表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/110

58

 その日の仕事も終えて生徒会室を出て、教室棟の昇降口辺りで、階段の上から聞き覚えのある声が降ってきた。


 どうやら言い合いをしているようで、男の声がだんだん大きくなるのがわかる。



「──だろう!──が、ゆるしーー!」



 思い当たる声の主にため息をつきながら、放っておけないかと、重い足取りで階段へと向かう。

 階段を上がった踊り場では、3人の男女が1対2に分かれて向かい合っていた。


 声の主ーニコラウスは、背後から上ってくる僕に気付かず喚き続ける。



「大体、貴女に関係のないことだ。どう言われようと私はエミリーと」

「ニコラウス殿、何をなさっておいでで?」

「っ!オースティン殿っ!」



 背にクラスター嬢を庇ったニコラウスに、そう声をかけると、驚いた顔をして弾かれたように振り返った。そして何故かクラスター嬢は、悲しげな顔から一転パァァっとした笑顔で振り返る。


 僕はもう何度目かの『何やってんだコイツ』を心に浮かべながら、踊り場に踏み入るとニコラウスに向き直って尋ねた。



「もう一度お伺いしましょう。こんな人が行き交い、声が広がりやすい階段の踊り場で、騎士を纏める団長様を父に持つあなたが、か弱い女生徒に声を荒げるなど……正気ですか?」

「オースティン殿には関係のない話だっ」

「違うのっニコラウスは私のためにっ」



 ニコラウスの後ろから湧き出たクラスター嬢は、ひしっとニコラウスの腕に絡みつきながら、目に涙を浮かべて悲痛そうな声で横入りしてきた。



「興味ありません。黙っててもらえますか。それにしても、生徒会役員の僕が、学園内で起こる揉め事に『関係ない』とは。ニコラウス殿は相変わらず『面白いこと』を仰いますね。……週明けから大事な試験期間に入ります。無用な争い事で、構内を騒がせないでもらいたいのですが?」



 不満を抱きつつも押し黙ったニコラウスは、クラスター嬢の肩を抱き、馬車止めに向かって去っていった。


 残念なニコラウスを見送ってから、対峙していた女子生徒ーブロウズ嬢に声をかけた。



「大丈夫でしたか?また鉢合わせてもなんですから、食堂棟にでも行きませんか?」

「ありがとう、助けてもらって。そうね、行きましょう」



***


 食堂棟で注文したお茶をいただきながら、一息ついたところで、ブロウズ嬢がポツリポツリと話し出した。



「いくら家の婚約者だから彼個人がどんな選択をしようと関係ないとはいえ、幼い頃から顔を合わせて過ごしていれば『関係ない』だけでは割り切れないものね。人目も憚らずに“仲良く”しているのを目のあたりにして、つい嫌味が口から出てしまったわ」

「……あれでは仕方ないですよ」

「執着はないけど、情は幾らかあったみたい。自分でも驚きだわ」



 そう言って戯けて話すブロウズ嬢。


 彼女はニコラウスが変われば、ちゃんとした婚約者として距離を縮めることができるのだろうか?

 一つ疑問が浮かんだが、彼女も貴族のご令嬢だし大丈夫かなと結論づけて、慰めとも取れるニコラウスの今後を口にした。



「あんなのは長く続きませんよ。これから過ちに気づいて、どうすべきかを考える時期が必ず来ます」

「そうかしら?よっぽどの事が無いと難しい気がするわ」



「そうかもしれませんね」と返してカップに口をつけつつ、彼の身に()()()()()を思い描いて、目を細めるのであった。


***


 自邸に戻ると、邸内が少し騒がしく感じ、近くを通った侍女を呼び止めて尋ねる。



「週明けに侯爵様が、エルクォータ国へ出立なされる事になりましたので、その準備を早急に行っております」



 騒がしくして申し訳ありませんと頭を下げる侍女に、僕は心配げに眉を寄せて言葉をかけた。



「そう、それは大変だね。1ヶ月の準備?

 念のためあと半月分を追加で入れといてあげて」

「はい、畏まりました」



 そう指示を出したところで、ウィズリーが僕を見つけて歩き寄ってきた。

 僕は自室に足を向け、斜め後方にウィズリーが追従すると、先ほどのやりとりについて尋ねてきた。



「先程の指示ですが、予備としては些か多すぎるのでは無いでしょうか?」

「ウィズリー、何を言ってるのかな。あちらに着いたら父上はあちこちへ呼ばれるから、きっと長引いてしまうよ。幾分足りないくらいだよ。……それより、もう集まった?」

「はい、こちらは揃っております」



 ウィズリーが自室の扉を開いてくれて、中に入ると制服の上着を長椅子に投げかけ、制服のネクタイを緩めながら片袖机の前に置かれたワークチェアに腰掛けた。



「騎士団長様、明日はお休みのようだから、プロバースド家にお邪魔して容認する旨の書状をもらいに行くよ。念のため、ハリソン殿下経由で王妃様から認可証をいただいているし。…順調で何よりだ」

「プロバースド家に送った者を全て引き上げます。次の指示はいかが致しましょう?」

「そうだね…エルクォータ国へ1ヶ月ずつ交代で2人行かせようかな。面白い訓練は、折角だしみんなで楽しまなきゃね?」



 左様ですねと遠い目で答えたウィズリーは、なんだかんだ言って細かい訓練メニュー案を考えてくれるから、有能で手放せないんだよね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ