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翌日。
僕は授業のない空き時間に生徒会室に入ると、生徒会長席まで突き進み、アルカイックスマイルでハリソン殿下に向かい、まずは挨拶を口にする。
「本日もご機嫌麗しゅうございます、ハリソン王太子殿下。少しお時間を宜しいでしょうか」
「……なんだ、まぁ今はこの通り1人だ。話せ」
「では」
僕のいつにない対応に、片眉をピクリと上げたハリソン殿下に、笑みをスッと消して尋ねる。
「殿下はニコラウスをどうしたいので?」
「どうとは?」
「未だ“候補”のままで手元に置いてらっしゃる。正直4年もの間、“何やってんだこいつ”と言う思い以外、湧いたことがございません。必要なのですか?どうしたいのでしょう?お聞かせ願えますか?」
ハリソン殿下は面白そうに口角を吊り上げて笑った。
「『仲良く』やってくれているなら構わないが」
「私なりに『仲良く』陰ながらフォローはしておりましたが、正直本人の変化が見られません。もし、どう変わっても宜しいなら、私が弄っても構いませんか?」
「随分溜め込んだのだな。ククっ好きにして構わない。母上からの“お願い”だったからな。騎士団長も一縷の望みをかけたのではないか?」
「…成程、根本が違いましたか。では、彼も親の願いなら仕方ありませんよねぇ。何時になるか分かりませんが、彼は暫く姿を見せませんが、宜しいでしょうか?」
「構わない。今のままでは、居ても居なくても変わらんからな」
「承知いたしました。では、次の授業は出席しなくてはいけませんので、御前失礼いたします」
僕はそう言うと、踵を返して扉に向かった。
多少前後してしまったが、ハリソン殿下の言質は取れた。これで心置きなく計画を練って実行できる。
自然と上がる口角を押さえながら、生徒会室を後にしたのだった。
***
2日もすると、ある程度の情報が集まってきた。
自室で報告を受けていると、思わぬ名前が飛び出てきた。
「エミリー=クラスター?って同じクラスのピンクゴールドの髪の?」
「そのようです。話す姿は親密そうで、知らない者が見れば恋人同士と思うほどです」
では、あの時ニコラウスの影にいたのはその女子生徒か。どこで知り合った?僕は呟くように疑問を口にした。
「学年が違うだろう。ニコラウスの早朝訓練は知っている者は知っている程度のはず。1年のエミリー=クラスターが偶然知った?」
「どうでしょう?使われているのは、更衣棟のさらに奥です。偶然知るには離れ過ぎています。通りかかるのは無理があります」
「だよねぇ。何か目的があって………?
まぁこの程度じゃハッキリするはずもない。暫く泳がせる」
「あの………ではいつ(監禁の)決行を?」
「休暇期間かな。今いなくなったら、周りが騒がしくなってしまうだろう?」
僕って優しいよね?と言うと、顔色の悪いウィズリーは、手に持つ手帳をギュッと握り締めて「左様でございますか」とだけ口から漏らしていた。
***
何事もなく過ぎる学園生活。
皆初めての“学園祭”にどこか浮き足立っている。
まだまだ先なのに、気が早いなと思いながらも、初の試みに楽しんで参加されているようで安心する。
─── 一部を除いては。
例えば、“貴族”を履き違えた傲慢な者。
例えば、この王太子殿下の発案主導が気に入らない者。
例えば、教室棟側の中庭で、あまーーい言葉を婚約者以外に吐いている者。
風で揺れる木々のそばで、ウフフアハハと話し、ニコラウスが口を閉じたと思ったら
「私…いや俺は……エミリーの事が気になっているみたいだ」
なんて言葉を吐くではないか。
は?あれだけ散々あま〜〜い言葉を吐いておいて、今気付いたというのか?
察せないことにはピカイチなニコラウスくんだからなのか?
教室棟3階の窓から下を眺めていた僕は、呆れて半眼になってしまった。
「え?なぁに?何か言った?」
彼の言葉にそう返したエミリー=クラスターの言葉に僕は驚愕した。
3階の僕に聞こえて、お前に聞こえないだと?!
なるほど、道理で周りの忠告を聞かないはずだ。聞こえていなかったのか。
僕はエミリー=クラスターの情報に「難聴の可能性あり」と書き込み、不快でしかない景色から離れた。