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この学園では、毎回学期末試験が行われる。
考査試験まであと1月ほどとなった頃、学園祭の準備も大凡目処がつき、服飾や工芸科の作品については休暇期間中の確認として、携われる者はお願いし、領地へ帰るなど、都合がつかない場合は実行委員が調整、生徒会へ報告と相談とした。
1年生の担当分は印刷物の試し刷りや、仕上がりの確認が終わり、予算相談と部数は試験後、納品は学期明けすぐと言う段取りとなっていた。まずまずな進捗に僕は満足顔だ。
さて、2学期制の学園では、試験は学期末のみとなる。
どの授業でも、途中で確認の試験を行うため、学期末試験以外を必要としないと言うのが実情だ。
ただし、この期末試験を甘く見てはいけない。
内容は大半が応用問題で埋められ、かつ個人の評価に大きく関わり、バッジ獲得の大きな足がかりとなる。
そして僕は今、マティアス殿下、フランシーヌ、チャールズに囲まれて、応用問題対策という名目の勉強会を行なっている。
「おい、エリオット、この歴史のーー」
「それは参考文献xxの2章に記載していますよ」
「お義兄さん、この計算合わないんだけど!」
「おお、義弟よ、これはこの公式で、ここをだな……」
「リオ、ここの表現って?」
「フラン、ここはね……」
「…おい、友よ。態度の差別が酷すぎないか?」
「マシュー、コレは差別じゃない。区別だ」
「くっそー、鼻を明かしてやりたいが、どれも負け戦になる予感しかしないっ」
「マシュー、言葉が乱れすぎです。頑張ればきっと、遠い彼の華にも届きますよ」
「う、うるさいっ!そうだっ試験で良い成績を残して、アカデミーの研究にも協力して、手土産持って休暇期間には会いに行くんだ!」
ぅぉおおお!っと闘志を燃やすマティアス殿下。恋とはここまで人を変えるのかと、出会った当初のマティアス殿下を思い出し、苦笑した。そして、懸命にじっと古典の問題集を見つめるフランシーヌの横顔を眺めながら、人のことは言えないよなと、また苦笑する。
「上位3名に名乗りをあげるんですよね。頑張ってくださいね?マシュー」
フフフと笑って言うと何故かマティアス殿下は引きつった顔をした。しかし、すかさず横から入った質問に、僕はマティアス殿下を放って即座に反応してしまった。
「お義兄さん、ここはー?」
「チャーリー、仕方ないやつだなぁ〜」
***
一頻りそれぞれの勉強を終えたところで、参考書をそれぞれに渡した。
「苦手科目で用意したので、余裕があるときに進めておいて」
「うへぇ」という辟易した様な顔をしたマティアス殿下とチャールズ、こんな参考書もあるのねと興味深そうに見るフランシーヌ。
今日のところは、此処までとして皆帰路についた。
****
帰りの馬車で、側近のことを考えた。
ハリソン殿下の側近が未だに一人と言うのも、仕事量が今後どんどん増えることを考えると、厳しい。
…いや、色々駆使すればできなくないか?でも代償(フランシーヌとの時間)が大き過ぎるので却下だ。
検討資料として、全学年の学期末考査結果とバッジ取得者一覧を早々に入手する事を心に留める。
それにしても…………
そろそろ我慢できないほど、頭にお花が咲き乱れているニコラウスだ。
好きになったのなら仕方ない。その件に関しては、心からそう思う。
だが、あれはダメだ。
遂にほぼ顔を見せなくなったのだ。警備資料や報告書を、近衛騎士が複雑そうな顔で、窺う様に僕に渡してきた時の心境よ。
そして、ゆっくりとそれを受け取り、「……どこに行きました?」と笑顔の上、至極丁寧に聞いたつもりだったが、ビクッと背筋を伸ばし、目が何処かに行っちゃうんじゃないかと言うくらい泳ぎながら引きつった顔で返答したのだ。
「いやぁー…そのぉぉ?街にぃ?なんというか、そう、警護で?!女性をお連れに…なって…まし……て……ァハ」
「ほぉぉう?殿下の警護は不要だろうと…?そうですか、そうですか。助言ではございますが……騎士団の身内だからと易々と庇うのは、如何なものかと思いますよ。今のうちに態度を決めておかないと、とぉっても厳しい訓練を奏上してしまうかもしれません……ねぇ?」
「はっっはぃぃぃ!」
返事をした近衛騎士は、僕に敬礼してから逃げる様に去っていった。
僕は一応全てに目を通して、軽く纏めてハリソン殿下に提出した。
「ん?なんだ、近衛の報告書か。今日は纏めてくれているのか。簡潔でよいな。…まさかこの字…エリオットがか??」
「ええ、簡単に纏めさせていただきました。殿下、休暇期間中と考えておりましたが、前倒しで決行します」
苦笑した殿下は、「かまわん」とだけ答えてくれた。
そしてどうやら報告や資料をそのまま渡しているようなので、鍛錬メニューに“事務一般”と書き加えたのだった。