス様がお休みなんですって。警護担当の近衛騎士様も、見ていないって言ってたわ。病気にでも罹ったのかしら?」
「そうですね、(ある意味)病気じゃないですか?」
「休んだと聞いたことがなかったから、驚いたわ。彼も病気に罹ることがあるのね」
言葉に潜まされた嫌味に気づかないフリをして、「そのようですね」とだけ無難に返しておいた。
暫くすると、ハリソン殿下が入室してきた。席に着くと、チラッとニコラウスの席を見て、僕に視線を合わせると微笑んで声をかけた。
「問題なかったようだな」
「はい、滞りなく(ニコラウスの再教育に突入しました)」
「そうか。楽しみだ」
短く言葉を交わしていると、キャロリアーナ嬢が小首を傾げて頭に疑問符を乱舞させていた。
あまり突っ込まれて、見学しに来られても面倒なので、話題をすり替えようかな。
「殿下、本日はいつも通り昼食後に王城へ行かれますか?」
「うむ、そうだな。特に緊急性のものはないので、そうする予定だ」
「では、一度アカデミーへ行かれませんか?」
「何かあったか?」
「本日、孤児院出身のデザイナーと例のお針子が、共同作品の確認作業でアカデミーを訪れると聞きまして」
「うむ、必ず行こう。手配を頼む」
「はっ」
僕は手配すべく、書類を片付けると生徒会室を後にした。
その後、無事、例のお針子と殿下を会わせることができ、殿下は猫耳カチューシャの礼を伝え、「大変気に入ったので、次回はウサギで頼む」といい笑顔で仰っていた。
キャロリアーナ嬢、お心の準備が必要みたいですよ。
***
翌日、学園では成績発表が行われた。
順位表を廊下に張り出し、その前で一喜一憂する生徒の人だかりが出来る。
僕らもクラスのメンバーを連れて、確認しにいった。
順位表の前で祈るような顔で見つめるマティアス殿下。これを確認したら明日には出立するので、安心しておきたいのだろう。
果たしてマティアス殿下は……………
1位は僕。2位がマティアス殿下で、3位はウィズリー。フランシーヌは6位で、チャールズは7位。ニコは10位だ。
まずまずな結果に僕は一つ頷き、皆に声をかけた。
「全員10位以内とは、いい成果だね」
茫然とした顔のまま、こちらを見たマティアス殿下は、緩く成績表を指差しながら尋ねてきた。
「おい、エリオット」
「はい?マティアス殿下?」
「お前の点数おかしくないか?」
「?何がでございましょう?」
「12科目のテストで、1210点っておかしいだろう。満点を超過するって、どういうことだ?!」
「ああ、その事ですか。応用問題の記述が曖昧で、不十分な箇所がございましたので、僕なりの補足と、伴う文献名、そして2通りの意味が取れるので、それぞれの解答を記入しました。返ってきた回答には、別途加点がありましたので、その結果ですね」
マティアス殿下は、両膝に手をついて脱力して「くっそーズルいっ!」と呻いていた。
それでもマティアス殿下も2位という高成績を残されたので、ウズヴェリア国には気兼ねなく飛び立てるのだろう。
僕は項垂れたマティアス殿下の肩に、慰めと称賛の気持ちを込めて、ポンポンと軽く手を置いたのだった。