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 やっと来ました、学期末試験。


 初めて洗礼を受ける1年生は、初日こそ意気込んでいたが、2日目、3日目と過ぎるにつれて虚けたような顔になっていった。


 試験最終日に全ての科目を終えた僕は、フランシーヌへ声をかけてから足早に昇降口へ向かい、馬車止めに出ると目的の馬車を探した。


 当主が容認する旨を書かれた書状を翳して、帰路の変更を告げると、ウィズリーに1つ指示を出して、先に自邸に向かう。


 僕は自邸で着替えを済ませると、呼び出していた諜報員を集めて告げる。



「これから面白い訓練相手が来るよ。鍛錬は明日からだけど、一応貴族だから直ぐ治って跡が残らない程度を意識してね」

「はい!薄皮1枚までなら良いですかー?」

「んー、大丈夫じゃないかな。情報収集の練習にもいいかもねー。みんな、()()()()()?」


「「「「「はーい!」」」」」



 その窓の外の方向から馬車が近づいてくる音が聞こえて、僕はほくそ笑んだ。



「さぁ、みんな準備して?」



 そう言うと、10名ほどいた集団は方々へ散り、自身の準備に取り掛かった。



***


 正面扉を開けさせて出迎えに出た僕は、止まった馬車から降りて辺りを見回したニコラウスに晴れやかに挨拶をした。



「ようこそ、ニコラウス殿。歓迎いたします。ここではなんですから、応接室へどうぞ?」



 何か言おうとした所に、僕が防ぐように声をかけたため、言葉を飲み込んだニコラウスは、渋々中へ案内されて行った。




「──で、これは一体どういう状況なんですか?」




 ニコラウスの言葉に、僕は持ち上げていたカップをゆっくりとソーサーに戻してから、暫く微笑んだまま沈黙した。

 ニコラウスの苛つきが高まるのを見てから、静かに切り出した。



「ニコラウス=プロバースド殿はどうお考えなのか、一緒にハリソン殿下のお側にいるものとしてお伺いしようと思いまして」



 僕の言葉に眉を顰めたニコラウスは、「どうとは?」と短く聞き返した。



「どうも御自身のお立場をご理解なさっていないようなので、この試験終了日にお伺いしようと思い立ちまして。ニコラウス殿は、どうなさるおつもりで?」

「だから何をですかっ?」



 僕は一つため息をついて説明し始めた。



「あなたはプロバースド伯爵家の長男でらっしゃいますよね」

「そうだが?」



 「何を当たり前な」という顔で、鼻息をフンと鳴らしたニコラウスをそのままに続けた。



「プロバースド家は代々“最も強い男児”が選ばれ、継承してきた武門の家系です。長男であることは、幼少期において多少優位に立ちますが、成長すればその差は埋まります。…そして国内においての地位。これも自身の行動次第でしょう。

 そう言ったところで、あなたに聞きたいのですよ。継承する気はあるのかと」


「なにを………?」

「もし継承を放棄するなら、早々に意思を示してもらえませんか?私も暇じゃないんですよ」



 突き放したように言うと、鼻にシワを寄せて怒り出した。



「私は長男であり、父上にも強さを認められたこともあるっ!その上、側近候補という肩書きもあり、殿下には誠心誠意尽くしているつもりだっ!放棄?!何故そうなる?!」

「……はぁ、本当に何も見えてないのですね。あなた、強さを認められたって、幼少の頃に『なかなかやるなっ!』程度じゃないですか?父親が子供の練習に付き合えば、よっぽど冷淡か興味がないのでなければ、ちょっとした褒め言葉の一つや二つ出るでしょうよ。

 大体、気付くと思って言わなかったけれど、側近候補は肩書きじゃないですからね。“候補”なだけでなんの地位でもないのですよ。いつまで入場許可証で威張っているんですか?僕はもう何年も自身の身分証で行き来しているのに」



 僕は懐から王城の鉄製の身分証プレートを掲げて見せると、驚愕で目を見開いたニコラウスは、息も止めて一向に出ない言葉を捻り出そうと呻いていた。


 もちろん、そんなものを待つ僕ではない。



「そもそも『誠心誠意』尽くした結果が、殿下のそばで警護の真似事?あなたより実力も上、実践経験も豊富な近衛騎士が多数守る中で?警護計画書や強化する場所を提案するでなく、警護報告書を眺めて纏めずに渡す始末。警護中に上司でもなく、用事もないのに声をかけて邪魔をする。挙句に平民の女子生徒と所構わずいちゃついて優先し、ここ最近殿下の側に居ない。殿下よりよっぽど重要で優先されるべきと行動で示しているとお気づきで?

 ……誠心誠意ってなんでしたっけ?」



 反論があれば聞きますけど?と促して一気に話したのでお茶を飲んで補給する。



「お…おれは……その………」

「まるで紙に書かれた宝石を自慢するようで、全く以て滑稽です。もう3年目ですよ。向上するどころか低下している。目指す気がないなら去ってください」

「きっっっ貴様に我が家に口出しする権利はっっっっ」



 カッとなり立ち上がりかけたニコラウスの眼前に、プロバースド伯爵本人からの書状を掲げ、王妃様からの認可証もついでとばかりに広げて見せてやる。



「なっっっ!」



 瞬時に立ち上がり、ひったくるように奪い、手に持ったニコラウスは食い入るように、2つの書状を見つめた。



「これで理解されましたか?伯爵様と王妃様に口出しを容認された、殿下の側近である私は、これでも『関係がない』と?いつまでも『面白いことを仰る』のですね?

 それで、あなた、どうしたいのです?」



 手にしていたはずのものが全て泡のように弾け、そもそも何もなかったのだと理解させられたニコラウスは、書状を手にして前のめりだった姿勢から崩れるように床へへたり込む。



「もし確かな地位を目指すなら、ボヤけている暇なんて有りません。お気に入りのクラスター嬢との時間も。そもそも彼女との未来などない」



 手に持った紙がくしゃりとシワがより、手の震えが伝わってか、カサカサと音を鳴らしだした。

 ニコラウスは悲痛そうに顔を歪め、まるで縋るような目を向けてくる。



「どうしても我を通すなら、放棄して市井に降りればいい。平騎士から頑張れば良い話でしょう?」

「平………騎士」

「継ぐ爵位を放棄するのですから、そうなるでしょう?慎ましやかに生活すれば、2人でも生活できます」



 良いじゃないですかと、あえて軽い口調で告げれば、書状を握りしめたまま、間においてあるテーブルにダンっと叩きつけ、叫んだ。



「ふざけるなっっ!一介の平民騎士風情になれと言うのか?!」

「はい。どっちかさっさと選んでください。爵位ですか?自由ですか?」



 完全に沈黙してしまったニコラウスを明日までに考えるように言い、客室へ案内させた。



「答えが出るまでは、こちらから出ないでください。ではまた明日」


***



「主様ー、あれで自由を取っちゃったら鍛錬できないんじゃないですかー?」



 不満そうに口を尖らせ、頭の後ろで手を組んだまだ幼さが残る男の子は、私室に向かうエリオットの背後にいつの間にか追従していた。



「大丈夫だ。“選べない”けど“平民”の“平騎士”は論外だそうだからな。結局地位を求めるさ。まぁ、ある意味興醒めではあるけれど?」

「主様はフランシーヌ様のためなら、何だってやりますもんねぇ〜」



 揶揄うように言った男の子は、エリオットのために私室のドアに手をかけて開ける。


 ドアを片手で押さえたまま振り返った男の子に、エリオットは満面の笑顔で言い放った。



「そんなの当然。彼女の為ならば、平民にだってなれる。── ただし、何一つ不自由はさせないけどね?」

「主様、笑顔がこわいー」



 「さっさと行きなさい」と、払うように返事をすると、瞬きをする間に笑い声だけ残して姿を消したのだった。

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