6*他視点
*院長視点です
日も傾き、辺りが茜色に染まり出した頃、院長と職員はまだホールで待たされていた。
何度か行き交うメイドや使用人を呼び止め、どうなっているか問いただしても、「わかりません」だの「先約で時間が取られているのでは」とかわされたり、先ぶれも約束もなく押し掛けたことに当てこすられる始末。
苛立ちを募らせていると「旦那様がお会いになられるそうです」と執事がやって来て、やっと案内された。
通された応接間には、伯爵がソファに座っており、入ってきた院長と従者の様な職員にちらりと一瞥だけし、手元のステッキを磨き出した。
「久しぶりだね、ゴルタール君。元気そうで何よりだ」
「御無沙汰しており失礼をいたしました、伯爵様。先ぶれもなく突然の訪問、重ねて謝罪申し上げます」
「それで、今日は何用かね?」
「はい、今朝方お嬢様と婚約者様が慰問に来てくださいまして、案内させて頂いたのですが、私に急用が入ってしまい。先に失礼させてもらったのですが…戻ってみると、大事な子供たちが居なくなっている始末でして。聞くところによると、お嬢様がお連れになったとか…状況がわからず心配になり、馳せ参じました次第でございます」
「ふむ、娘から聞いているよ。問題ない」
「時間も時間ですし、ご迷惑でしょうから子供たちを連れてお暇させていただこうかと…」
「ああ、それも問題ない。気にしなくて良い」
院長は困惑した。先ほどから言葉をすげなく返されるし、自分たちは数歩室内に入ったが、席すら勧められない。一緒に来た職員と扉付近に立たされたままだ。でも何故かこの位置から前へ進み出せない。立っている場所でギリギリと言う雰囲気を感じてならないのだ。
「あの…問題ないとは?これから夕食もありますし」
自分の発言に伯爵の眉がピクリと反応した。なんだかまずいと感じた院長は口早に言葉を重ねだす。
「こっ子供達の顔を見ることができれば、私めも安心いたします。何方にいるかだけでも教えていただけないでしょうか」
「ゴルタール、近年は収穫も安定している。物流も安定していると言って良い」
「…そ、そうですな。これも貴族様方の恩恵の賜物かと」
「物価もそこまで変動ないはずだな」
院長は火にあぶられる様なチリチリとした焦燥感を覚えだす。喉が何故か渇いてしょうがなく、この突拍子も無い質問がなんなのか分からずに、思わず喉がゴクリと鳴る。
「…そうで…ございますな」
そう言うのが精一杯だった。冷や汗が耳の後ろにつぅっと流れる。
「では何故なのだ?」
「何故と言いますと?」
伯爵の手が止まり、磨き用の布がバサリとテーブルへ投げ出される。ゆっくりと足を組みステッキを片手で立てて押さえた。ギラリと鋭い眼光がこちらに向き、視界に入ったと感じると、まるで獲物にでもなった様に竦み上がった。後ろで職員がヒェっと声を漏らしたのが聞こえた。
「何故、院の子供たちは痩せているのだ?何に怯えているのだね。まさか我が伯爵家が管理を怠り金を出し渋っているとでも言いたいのかね?」
「いえっそんな事はっっっ」
「では足りないと?」
「あ、そ…そうですな、人手不足でして職員を増やしましてっ、それでそのっっ」
「許可もなく勝手に人員を増やしたと…?ゴルタール、お前偉くなったものだな…」
「失礼ながら、院長職を賜っておりますればっ」
「貴様に人員増減の許可を出した覚えはない」
「っっっっっ!なっでもっ!」
「何のために我が家の者が月に数度訪れると思っている?観光の一環だとでも?」
「それはっっっっ申し訳っっっぁーー」
「ゴルタール、過不足ない資金で食料も必要なものの購入もしているにも関わらず、なぜ食卓に肉がない日が1ヶ月も続くのだ?なぜボロボロの服を着せる?子供用の家具が傷みすぎているのは?なぜ半年も往診がない?」
院長はもう何から取り繕えば良いか分からなかった。何故忘れていたのか。伯爵は事業も手がけるやり手と言うではないか。柔和で飄々とした外面とは異なり、頭は切れる人だと。
慢心していたのだ。伯爵は多忙で足元を見る時間などない。そうそうお目通りできる相手でもないのだ。仕事を周りに押し付けても気づくはずもない。出入り業者と結託してピンハネしても。
子供たちは怒鳴ってしまえば反抗もしなかった。言う事を聞かせるなんて簡単だった。此処は隔絶された自分の城だと思い込んだのだ。そうするとどんどん欲が出てきてしまった。伯爵はもう全部知っているのか?どこまで知っている?
……だめだわからない。
滂沱の汗が額からも流れ落ち始める。喉からは「ぁぁ…」「ぅぁ」と声にもならない音が出ていた。
その時扉がノックされて、伯爵が許可を出すと執事が二つ折りにした紙をテーブルに置き、耳元で一言何か告げると伯爵の後方で控えた。
伯爵は紙を手にして内容に目を滑らせると、眉間にシワを寄せてため息をついた。
「……どこまでも腐っていたか。貴様、3ヶ月前から養子縁組の件数が増えているな」
「…は…はひ…!」
「何度か同じ家に子供を渡しているな?」
「…(何故それを!)…ぁ」
「ある家の主人は悪癖があることで有名でな。お前が縁組した家はそこに連なる分家筋。もう3人も縁組しているようだが?今しがた確認に行かせたのだが」
もう院長は何も言えなかった。口からはヒューヒューと音が出るばかり。
知っていた。多く金銭を受け取る代わりに選んだ子を縁組したいと。見目良い子だけ選んで行ったことも、まるで値踏みするような目で見ていた事も。
続けて引き立ててくれるという言葉の裏に見え隠れしていた影も。
「おかしいよなぁ?3人も引き取った、さして大きくもない家で」
どこに行ったなんて後のことはどうでも良かった。もらった金は娯楽に消えた。宝飾になった。これからも変わらないとそう思ったのだ。
「誰もその子供を見も聞きもしてないなんて」
だめだ全部、全部知っているのだ。知られてしまっていた。頭は真っ白だった。足が震えて仕方ない。徐に立ち上がった伯爵はステッキを手に院長の方へゆっくりと歩き出した。
「私の膝下で人身売買の真似事とはな…」
「ぁっっあのっ」
院長は、縫い止められた様に動かない脚のせいで、ふらつき後方へ尻もちをついてしまった。そのまま後方へ後ずさったが目の前には伯爵が仁王立ちで立っていた。伯爵は杖のグリップを握りもう片方の手でシャフト部分に力を入れてスライドさせると、中から細身の剣が現れた。
「余程死にたい様だ」
「ひぃぃ!!!」
ダン!という大きな音と共に院長の股スレスレに剣が突き刺さった。そのままフッと白目を剥きパタリと倒れた院長。お付きの様な職員も泡を吹いて同じく倒れていた。
「人身売買を企む奴が、これくらいの刃傷沙汰で失神とは笑わせる。連れて行け」
そう吐き捨てると、扉が開き使用人と護衛が何人か入ってきて、失神中の2人を引きずる様に連れて行った。
伯爵はステッキ型の暗器を床から抜くと刃先を確認し、シャフトへ戻して執事へ渡した。
「全て確認させてから証拠と共に憲兵に突き出せ。関わった者も全てだ。クズの縁組で連れて行かれた子供も念のため確認。問題なければ現状維持。不当に扱っているようなら取り戻せ」
「は。畏まりました」